過労死した植物学者の俺、異世界で知識チートを使い農業革命!最果ての寂れた村を、いつの間にか多種族が暮らす世界一豊かな国にしていました

黒崎隼人

文字の大きさ
10 / 16

第9話「奇跡の代償」

 王の欲は、底なしの沼です。
 一つの奇跡を手に入れれば、その奇跡を生み出す源泉ごと飲み干そうとする。
 あのひとは王に請われました。その身を、その知識を、その魂ごと王に捧げよ、と。それは多くの者にとっては抗いがたい栄誉であり、甘美な誘惑だったでしょう。
 けれど彼は知っていました。
 彼の奇跡は彼一人のものではないことを。それはアータルの土と、村の人々の汗と、そして森の囁きと共にあるのだということを。
 切り離された花がいずれ枯れるように。故郷の土を離れた奇跡は、その輝きを失ってしまう。
 彼は選ばなければなりませんでした。
 個人の栄達か、それとも土と共に生きる道か。
 その選択が彼を、そして村を、後戻りのできない道へと押し出すことになりました。

 王都からの調査団が何の成果も得られずに引き上げてから、一月ほどが過ぎた。
 村には嵐の前の静けさのような、張り詰めた平穏が続いていた。誰もが次に来るであろう王家からの接触を、固唾をのんで待っていた。
 そしてその日は、黄金色の麦が収穫の時期を迎えた、ある晴れた日にやってきた。

 訪れたのは国王の紋章を掲げた、豪華絢爛な馬車だった。
 馬車から降りてきたのは金糸で縁取られた豪奢な礼服を身にまとった、宰相その人だった。王国の中枢を担う大物が自らこんな辺境の村へやってくるなど、前代未聞のことだった。
 村人たちが緊張した面持ちで遠巻きに見守る中、宰相はカイの前に進み出た。

「カイ殿、ですな。お初にお目にかかります。国王陛下にお仕えする宰相のオルドリックと申します」

 その態度は非常に丁寧で物腰も柔らかかった。だがその瞳の奥には、一切の感情を映さない冷たい光が宿っていた。

「此度のリアンナ王女のご快復、誠に見事という他ありません。国王陛下もいたくお喜びです。つきましてはカイ殿に、陛下から直々の勅命が下されました」

 宰相は巻物を恭しく広げ、朗々と読み上げた。

「カイを、王宮付きの筆頭農務官に任命する。王国のすべての農地を監督する権限を与え、貴族に準ずる地位と終生の富を保障する。即刻、王都へ出仕せよ――」

 その内容に村人たちの間にどよめきが広がった。
 それは破格の、あまりにも破格の待遇だった。一介の村人が一足飛びに国の重鎮となる。まさにおとぎ話のような出世。
 しかしカイの表情は、硬くこわばったままだった。
 これは命令だ。拒否することなど許されない王からの絶対の命令。そしてそれは彼をこの村から引き離し、彼の技術を完全に王家の管理下に置くための巧妙な罠だった。

 その夜、カイは村人たち全員を集会所に集め、宰相から伝えられた勅命について話した。

「……どう、思う?」

 カイの問いに、誰もが押し黙った。
 それは村の未来を左右する、あまりにも重い問いだった。
 カイが王都へ行けば、彼は安泰な暮らしを手に入れるだろう。村も王家と繋がりのある特別な村として、手厚い保護を受けられるかもしれない。だがそれはこの村の魂を売り渡すことと同義だった。カイを失った畑はいずれその奇跡の力を失い、王家の管理のもとただ搾取されるだけの土地に戻るだろう。

 沈黙を破ったのはグラムだった。

「カイ。お前さんは、どうしたいんだ?」

 村長はまっすぐにカイの目を見て尋ねた。

「お前さんの人生だ。わしらがどうこう言えることじゃねえ。お前さんが王都へ行きたいというなら、わしらは涙をのんで笑って送り出してやる。それがお前さんへの、せめてもの恩返しだ」

 その言葉に多くの村人が、静かにうなずいた。彼らはカイがこの村にもたらしてくれた恩を、決して忘れてはいなかった。

 カイは集まってくれた村人たちの顔を、一人一人見渡した。
 グラム、バルド、そして新しく移住してきた人々。皆の顔には不安と、そしてカイへの信頼が浮かんでいた。彼らはカイのいないアータル村など、もはや考えられなかったのだ。
 カイの脳裏に、この村で過ごした日々が蘇る。
 初めて土を耕した時のこと。最初の緑が芽吹いた時の喜び。皆で収穫した豆を食べた時の、あの笑顔。
 ここは彼の居場所だ。彼が二度目の人生で見つけた、かけがえのない故郷。

