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第8話「王女のお忍び視察」
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ゲッコー代官の一件から数ヶ月。ヴェルデの町はすっかり平穏を取り戻し、以前にも増して活気に満ちあふれていた。代官がいなくなったことで人々は安心して生産活動に励むことができ、町の富はさらに増大していた。
カイトたちの生み出す産物は、ミーナの商業ギルドを通じて王都でも絶大な人気を誇っていた。特にリリアが作る回復ポーションは、従来のものの数倍の効果があるとされ、騎士団や冒険者たちから引っ張りだこになっていた。
そんなある日、王都から一通の書状がカイトのもとへ届いた。それは王家からの正式なもので、近日中に王国の役人が町の視察に訪れるという内容だった。
「王家からの視察か……」
カイトは少し身構えた。ゲッコーのような役人がまた来るのではないかと、一瞬不安がよぎる。しかしミーナによれば、今回の視察はゲッコーのような地方代官ではなく、王宮から直接派遣される正式な監察官によるものだという。
「大丈夫だよ、カイト。きっと、この町の発展を正当に評価してくれるはずさ」
ミーナは楽観的だったが、カイトは万が一に備え、町の皆と共に入念な準備を始めた。
視察の当日。町に現れたのは、質素だが品の良い服をまとった、数名の従者を連れた一行だった。中心にいるのはまだ若いながらも、背筋の伸びた聡明そうな男性。彼が監察官だろうか。
しかしカイトが本当に目を引かれたのは、その男性の隣に立つ、侍女のような服装をした一人の少女だった。フードで顔の半分は隠れていたが、そこから覗く澄んだ青い瞳と気品あふれる立ち居振る舞いは、ただの侍女とは思えなかった。
『なんだろう……どこか、特別な雰囲気のある人だ』
カイトはそう感じた。
一行の代表である監察官はアルバートと名乗り、非常に丁寧な物腰でカイトに挨拶した。
「あなたが、この町の代表であるカイト殿ですね。お噂はかねがね。本日は、この町の驚異的な発展の秘密を我々の目で見せていただきたく参りました」
カイトはアルバートたちを案内し、町を見て回ることにした。広大な畑、整備された水路、活気のある市場、そして何よりそこに住む人々の幸福そうな笑顔。アルバートは目にするもの全てに感嘆の声を上げた。
「素晴らしい……。これが、つい一、二年前まで不毛の地と呼ばれていた場所とはにわかには信じがたい」
一行は、カイトの案内で彼の畑へと足を踏み入れた。そこで彼らは人生で見たこともないほど瑞々しく、生命力に満ちあふれた作物たちを目の当たりにする。
カイトは彼らに、陽だまりトマトをもぎって振る舞った。
アルバートは一口食べて、その場で固まった。
「こ、これは……なんという味だ! まるで太陽の恵みをそのまま食べているかのよう……! 身体の底から力が湧いてくる……!」
その時、今まで黙って後ろに控えていた侍女の少女が、小さな声でつぶやいた。
「……本当に、噂通りなのですね」
彼女もまたトマトを一口食べ、その青い瞳を驚きに見開いていた。
カイトは彼女に微笑みかけた。
「お口に合いましたか?」
少女はこくりとうなずき、フードの奥で少し頬を染めた。その仕草が、妙にカイトの印象に残った。
視察は順調に進み、一行はリリアの薬草園や町の加工品を作る工房なども見て回った。彼らはヴェルデの町が、ただ農作物が豊かなだけでなく、それを活用した高度な生産システムを構築していることにさらに驚きを深めていった。
視察の終わり、アルバートはカイトに深く頭を下げた。
「カイト殿。あなたの成し遂げたことは、まさに奇跡です。この結果は必ずや国王陛下にご報告いたします。王国は、あなたのような人材をこそ正当に評価せねばなりません」
その言葉に、カイトは少し戸惑いながらも素直に礼を言った。
一行が帰途につく直前、あの侍女の少女がカイトのもとにそっと近づいてきた。
「あの……カイト様」
「様なんてつけなくていいよ。カイトでいい」
「では……カイトさん。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
彼女はフードを少しずらし、真剣な眼差しでカイトを見つめた。
「あなたは、どうしてこれほどのことを成し遂げられたのですか? これだけの富と力があれば、もっと大きな野心を持つこともできるはずです。なのに、あなたからはそのようなものを一切感じません」
その問いに、カイトは少し考えた後、穏やかに笑って答えた。
「野心なんて、俺にはないよ。ただ、みんなが美味しいものを食べて笑って暮らせる。そんな当たり前の毎日が、ずっと続けばいいなって思ってるだけだ」
その答えを聞いた少女の青い瞳が、大きく揺らぎきらりと輝いたように見えた。
「みんなが、笑って……」
彼女は何かを深く噛みしめるようにそうつぶやくと、深々とカイトにお辞儀をした。
「ありがとうございました。あなたの言葉、忘れません」
そう言って、彼女は一行と共に去っていった。
カイトは、その後ろ姿をなぜかいつまでも見送っていた。
