死んだ土を最強の畑に変える「土壌神の恵み」〜元農家、異世界の食糧難を救い、やがて伝説の開拓領主になる〜

黒崎隼人

文字の大きさ
13 / 16

第12話「食は民を繋ぎ、国を作る」

しおりを挟む
 王国軍の司令官、ヴァルザス将軍は、焦燥に駆られていた。

 フェルメル領に侵攻してから、すでに10日が経過している。

 しかし、いまだに、まともな食料を何一つ手に入れることができていなかった。

 村々は、もぬけの殻。

 井戸には毒こそ撒かれていなかったが、水量は乏しい。

 畑は、まるでイナゴの大群に襲われた後のように、何も残っていなかった。

「報告します! 西の村も、空でした! 住民の姿、見当たりません!」

「北の街道沿いの村々も同様です! 倉庫は、すべて空っぽに!」

 もたらされる報告は、絶望的なものばかりだった。

 フェルメル領の民は、まるで大地に吸い込まれてしまったかのように、忽然と姿を消していた。

 彼らが、山中の砦や洞窟に立てこもっていることは、ヴァルザス将軍にもわかっていた。

 だが、闇雲に山狩りを行えば、地の利があるゲリラ戦で、いたずらに兵を損なうだけだ。

 最も深刻な問題は、兵士たちの食料だった。

 王都から持参した兵糧は、とうに底をつきかけている。

 兵士たちの士気は、日に日に低下していった。

「将軍、このままでは、我が軍は飢えで自滅します」

「一体、どうなっているのだ。あの豊穣と謳われたフェルメル領は、幻だったというのか」

 飢えは、人の心をむしばむ。

 屈強な騎士たちも、空腹の前では、ただの人だった。

 命令系統は乱れ始め、夜な夜な、脱走兵が相次いだ。

 そんな中、ヴァルザス将軍の元に、さらに衝撃的な報せが舞い込む。

「将軍、一大事です! 我が軍の後方に位置する、オルテガ領、ミラン領、双方が、フェルメル公支持を表明! 我が軍への補給路を、完全に封鎖したとのこと!」

「なんだと!?」

 オルテガ領とミラン領。それは、フェルメル領に隣接し、王国軍の生命線である補給路が通っている領地だった。

 アロンが、事前に食料を分け与え、「恩」を売っておいた領地だ。

 彼らは、土壇場で、王国を裏切ったのだ。

 いや、彼らにとっては、裏切りではなかった。

 飢えた自国の民を見捨て、他国から食料を奪おうとする王国と。

 自らの食料を削ってでも、隣人を助けようとするフェルメル領。

 どちらにつくべきか、彼らは、自分たちの良心に従って、選択したに過ぎない。

 この報せは、王国軍に、決定的な打撃を与えた。

 補給路を断たれた、ということは、もはや、王都からの支援は一切期待できない、ということだ。

 敵地の真ん中で、完全に孤立した。

 ヴァルザス将軍の顔から、血の気が引いていくのがわかった。

『……我々は、罠に嵌められたのか』

 それも、剣も弓も使わない、巧妙で、たちの悪い、食料という名の罠に。

 将軍の脳裏に、この作戦を立案したであろう、フェルメル公の顔が浮かんだ。

 いや、あるいは、その背後にいるという、噂の「豊穣の神の申し子」か。

 その頃、フェルメル領の民が立てこもる、山中の砦では、全く違う光景が広がっていた。

 人々は、不安を抱えながらも、皆、穏やかな顔をしていた。

 アロンの指揮のもと、食料は計画的に分配され、誰一人、飢える者はいなかったからだ。

 子供たちの笑い声が、砦の中に響いている。

 そして、砦には、フェルメル領の民だけでなく、他の領地から逃れてきた、多くの人々も身を寄せていた。

 彼らは皆、アロンが提供した食料によって、命を救われた者たちだった。

 ある日の夜、砦の広場に、大きな焚き火が焚かれた。

 その中心に、アロンが立った。

 彼の前には、フェルメル領の民だけでなく、オルテガ領、ミラン領、そして他の多くの領地から来た人々が、固唾をのんで彼を見守っていた。

 アロンは、ゆっくりと、皆に語りかけた。

「僕たちは、今、王国と戦っています。ですが、僕たちの敵は、王国軍の兵士たちではありません。僕たちの本当の敵。それは、『飢え』です」

 アロンの声が、静かな夜の空気に響き渡る。

「人は、飢えれば、他人から奪います。人は、飢えれば、争いを起こします。僕たちの歴史は、その繰り返しでした。王都の貴族たちが、僕たちから食料を奪おうとしたように」

「ですが、見てください。ここにいる僕たちは、違います。僕たちは、領地の違いを乗り越え、食料を分かち合いました。助け合いました。だから、僕たちの間には、争いは生まれなかった。ここには、平和があります」

 アロンは、集まった人々の顔を、一人一人、見渡した。

「食は、ただ、腹を満たすだけのものではありません。食は、人を繋ぎ、共同体を作ります。そして、安定した食料の供給こそが、平和な国の、礎(いしずえ)となるのです」

「僕は、新しい国を作りたい。飢えのない国。食を分かち合うことで、人々が繋がり、助け合う国。僕たちの手で、そんな国を、作ってみませんか!」

 アロンの演説が終わった瞬間、万雷の拍手が、谷間にこだました。

 それは、一つの領地の民の声ではなかった。

 旧来の王国の枠組みに絶望し、新しい希望を求める、すべての人々の、魂の叫びだった。

 この夜、フェルメル領を中心とした、新たな共同体設立の機運は、決定的なものとなった。

 その数日後。

 白旗を掲げた王国軍の使者が、砦を訪れた。

 ヴァルザス将軍からの、降伏の申し出だった。

 戦いは、終わった。

 一人の兵士も死なせることなく、アロンは、王国最強の騎士団を、完全に無力化したのだ。

 歴史に残る、完全勝利だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

婚約破棄された悪役令嬢、手切れ金でもらった不毛の領地を【神の恵み(現代農業知識)】で満たしたら、塩対応だった氷の騎士様が離してくれません

夏見ナイ
恋愛
公爵令嬢アリシアは、王太子から婚約破棄された瞬間、歓喜に打ち震えた。これで退屈な悪役令嬢の役目から解放される! 前世が日本の農学徒だった彼女は、慰謝料として誰もが嫌がる不毛の辺境領地を要求し、念願の農業スローライフをスタートさせる。 土壌改良、品種改良、魔法と知識を融合させた革新的な農法で、荒れ地は次々と黄金の穀倉地帯へ。 当初アリシアを厄介者扱いしていた「氷の騎士」カイ辺境伯も、彼女の作る絶品料理に胃袋を掴まれ、不器用ながらも彼女に惹かれていく。 一方、彼女を追放した王都は深刻な食糧危機に陥り……。 これは、捨てられた令嬢が農業チートで幸せを掴む、甘くて美味しい逆転ざまぁ&領地経営ラブストーリー!

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...