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全年齢対応・表現マイルドバージョン
第41話 妖怪制作⑤ 鶴女房 ~風を選ぶ者~
しおりを挟む(満島小夜視点)
そこに立つことは少しばかり気が重かった。
『誰』が『居た』かを知っているからだ。
全体を俯瞰する上空からの映像であってさえ、彼女の存在は目を惹きつけるものだった。
「確実に『ネームド』案件なんだよな」
能力・実力ともに、群を抜く人物だった。
「完全主義が痛かったけどね」
思い出して、微苦笑が出た。
『妖怪』たちも「あー、わかる—」って顔をしている。
◆42階層の追憶◆
「目に入るだけで、いやなのに!」
大きな戦闘の後、魔力の補充のため引きずられて行った先。
出合い頭の罵声が飛んできた。
不機嫌のオーラが、現実の圧となって吹き寄せてくる。
「なんで、こんな半端者に頼らないといけないのよ! ポーションで充分。いいえ、それすらいらないわ」
喚いても、叫んでもいないが、はっきりとした拒絶が冷気のように足元へ溜まっていく気がする。
「今すぐ、同程度の戦闘になったとしても、魔力切れなんて起こさせやしないもの! アンタたちとは違うんだから!」
数を頼るほど弱い能力ではないし、数発で力尽きるような魔力量でもない。
まして、戦闘で無駄玉を撃つような無能もないのだ。
そう言っている。
事実ではあるだろう。
誰一人、それは否定できない。
しかし、場の雰囲気は沈んでいく。
『あなたたちとは違う』。その発現はカルマのみならず、カルマをイヤイヤながら連れてきた者たちにも向けられているからだ。
自分と並びたてるものなどいない!
そんな傲慢さがありありと突きつけられていた。
「そうなんだとしても、学校側が決めたルールよ。従いなさい!」
「くっ、さっさと済ませなさい!」
レイド全体のサブリーダーに一喝され彼女も折れた。
ガシッ!
「ぐッ」
無造作に動かされた足が、カルマの体を強く圧した。
蹴ったわけではないはずだ。
「あら、ごめんあそばせ」
ちっとも悪いとは思っていない口調で、一応の謝罪が来た。
顔はそっぽを向き、カルマのことは眼中にないという態度である。
その後は、足の動きがゆっくりとしたものになるのだが、カルマはもとより本人も気付くことはなかった。
周囲には誰もいなかったし。
「私も、魔力量だけはアンタに勝てないわね」
他のことは負けないけど!
比較にもならないけど!
言外の声が痛かった。
◆比翼連理◆
「詠唱、あと三秒!」
彼女の声が震える。
仲間の盾役が、巨大なダンゴムシの突進を受け止めるが、甲殻の重みで地面が軋む。
カマキリの鎌が、魔法使いの杖を弾き飛ばし、蜂の群れが空を覆う。
カナブンの羽音が、耳を裂くように響く。
それは、敗北の合図だった。
彼女は風を呼ぶ。
「鶴よ、舞って・・・!」
だが、風は乱れ、羽根は散る。
詠唱が完了する前に、蜂の針が胸を貫いた。
仲間の叫びが遠ざかる。
彼女の視界は、空に舞う白い羽根だけを映していた。
それは、彼女の魔法スキル——銀鶴が、彼女の命を守ろうと暴走した証。
そして、静寂。
虫たちは去り、仲間たちは倒れ、彼女の遺体の上に、羽根が円を描いていた。
細い息の下、まだわずかに響く鼓動。
彼女は、ほんの十数時間前のことを思い出していた。
仲間、同じ目的で行動していたはずの者を死地に行かせた。
本人にはそうと知らせずに。
生きて帰れぬことは、本人以外の全員が知っていた。
そして、『彼』は消えた。
結果だけを残して。
あの結果を、彼女は選んだ。
知っていたのだから、できることはあったはず。
だけど、何もしなかった。
目を逸らし、考えを閉ざしたのだ。
「生きるために仕方なかったのよ」
そう言い聞かせながら、風の中に閉じこもった。
言い訳にもなっていないことを、聡明と言われた彼女は知っていたのに。
生きていたい。
それが望みであるなら、挑戦をやめればいい。
「ムリでした」、そう言って帰ればいいだけだ。
なのに挑んだのは、何のため?