その数日後、王都から再び使者がやってきた。今度は国王陛下の名が記された、正式な召喚状を携えて。
そしてカイトは、王宮で思いがけない再会を果たすことになる。あの侍女の少女――王国の第三王女、セレスティア・フォン・アルグランドと。彼女こそが、この視察の本当の責任者だったのだ。
カイトたちの生み出す産物は、ミーナの商業ギルドを通じて王都でも絶大な人気を誇っていた。特にリリアが作る回復ポーションは、従来のものの数倍の効果があるとされ、騎士団や冒険者たちから引っ張りだこになっていた。
そんなある日、王都から一通の書状がカイトのもとへ届いた。それは王家からの正式なもので、近日中に王国の役人が町の視察に訪れるという内容だった。
「王家からの視察か……」
カイトは少し身構えた。ゲッコーのような役人がまた来るのではないかと、一瞬不安がよぎる。しかしミーナによれば、今回の視察はゲッコーのような地方代官ではなく、王宮から直接派遣される正式な監察官によるものだという。
「大丈夫だよ、カイト。きっと、この町の発展を正当に評価してくれるはずさ」
ミーナは楽観的だったが、カイトは万が一に備え、町の皆と共に入念な準備を始めた。
視察の当日。町に現れたのは、質素だが品の良い服をまとった、数名の従者を連れた一行だった。中心にいるのはまだ若いながらも、背筋の伸びた聡明そうな男性。彼が監察官だろうか。
しかしカイトが本当に目を引かれたのは、その男性の隣に立つ、侍女のような服装をした一人の少女だった。フードで顔の半分は隠れていたが、そこから覗く澄んだ青い瞳と気品あふれる立ち居振る舞いは、ただの侍女とは思えなかった。
『なんだろう……どこか、特別な雰囲気のある人だ』
カイトはそう感じた。
一行の代表である監察官はアルバートと名乗り、非常に丁寧な物腰でカイトに挨拶した。
「あなたが、この町の代表であるカイト殿ですね。お噂はかねがね。本日は、この町の驚異的な発展の秘密を我々の目で見せていただきたく参りました」
カイトはアルバートたちを案内し、町を見て回ることにした。広大な畑、整備された水路、活気のある市場、そして何よりそこに住む人々の幸福そうな笑顔。アルバートは目にするもの全てに感嘆の声を上げた。
「素晴らしい……。これが、つい一、二年前まで不毛の地と呼ばれていた場所とはにわかには信じがたい」
一行は、カイトの案内で彼の畑へと足を踏み入れた。そこで彼らは人生で見たこともないほど瑞々しく、生命力に満ちあふれた作物たちを目の当たりにする。
カイトは彼らに、陽だまりトマトをもぎって振る舞った。
アルバートは一口食べて、その場で固まった。
「こ、これは……なんという味だ! まるで太陽の恵みをそのまま食べているかのよう……! 身体の底から力が湧いてくる……!」
その時、今まで黙って後ろに控えていた侍女の少女が、小さな声でつぶやいた。
「……本当に、噂通りなのですね」
彼女もまたトマトを一口食べ、その青い瞳を驚きに見開いていた。
カイトは彼女に微笑みかけた。
「お口に合いましたか?」
少女はこくりとうなずき、フードの奥で少し頬を染めた。その仕草が、妙にカイトの印象に残った。
視察は順調に進み、一行はリリアの薬草園や町の加工品を作る工房なども見て回った。彼らはヴェルデの町が、ただ農作物が豊かなだけでなく、それを活用した高度な生産システムを構築していることにさらに驚きを深めていった。
視察の終わり、アルバートはカイトに深く頭を下げた。
「カイト殿。あなたの成し遂げたことは、まさに奇跡です。この結果は必ずや国王陛下にご報告いたします。王国は、あなたのような人材をこそ正当に評価せねばなりません」
その言葉に、カイトは少し戸惑いながらも素直に礼を言った。
一行が帰途につく直前、あの侍女の少女がカイトのもとにそっと近づいてきた。
「あの……カイト様」
「様なんてつけなくていいよ。カイトでいい」
「では……カイトさん。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
彼女はフードを少しずらし、真剣な眼差しでカイトを見つめた。
「あなたは、どうしてこれほどのことを成し遂げられたのですか? これだけの富と力があれば、もっと大きな野心を持つこともできるはずです。なのに、あなたからはそのようなものを一切感じません」
その問いに、カイトは少し考えた後、穏やかに笑って答えた。
「野心なんて、俺にはないよ。ただ、みんなが美味しいものを食べて笑って暮らせる。そんな当たり前の毎日が、ずっと続けばいいなって思ってるだけだ」
その答えを聞いた少女の青い瞳が、大きく揺らぎきらりと輝いたように見えた。
「みんなが、笑って……」
彼女は何かを深く噛みしめるようにそうつぶやくと、深々とカイトにお辞儀をした。
「ありがとうございました。あなたの言葉、忘れません」
そう言って、彼女は一行と共に去っていった。
カイトは、その後ろ姿をなぜかいつまでも見送っていた。
その数日後、王都から再び使者がやってきた。今度は国王陛下の名が記された、正式な召喚状を携えて。
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