「僕は、行かない」

 カイの口から、はっきりとした言葉が紡がれた。

「僕は、この村に残る。このアータルの土と、みんなと一緒に生きていきたい」

 その言葉に集会所は、わっと歓声に包まれた。村人たちは目に涙を浮かべ、カイの名を呼んだ。
 カイはその温かな声に包まれながら、自分の選択が間違っていなかったことを確信した。

 翌日、カイは村の宿舎に滞在していた宰相オルドリックの元を訪れた。
 そして丁重に、しかしきっぱりとした口調で勅命を辞退する旨を伝えた。

「……なんと?」

 宰相の顔から貼り付けたような笑みが消えた。

「国王陛下直々の勅命を、断ると申すか。それが何を意味するか、分かっておるのか?」

 その声は静かだが、絶対零度の冷たさを帯びていた。

「分かっています。ですが僕の力は、僕一人のものではありません」

 カイは臆することなく答えた。

「この力は、このアータルの土とここに住む人々との間に生まれるものです。この土地を離れては、僕はただの無力な少年に過ぎません。王都へ行っても、陛下のお役には立てないでしょう」

 それは偽りのない彼の本心だった。

 宰相はしばらくの間、無言でカイを見つめていた。その冷たい目がまるで値踏みをするように、カイの全身を舐めまわす。
 やがて彼は、ふっと息を漏らした。それは嘲笑のようでもあり、感嘆のようでもあった。

「……面白い。陛下にそこまで言いきった者は、お前が初めてだ」

 彼はゆっくりと立ち上がった。

「よかろう。その言葉、違えず陛下にお伝えしよう。だが覚えておくがいい。王の慈悲を拒絶した者に、どのような運命が待っているかを」

 その言葉は明確な脅迫だった。
 宰相はそれ以上何も言わず、カイに背を向けた。
 彼が率いる一団は、その日のうちに慌ただしく村を去っていった。

 村に再び静けさが戻った。
 だがそれは以前の静けさとは全く違う、不気味なものだった。
 王家への反逆。
 その大罪が、この小さな村にどのような罰をもたらすのか。
 カイは西の空を見つめた。王都のある方角の空が、不吉な暗い色に染まっているように見えた。
 もう後戻りはできない。
 彼とアータル村は、王国という巨大な存在に戦いを挑んでしまったのだ。

あなたにおすすめの小説

神具のクワで異世界開拓!〜過労死SE、呪われた荒野を極上農園に変えてエルフや獣人と美味しいスローライフ〜

黒崎隼人
ファンタジー
ブラック企業で過労死したシステムエンジニアの茅野蓮は、豊穣の女神アリアによって剣と魔法のファンタジー世界へ転生する。 彼に与えられた使命は、呪われた「嘆きの荒野」を開拓し、全ての種族が手を取り合える理想郷を築くこと。 女神から授かったチート神具「ガイアの聖クワ」を一振りすれば、枯れた大地は瞬時に極上の黒土へと変わり、前世の知識と魔法の収納空間を駆使して、あっという間に規格外の美味しい作物を育て上げていく。 絶品の「ポトフ」で飢えたエルフの少女を救ったことを皮切りに、訳ありの白狼族の女戦士、没落した元公爵令嬢、故郷を失った天狐の巫女、人間に囚われていた翼人族の少女など、行き場を失った魅力的なヒロインたちが次々と彼の農園に集まってくる。 蓮が作る「醤油」や「マヨネーズ」などの未知の調味料や絶品料理は、瞬く間に世界中の胃袋を掴み、小さな農園はいつしか巨大な経済網を持つ最強の都市国家へと発展していく! 迫り来る大商会の圧力も、大国の軍勢も、さらには魔王軍の侵攻すらも、蓮は「美味しいご飯」と「農業チート」で平和的に解決してしまう。 これは、一本のクワを握りしめた心優しい青年が、傷ついた仲間たちと共に美味しい食卓を囲みながら、世界一豊かで幸せな国家「アルカディア連邦」を創り上げるまでの、奇跡と豊穣の異世界スローライフ!

