過労死した植物学者の俺、異世界で知識チートを使い農業革命!最果ての寂れた村を、いつの間にか多種族が暮らす世界一豊かな国にしていました

黒崎隼人

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第10話「忘れられた国の伝説」

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 世界には、忘れられた歌があります。
 それは人間がまだ自然と共に生きていた、遥か昔の歌。土を敬い森を愛し、水の囁きに耳を傾けていた時代の調和の歌。
 しかし人間はより大きな力を求め、その歌を忘れてしまいました。彼らは大地から力を奪う不協和音の魔法を奏で始め、その結果世界は「灰色の呪い」という名の沈黙に包まれてしまったのです。
 あのひとは知らず知らずのうちに、その忘れられた歌を再び奏でていました。彼の農法は古の調和を取り戻すための、聖なる旋律だったのです。
 わたしは彼に伝えなければなりませんでした。
 彼が何者であるのかを。そして彼がこれから成し遂げなければならない、本当の使命を。
 それはこの沈黙した世界に、再び生命の歌を取り戻すための壮大な物語の始まりでした。

 王国との対立が、決定的となった。
 村にはかつてないほどの緊張感が漂っていた。バルトロ辺境伯のような一地方領主が相手ではない。今度の敵は王国そのもの。その強大な軍事力を前に、アータル村など風の前の塵に等しい。
 村人たちの顔には再び恐怖の色が浮かんでいた。カイの選択を支持したことに後悔はない。だがこれから訪れるであろう未来を思うと、誰もが不安に苛まれていた。
 カイはそんな村人たちを励ましながらも、自らの無力さを痛感していた。知恵と工夫で一度は領主軍を退けた。だが今度の敵は、規模が違いすぎる。どうすればこの村を守れるのか。答えは見つからなかった。

 追い詰められたカイは、リーリエの元を訪れた。
 もはや頼れるのは彼女しかいなかった。

「リーリエ、教えてほしい。僕たちは、どうすればいい?」

 いつもの広場で、カイは森の賢者に助けを求めた。
 リーリエはカイの憔悴した顔を、悲しげな瞳で見つめていた。

「あなたは、大きなものを敵に回してしまいましたね」

「分かっている。でも僕には、あの選択しかできなかった」

「ええ、知っています。だからこそわたしはあなたに話さなければなりません。この世界の、本当の姿について」

 リーリエはゆっくりと語り始めた。それは人間たちの歴史からは忘れ去られた、古の物語だった。

「人々が『灰色の呪い』と呼ぶもの。あれは単なる魔法の使いすぎによる土地の疲弊ではありません」

「……どういうこと?」

「あれはもっと大きな、世界の生命循環そのものが破壊されたことによる悲鳴なのです」

 リーリエによると遥か昔、この大陸には二つの大きな国が存在したという。
 一つは現在の王国の前身である「アグニ帝国」。彼らは自然を征服しその力を独占するための、強力な攻撃魔法を発展させた。
 もう一つは、このアータル村がある一帯に栄えた「シルヴァ王国」。彼らは自然との調和を重んじ生命を育むための、精霊魔法を発展させた。「調和の王国」とも呼ばれていたという。

 二つの国はその理念の違いから、やがて全面戦争に突入した。
 アグニ帝国はその圧倒的な破壊魔法で、シルヴァ王国の森を焼き川を枯らした。追いつめられたシルヴァ王国は国を守るため、禁断の魔法に手を出した。
 それは大地の生命力を根こそぎ吸い上げ、それを巨大なエネルギーに変える諸刃の剣。
 その魔法によってアグニ帝国は滅びかけた。だがその代償は、あまりにも大きかった。
 世界の生命循環の要であったシルヴァ王国の大地は、完全に生命力を失い死の大地と化した。そしてその影響は世界中に「灰色の呪い」として広がっていった。
 今の王国はアグニ帝国の生き残りが辛うじて再興したもの。彼らは歴史を改竄し、シルヴァ王国を世界を呪いで汚した悪の国として人々に伝え続けた。そして自然から力を奪う自分たちの魔法こそが、正義であると信じ込ませた。

「では、このアータル村は……」

 カイは息をのんだ。

「ええ。この場所こそ、かつてのシルヴァ王国の中心地。そしてあなたの農法は……奇しくも、シルヴァ王国が実践していた大地と共生するための技術、そのものなのです」

 リーリエの言葉はカイに衝撃を与えた。
 自分はただ前世の知識を使っていただけだ。だがそれがこの世界の失われた古代技術と、同じものだったというのか。

「カイ、あなたがやっていることは単なる農業ではありません。それはこの『灰色の呪い』に汚された世界を、本来の姿に戻すための唯一の希望なのです」

 リーリエはカイの手を強く握った。

「だから、あなたは負けるわけにはいかない。王国の掲げる、自然を支配しようという偽りの正義に屈するわけにはいかないのです」

 リーリエの言葉はカイの心に、新たな光を灯した。
 ただ村を守るというだけではない。自分たちの戦いには、もっと大きな意味があるのだ。
 それはこの世界の未来をかけた戦いなのだ。
 カイの迷いは消えた。彼の瞳に、かつてないほど強く決意の光が宿った。

「ありがとう、リーリエ。僕がやるべきことが分かった」

 村に戻ったカイは、再び村人たちを集めた。
 そしてリーリエから聞いた世界の真実を、自分の言葉で語った。

「僕たちの敵は王国の軍隊だけじゃない。この世界を覆う、絶望そのものだ。僕たちの村は、その絶望に立ち向かう最初の砦なんだ」

 カイの言葉は、村人たちの心を強く打った。
 彼らは自分たちがただの農民ではなく、世界の未来を担う重要な存在なのだと知った。恐怖は誇りへと変わった。

「俺たちは、歴史の証人になるんだ!」

「カイについていこう! 俺たちの畑が、世界を救うんだ!」

 村の士気は最高潮に達した。

 その熱気は村の外へも伝わっていった。
 セレナは彼女の持つ情報網を駆使し、「王国の支配する魔法文明こそが世界を滅ぼす道であり、アータル村の進む道こそが世界を救う唯一の道だ」というリーリエの言葉を、噂として大陸中に流した。
 その噂は王国の圧政に苦しむ人々や、少数民族たちの心に燎原の火のように広がっていった。
 彼らはアータル村に、新しい時代の希望を見た。
 王国の討伐軍が編成されつつあるという情報が流れる中、アータル村には驚くべき光景が広がり始めていた。
 近隣の小領主たちが王家に反旗を翻し、カイの元に味方として駆け付けたのだ。
 彼らの領地もまた『灰色の呪い』に苦しみ、王家のやり方では未来がないと悟っていたのである。
 自由を求める傭兵団、そして行き場を失っていたドワーフや獣人たちも、種族を問わず受け入れるというカイの理念に真の希望を見出し、続々と村に集結し始めた。
 彼らは皆、カイの掲げる「共生」の理念に未来を託したのだ。

 カイは集まった人々の前に立った。その数は千を超えていた。
 もはやそれは、ただの村ではなかった。

「我々は本日、このアータル村の地において王国からの独立を宣言する!」

 カイの声が高らかに響き渡った。

「我々の名は、『ヴェルデ連合』! 武器ではなくクワを。支配ではなく共生を。我々は、この地に新しい国を作る! 緑豊かな、誰もが笑顔で暮らせる国を!」

「「「うおおおおおおおおっ!」」」

 大地を揺るがすほどの歓声が上がった。
 それは新しい時代の、産声だった。
 灰色の世界に鮮やかな緑の旗が、高々と翻った瞬間だった。
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