死んだ土を最強の畑に変える「土壌神の恵み」〜元農家、異世界の食糧難を救い、やがて伝説の開拓領主になる〜

黒崎隼人

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第13話「ヴェルディア連邦、誕生」

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 王国軍の降伏。

 その報せは、瞬く間に王国全土を駆け巡り、王都を震撼させた。

 民を見捨て、強引な食料徴収を試みた王権の失墜は、決定的だった。

 各地で、王家や宰相オルバンス侯爵に対する不満が噴出し、大規模な反乱へと発展した。

 もはや、王国の統治は、完全に崩壊していた。

 そんな中、時代の新たな中心として、誰もがフェルメル領に注目した。

 食料を武器に、一滴の血も流さずに王国軍を屈服させ、干ばつに苦しむ人々を救った「聖人」フェルメル公と、その背後にいる「豊穣の神の申し子」アロン。

 彼らの元には、旧王国の体制に絶望した、多くの領主や民が、次々と助けを求め、集結していった。

 シルバームーン城では、連日、歴史的な会議が開かれていた。

 フェルメル公を議長とし、彼に味方した周辺領地の領主たちが、新しい国家の在り方について、熱い議論を交わしていた。

「もはや、王政は限界だ。我々は、新たな政治体制を築かねばならない」

「いっそ、フェルメル公が、新たな王として即位されてはどうか?」

「いや、我々は、特定の誰かに権力が集中する体制をこそ、否定すべきだ」

 様々な意見が飛び交う中、誰もが、ある一点で、共通の認識を持っていた。

 それは、この新しい国の中心には、アロン・ウォーカーという少年がいなければならない、ということだ。

 会議が紛糾した、ある日のこと。

 一人の領主が、立ち上がって言った。

「皆、考えてもみてほしい。我々が今、こうしてここに集い、未来を語り合えるのは、誰のおかげか。我々の領民が、飢えから救われたのは、誰の力か。それは、アロン殿の知恵と、彼がもたらした豊かな食料のおかげではないか!」

 その言葉に、皆が、深く頷いた。

「我々が作るべきは、強力な王が支配する国ではない。アロン殿が説いたように、『食』によって人々が繋がる、共同体であるべきだ。私は、この新しい国の代表に、アロン殿をこそ、推挙したい!」

 その提案に、満場一致の拍手が起こった。

「アロン殿を、我々のリーダーに!」

「アロン様、万歳!」

 熱狂する領主たち。

 だが、その渦の中心にいるはずのアロンは、困り果てた顔で、頭をかいていた。

『いやいやいや、待て待て待て! なんでそうなるんだよ!』

 アロンの心の声が、悲鳴を上げる。

『俺はただ、美味いものを腹いっぱい食いたくて、みんなにも食わせてあげたかっただけなのに! いつの間にか、国の代表!? 無理無理! 俺、まだ10歳(精神年齢は三十路だけど)だぞ! 書類のサインとか、外国の使節との会談とか、絶対やりたくない! 俺は、畑で土をいじっていたいんだ!』

 アロンは、必死に首を横に振った。

「皆さん、お気持ちは嬉しいですが、僕にそんな大役は務まりません! 僕は、政治の素人です。ただの、農家の息子です!」

 しかし、熱狂した群衆に、その声は届かない。

 その時、アロンの窮地を救ったのは、意外な人物だった。

 フェルメル公爵だ。

 公爵は、静かに玉座から立ち上がると、アロンの肩に、力強く手を置いた。

「皆、静まれ。アロン君の言う通りだ。彼に、政治の表舞台を押し付けるのは、間違っている」

 ざわめきが、静まる。

「彼の才能は、玉座に座って判子を押すことではない。彼にしかできないことがある。それは、この大地を、どこまでも豊かにし、我々の腹と心を満たし続けてくれることだ。彼のその才能を、我々は、最大限に活かすべきではないのか」

 公爵は、集まった領主たちを見渡した。

「そこで、提案がある。我々は、王を頂かない。各領地が、対等な立場で参加する、『連邦』という形を取りたい。そして、その初代連邦代表は、僭越ながら、この私が務めさせていただきたい」

 そして、と公爵は言葉を続けた。

「アロン君には、この新しい国において、何者にも縛られない、特別な地位を用意したい。『最高農業顧問』。連邦の食料政策の、すべてを司る、最高責任者だ。政治の面倒ごとは、すべて我々が引き受ける。君は、君のやりたいように、この国の農業の未来を、自由に描いてくれればいい」

 それは、アロンにとって、これ以上ない、願ってもない提案だった。

 政治的な責任からは解放され、自分の好きな農業に、国家レベルの予算と権限で、思う存分打ち込める。

「……公爵様。本当に、いいんですか?」

「ああ。君は、そのために生まれてきたような男だからな」

 公爵は、父親のような優しい目で、アロンに微笑みかけた。

 こうして、歴史的な合意がなされた。

 旧王国は解体され、フェルメル領を中心とした、12の領地による新たな国家、『ヴェルディア連邦』が誕生した。

 ヴェルディアとは、古い言葉で「緑の大地」を意味する。

 初代連邦代表には、フェルメル公が就任。

 そして、アロンは、初代最高農業顧問という、前代未聞の役職に就くことになった。

 戴冠式も、堅苦しい儀式もなかった。

 建国が宣言された日、ヴェルディア連邦のすべての街と村で、盛大な収穫祭が開かれた。

 人々は、アロンがもたらした豊かな恵みを分かち合い、新しい国の誕生を、心から祝福した。

 その喧騒の中心で、アロンは、こっそりと人混みを抜け出していた。

 彼の手には、焼きたてのジャガイモと、トウモロコシ。

「あ、アロン! こんなところにいたの!」

 声の主は、セナだった。彼女は、少し頬を膨らませている。

「もう、みんなアンタのこと探してたのよ! 今日くらい、主役なんだから、ちゃんとしなさいよね!」

「はは、悪い悪い。ちょっと、空気を吸いたくなってな」

 アロンは、焼きたてのジャガイモの半分を、セナに差し出した。

「ほら、食うか?」

「……もらうけど。……なんか、アロン、すごく遠くへ行っちゃったみたいで、ちょっと寂しかったんだから」

 セナは、ジャガイモを受け取りながら、うつむいてつぶやいた。

 アロンは、そんな彼女の頭を、ぽん、と優しく撫でた。

「どこにも行かないさ。俺は、ずっとここにいる。この土の上が、俺の居場所だからな」

 見上げると、満天の星空が広がっていた。

 貧しい村の、小さな畑から始まった物語は、一つの国を作り上げるという、大きな結実を迎えた。

 しかし、アロンにとっては、これもまだ、通過点に過ぎないのかもしれない。

 彼の夢は、もっともっと、大きくて、広いのだから。
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