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07 辺境の聖女様
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セレスティナの温室での野菜作りは、彼女の聖なる力も相まって、驚くほど順調に進んだ。カブやジャガイモだけでなく、ニンジンやホウレンソウといった葉物野菜の栽培にも成功。さらには、前世の知識を活かして、様々な種類のハーブや薬草も育て始めた。
カモミール、ミント、そして傷薬の材料となる貴重な薬草。温室はいつしか、緑と芳しい香りに満ちた、小さな楽園のようになっていた。
辺境の地では、医者も薬も貴重だ。領民たちは、軽い病気や怪我は、ただ耐えるしかなかった。そのことを知ったセレスティナは、収穫した薬草を使い、簡単な傷薬や解熱作用のあるポーションを作り始めた。
最初は、城の侍女や兵士たちに分け与えていた。彼らは、セレスティナが作るポーションが驚くほどよく効くことに目を見張った。その噂はすぐに城下に広まり、やがて助けを求める領民が、おずおずと城門を訪ねてくるようになった。
「あの……奥様。うちの子が、熱を出していて……」
ある日、一人の母親が、小さな子供を抱いてやってきた。セレスティナは優しく微笑みかけ、子供の額に手を当てる。ほんのりとした温かい光が、彼女の手から子供へと伝わっていく。そして、解熱作用のあるハーブを煎じた薬を手渡した。
「これを飲ませて、体を温かくしてあげてください。きっと、すぐによくなりますから」
セレスティナは、決して見返りを求めなかった。誰に対しても分け隔てなく、優しく手を差し伸べた。
初めのうち、領民たちは彼女のことを「王都から来たお飾り」と呼び、遠巻きに見ていた。高貴な身分の令嬢が、自分たちのような貧しい者に施しをするなど、気まぐれに違いないと。
しかし、セレスティナの献身は続いた。怪我をした者の傷を手当てし、病に苦しむ者に薬を分け与え、時には温かい野菜スープを振る舞った。彼女の周りには、いつも穏やかで優しい空気が流れていた。彼女が触れた作物が豊かに実ることも、彼女が作った薬が不思議なほど効くことも、領民たちは肌で感じていた。
いつしか、領民たちの彼女を見る目は、尊敬と親愛の情に変わっていった。
「聖女様だ……」
誰かが、ぽつりとそう呟いた。
「王都にいる偽物の聖女なんかじゃない。俺たちのために尽くしてくださる、あの方こそが本物の聖女様だ」
「ああ、そうだ。辺境の聖女様だ!」
その呼び名は、あっという間に領地全体に広がった。領民たちは、セレスティナに心からの感謝と敬愛を捧げるようになった。彼女が城下を歩けば、人々は笑顔で挨拶し、子供たちが駆け寄ってくる。かつて灰色で沈黙に満ちていたこの地に、温かい交流と活気が生まれ始めていた。
セレスティナは、自分が「聖女」と呼ばれていることに戸惑いながらも、人々の笑顔を見ることが何よりも嬉しかった。誰かの役に立てること、誰かに必要とされること。それは、王宮では決して得られなかった、心からの喜びだった。
リアムは、そんな領地の変化を、執事からの報告で聞いていた。そして、領民たちがセレスティナを「聖女様」と呼び慕う様子を、城の窓から静かに見つめていた。
彼女は、本当にこの凍てついた地を変えてしまった。領民たちの心さえも、その手で温かく耕してしまったのだ。
リアムの胸に、今まで感じたことのない誇らしいような、それでいて少しだけ焦ったいような、複雑な感情が込み上げてくる。俺だけのものだと思っていた輝きが、いつの間にか、世界中を照らす太陽になろうとしている。そんな、奇妙な独占欲だった。
カモミール、ミント、そして傷薬の材料となる貴重な薬草。温室はいつしか、緑と芳しい香りに満ちた、小さな楽園のようになっていた。
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最初は、城の侍女や兵士たちに分け与えていた。彼らは、セレスティナが作るポーションが驚くほどよく効くことに目を見張った。その噂はすぐに城下に広まり、やがて助けを求める領民が、おずおずと城門を訪ねてくるようになった。
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「これを飲ませて、体を温かくしてあげてください。きっと、すぐによくなりますから」
セレスティナは、決して見返りを求めなかった。誰に対しても分け隔てなく、優しく手を差し伸べた。
初めのうち、領民たちは彼女のことを「王都から来たお飾り」と呼び、遠巻きに見ていた。高貴な身分の令嬢が、自分たちのような貧しい者に施しをするなど、気まぐれに違いないと。
しかし、セレスティナの献身は続いた。怪我をした者の傷を手当てし、病に苦しむ者に薬を分け与え、時には温かい野菜スープを振る舞った。彼女の周りには、いつも穏やかで優しい空気が流れていた。彼女が触れた作物が豊かに実ることも、彼女が作った薬が不思議なほど効くことも、領民たちは肌で感じていた。
いつしか、領民たちの彼女を見る目は、尊敬と親愛の情に変わっていった。
「聖女様だ……」
誰かが、ぽつりとそう呟いた。
「王都にいる偽物の聖女なんかじゃない。俺たちのために尽くしてくださる、あの方こそが本物の聖女様だ」
「ああ、そうだ。辺境の聖女様だ!」
その呼び名は、あっという間に領地全体に広がった。領民たちは、セレスティナに心からの感謝と敬愛を捧げるようになった。彼女が城下を歩けば、人々は笑顔で挨拶し、子供たちが駆け寄ってくる。かつて灰色で沈黙に満ちていたこの地に、温かい交流と活気が生まれ始めていた。
セレスティナは、自分が「聖女」と呼ばれていることに戸惑いながらも、人々の笑顔を見ることが何よりも嬉しかった。誰かの役に立てること、誰かに必要とされること。それは、王宮では決して得られなかった、心からの喜びだった。
リアムは、そんな領地の変化を、執事からの報告で聞いていた。そして、領民たちがセレスティナを「聖女様」と呼び慕う様子を、城の窓から静かに見つめていた。
彼女は、本当にこの凍てついた地を変えてしまった。領民たちの心さえも、その手で温かく耕してしまったのだ。
リアムの胸に、今まで感じたことのない誇らしいような、それでいて少しだけ焦ったいような、複雑な感情が込み上げてくる。俺だけのものだと思っていた輝きが、いつの間にか、世界中を照らす太陽になろうとしている。そんな、奇妙な独占欲だった。
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