過労死コンサル、貧乏貴族に転生す~現代農業知識と魔法で荒地を開拓していたら、いつの間にか世界を救う食糧大国になっていました~

黒崎隼人
ファンタジー
農業コンサルタントとして過労死した杉本健一は、異世界の貧乏貴族ローレンツ家の当主として目覚めた。 待っていたのは、荒れた土地、飢える領民、そして莫大な借金! チートスキルも戦闘能力もない彼に残された武器は、前世で培った「農業知識」だけだった。 「貴族が土を耕すだと?」と笑われても構わない! 輪作、堆肥、品種改良! 現代知識と異世界の魔法を組み合わせた独自農法で、俺は自らクワを握る「耕作貴族」となる! 元Sランク冒険者のクールなメイドや、義理堅い元騎士を仲間に迎え、荒れ果てた領地を最強の農業大国へと変えていく、異色の領地経営ファンタジー!

死んだ土を最強の畑に変える「土壌神の恵み」〜元農家、異世界の食糧難を救い、やがて伝説の開拓領主になる〜

黒崎隼人
ファンタジー
土を愛し、土に愛された男、アロン。 日本の農家として過労死した彼は、不作と飢饉に喘ぐ異世界の貧しい村の少年として転生する。 そこは、栄養を失い、死に絶えた土が広がる絶望の土地だった。 だが、アロンには前世の知識と、土の状態を見抜き活性化させる異能『土壌神の恵み』があった! 「この死んだ土地を、世界で一番豊かな畑に変えてみせる」 一本のスコップと規格外の農業スキルで、アロンは大地を蘇らせていく。 生み出されるのは、異世界人がかつて味わったことのない絶品野菜と料理の数々。 飢えた村人を救い、病弱な公爵令嬢を元気にし、やがてその評判は国をも動かすことに――。 食で人々を繋ぎ、戦わずして国を救う。 最強の農家による、痛快異世界農業ファンタジー、ここに開幕!

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

過労死して転生したら地味な農業スキルだけだった。追放された辺境でスローライフを始めたら、規格外の作物が育ちすぎて気づけば国の英雄になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
過労死したサラリーマン・佐藤大地は、地味な農業スキルだけを持って異世界に転生した。「無能」と追放された辺境の村で、彼は現代知識を武器に奇跡の作物を育て始める。痩せた土を黄金の畑に変え、貧しい村を救い、やがては王国の運命すらも動かしていく。これは、一本のクワから始まる壮大な成り上がり英雄譚。農業は、世界を救う最強の力だ!

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

追放令嬢と【神の農地】スキル持ちの俺、辺境の痩せ地を世界一の穀倉地帯に変えたら、いつの間にか建国してました。

黒崎隼人
ファンタジー
日本の農学研究者だった俺は、過労死の末、剣と魔法の異世界へ転生した。貧しい農家の三男アキトとして目覚めた俺には、前世の知識と、触れた土地を瞬時に世界一肥沃にするチートスキル【神の農地】が与えられていた! 「この力があれば、家族を、この村を救える!」 俺が奇跡の作物を育て始めた矢先、村に一人の少女がやってくる。彼女は王太子に婚約破棄され、「悪役令嬢」の汚名を着せられて追放された公爵令嬢セレスティーナ。全てを失い、絶望の淵に立つ彼女だったが、その瞳にはまだ気高い光が宿っていた。 「俺が、この土地を生まれ変わらせてみせます。あなたと共に」 孤独な元・悪役令嬢と、最強スキルを持つ転生農民。 二人の出会いが、辺境の痩せた土地を黄金の穀倉地帯へと変え、やがて一つの国を産み落とす奇跡の物語。 優しくて壮大な、逆転建国ファンタジー、ここに開幕!

過労死して転生したら『万能農具』を授かったので、辺境でスローライフを始めたら、聖獣やエルフ、王女様まで集まってきて国ごと救うことになりました

黒崎隼人
ファンタジー
過労の果てに命を落とした青年が転生したのは、痩せた土地が広がる辺境の村。彼に与えられたのは『万能農具』という一見地味なチート能力だった。しかしその力は寂れた村を豊かな楽園へと変え、心優しきエルフや商才に長けた獣人、そして国の未来を憂う王女といった、かけがえのない仲間たちとの絆を育んでいく。 これは一本のクワから始まる、食と笑い、もふもふに満ちた心温まる異世界農業ファンタジー。やがて一人の男のささやかな願いが、国さえも救う大きな奇跡を呼び起こす物語。