『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第46話 学園祭を待ちわびる影 ~旧校舎の『ナニカ』、祭りを夢見る~後編

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 足音は、迷いなく二階の奥へと進んでいく。
 その足音の上に、うっすらと影が差していた。
 まるで、音そのものに形が宿ったかのように。

『ナニカ』は、その影を追い、旧家庭科室の前で立ち止まる。
 扉には、かすれた文字で「家庭科室」と書かれていた。
 その下に、誰かの落書きが、今も薄く残っている。

 ――ギィ……

 扉をそっと開けると、中は薄暗く、埃の匂いが漂っていた。

 だが、その静寂の中に――音があった。

 カタ……カタ……カタ……

 足踏み式のミシンが、ゆっくりと動いている。
 誰もいないはずの教室で、ひとつだけ、古びたミシンが、まるで時を巻き戻すように動いていた。

 その音に重なるように、『誰か』が『誰か』のために縫物をしていた記憶が、空間にこだまする。

 針が布を貫く音。
 糸が引き締まる音。
 そして、微かに聞こえる、鼻歌のようなもの。

 それは、誰かを想う、優しい時間の残響。
 けれど、その優しさの奥に、言葉にできなかった『さよなら』が縫い込まれていた。

『ナニカ』は、ミシンの前に立つ。
 針は、今も上下に動いている。
 けれど、布はない。
 縫われているのは――空気。
 記憶。想い。

   ◇

 二階の踊り場。
 西側の窓から、夕陽が差し込んでいた。

『ナニカ』は、ふと立ち止まる。
 階段の手すりに、小さな彫り傷があった。

「K+M」
 それは、誰かが刻んだ、ほんの一瞬の勇気だった。
 廊下の隅には、落書きのような文字が残っていた。

「放課後、あの場所で」

 その『あの場所』が、どこだったのかは、もう誰にもわからない。
 でも、校舎の空気は、その言葉をまだ覚えていた。

 足音は、しっかりとした歩調で、戻り始めた。

     ◇

 一階に戻る。
 体育館の扉は重い。

 でも、開けた瞬間、
 木の床が、誰かの足音を思い出した。

「バスケ部の幽霊が、夜に練習している」
 そんな噂が、体育倉庫の奥に貼られた紙に、手書きで残っていた。

「必ずボールを一つ、片付けずに残しておくこと」
 バスケ部部長の名で注意書きがされていた。
 名前を知らない先輩のための気づかいだろうか。

 校舎の隅々に、怪談と記憶、そして『やさしさ』が、静かに眠っていた。
 それは、かつて誰かが怖がりながらも、ちょっとだけ楽しみにしていた『話』だった。

 足音は、その場を足早に通り過ぎた。
『ここは、足音と関係がない』ようだ。

     ◇

 体育館の裏手。

『ナニカ』が近づくと、壁に寄り添うような影が、一瞬だけ揺れた。

 それは、かつて恋を囁いたカップルの、面影だったのかもしれない。

 女子は、制服のポケットに手を入れて、何かを渡そうとしていた。

 何かを渡された男子は、ほんの少しだけ、顔を伏せて笑った。

 かすかに『変な顔』『可愛いじゃん!』そんな声が聞こえた気がする。

 その笑い声は、校舎の壁に染み込んでいた。

『ナニカ』は、その空気の温度に、少しだけ足を止める。

 ノートの隅に、小さく書き足す。

「恋人たちの待ち合わせ場所(非公開)」

 そして、ページの端に、震えるような文字で、こう書き留めた。

「この場所で、ふたりは、笑顔を交した」
 それが誰なのかは、『ナニカ』にもわからない。

 でも、その記憶が、静かに届いていた。

 それは、生まれる前の優しさ。

 そして、誰にも見られなかった、『教室の隅』の始まりだった

     ◇

 足音は消えた。
 体育館裏の影に滲むように。


 校舎の隅々を巡り終えた『ナニカ』は、最後に、黒板の前に立つ。

 ノートを閉じる。

 そして、チョークを手に取る。

 黒板に、一文字だけ書き始める。



「か」 その一文字だけが、黒板に刻まれた。
 白い粉が指先からこぼれ落ちる。

 でも、その手は、途中で止まった。
 呼びかけるには、まだ『声』が足りなかった。
 名前を呼ぶには、まだ『夢』が足りなかった。

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