全体の利益のため。
なんのことはない。
私欲に過ぎなかった。
私欲で、仲間を死に追いやったのだ。
初のダンジョン制覇という栄誉。
それがもたらす富。
輝かしい未来のためだった。
全部、風は知っていた。
彼女の魔法は、真実を理解していた。
詠唱のたびに、『自分』の欺瞞と向き合っていた。
そして、最後の戦い。
彼女はここでも生に執着した。
「今度だって、死なない。生き延びて見せる」
そう願った瞬間、蜂の針が胸を貫いた。
あっけなかった。
逃げた意味も、裏切った理由も、風にさらわれて消えた。
栄誉も、富も、未来さえも。
彼女の体は倒れ、風だけが残った。
その優雅さから、誰かが『銀色の鶴』と呼んだ彼女の魔法。
鋭いくちばしと細い首が敵を貫き。
左右に張った翼が敵を斬り裂いた。
彼女の代名詞ともなった魔法『銀鶴』。
『銀鶴』は、彼女の執着の残響。
生きたかった少女の魔法が、死を拒んで形になった。
でもその羽根は、どこか重く、どこか濁っていた。
「お願い。風で、やつらを止めて!」
仲間の声が届く。
カマキリの鎌が振り下ろされる寸前、彼女は風を巻き起こす。
だが、それは仲間の盾ではなく、自分を脅威から遠ざけるためだった。
「助けて!」
魔法使いが叫ぶ。
蜂の群れが迫る。
彼女は風を放つ。
だが、風は仲間の周囲を避け、彼女の背後に渦を巻いた。
「なぜ!」
盾役が振り返る。
その目に映るのは、風に包まれた彼女の姿。
仲間の命より、自分の生を選んだ少女。
彼女はわかっていた。
風は、彼女の心を映す。
だからこそ、風は誰も守らなかった。
彼女の恐怖と自己保身だけが、風を動かしていた。
仲間は倒れた。
彼女は生き残った。
だが、風は重くなった。
羽根は濁り、詠唱は鈍り、空気は彼女を拒み始めた。
そして、最後の瞬間。
カナブンの羽音が迫る。
彼女は風を呼ぶ。
「お願い。今度こそ、守って!」
風は吹いた。
だが、それは彼女の命を守るには足りなかった。
風は止まった。
風が止まった瞬間、影が胸を貫いた。
羽根は散り、命は沈んだ。
そして、静かに羽根を広げた。
彼女の魔法『銀鶴』が、彼女の悔いと執着を抱いて形を持った。
それで、終幕。
すべて終わったはずだった。
命の終わり、未来の終わり。
なのに、続きがある。
終わらせてもらえなかった。
呼び戻された。
未だ形を与えられない朧な存在。
なのに、記憶はしっかりしていた。
自分のしてきたことを見せつけられる。
「やめて! わたしは、そんなふうに生きたかったんじゃない!」
呼び出された魂は、まだ死の痛みを覚えている。
仲間を見捨てた記憶。
風を盾にした罪。
それでも生きたかったという執着。
その魂に、鶴が語りかける。
「あなたは、風が吹く方向を選んだ。わたしは、その選択の形」
鶴は、彼女の魔法スキルの具現。
感情はない。
知性も、本来はない。
けれど、彼女のすべてを記憶している。
彼女の意志を、汲み取るためだ。
戦場での動き。
常に思考を働かせていては間に合わなくなる場面。
細かな動きの調整を魔法スキルが、彼女の意思を記憶したスキルが代行していた。
彼女の望みを誰よりも知る存在。
彼女自身よりも知る存在。
「わたしは間違ってた。助けるべきだった!」
「それでも、風を操ったのはあなた。わたしは、あなたの『願い』そのもの」
魂は震える。
鶴は静かに羽根を広げる。
その羽根は、仲間の声をなぞるように風を揺らす。
失っていた『体』が再構築される。
目的が明確になっていく。
自分が何になろうとしているのかを自覚する。
「この体を、『妖怪』にする? 誰が? なんのため?」
「あなたは、誰かに愛されたかった。だから、吹かせる風を選んだ。選ばれた者が、そうとは気が付かないほど、弱かったけれど」
否定できず、魂は泣く。
肯定するように、鶴は寄り添う。
「私は、そこまでして『生きたい』の?」
『妖怪』になることを受け入れてまで?
魂は問う。
「もう一度選んで。誰かのために舞うか、自分のために沈むかを」
強い言葉で鶴が迫る。
「選べるの?」
「・・・・・・」
問いに鶴は答えない。
別のモノが答えた。
◇転換◇
「お前は、あの時。オレを見捨てた」
その声は、聞き覚えがあった。
小夜は、かつて『誰か』を見送った。
その人は、風に舞う羽のように消えた。
彼女の魔法が届かなかった、届けなかった。
最初の後悔。
『みんな』の総意で選ばれた犠牲。
『爆弾』となった仲間。
始まりの裏切り、その人の声。
自分が、『誰』によって呼び戻されたかを理解した。
魂は震える。
銀鶴が、静かに羽根を閉じる。
空気が重くなる。
風が、彼女の罪をなぞるように沈黙する。
「お前は自分の利益のために、人を殺せる女だ」
魂は言葉を失う。
その存在——かつての仲間——は、死を越えて、妖怪を作る者になった。
そして今、彼女を『妖怪』にしようとしている。
「お前は生きたかったのだろう? 生かしてやろう。お前を作り直す。それはお前が望んだこと。『わたしの隣に立つがいい』、だろ?」
かつて自分が口にした言葉がなぞられた。
空気を切り裂いて、魂は叫ぶ。
「それは違う! それは、わたしじゃない!」
銀鶴がささやく。
「でも、それはあなたの『願い』だった。誰かに必要とされること。誰かに愛されること」
魂は泣く。
それは後悔か、赦しを求める涙か。
羽は、彼女の涙を包むように、静かに舞った。
「お前は、自分に優しすぎた。だから死んだ」
彼女の魂は、風の中で震えていた。
助けたかった。
でも、生きたかった。
その矛盾が、羽根を濁らせ、仲間を殺し、自分も死に至らせた。
「だから、作り直して完成させる」
かつての仲間——今は妖怪を作る者——は、彼女の遺体に手を伸ばす。
羽根を裂き、銀鶴を縫い合わせ、魂を引きずり出す。
「お前は、踏みつけられることを恐れていた。でも、風は選ぶ。誰を守り、誰を切り捨てるか。その選択に迷いは要らない」
彼女の目が開く。
銀鶴が静かに舞う。
その羽根は、かつての仲間の声をなぞらない。
代わりに、命令を待つように空気を裂く。
「わたしは、誰かのために生きたかった。」
「なら、誰かを踏みつけてでも、生きろ。それが、お前の『完成』だ」
彼女は、風を呼ぶ。
その風は、もう優しくない。
鋭く、冷たく、選別する風。
そして、彼女は笑う。
「わたしは、完璧になる。誰かのために、誰かを捨てることを、恐れない」
風は、彼女のことを忘れたように吹き抜けた。
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