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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第86話 片翼の焦がれ ~迷いと選択の双翼~ 前編
しおりを挟む(魂の彼女の視点)
彼女は、見ていた。
自分の遺体が、銀鶴と融合していく様を。
『彼』の手によって、血の滲んだ肉体が丁寧に解体され、再構築され、やがて『完璧』な存在へと仕立て上げられていく。
その姿は、あまりにも美しかった。
羽根は一糸乱れず、風は迷いなく流れ、命令に忠実。
誰かを守るために、誰かを切り捨てることを、まるで呼吸のように当然とする。
その笑みは、冷たく、そして確信に満ちていた。
まるで、最初からそうあるべきだったかのように。
美しく、冷たい風が、彼女の魂を切り裂くように吹き抜ける。
「これが・・・わたし?」
魂の彼女は、風の中で震えた。
その姿は、かつて夢見た『強さ』だった。
誰にも怯えず、誰にも縋らず、自分の選択に迷わない存在。
けれど、胸の奥が焼けるように痛んだ。
それは、仲間の声を聞いたときの痛み。
助けたいと願った瞬間、心に走った裂け目の痛み。
そのすべてを切り捨てた『完成形』が、今、目の前に立っている。
しかも、それは――自分の肉体を核にして生まれたものだった。
自分の皮膚が、骨が、髪が、あの羽根の一枚一枚に変わっている。
自分の命が、あの冷たい風を吹かせている。
「・・・わたしの体、こんなに綺麗だったんだ」
思わず、そんなことを考えてしまった自分に、吐き気がした。
あの姿は、あまりにも整っていて、あまりにも理想的で――自分がどれだけ願っても、届かなかった『完成』が、そこにあった。
妬ましい。
羨ましい。
でも、それはもう、自分ではない。
「わたしは、わたしに負けたんだ」
風が、彼女の言葉をさらっていく。
その風は、もう彼女を必要としていない。
彼女の魂は、ただの素材だった。
願いだけを残して、あとは切り捨てられた。
魂の彼女は、そっと手を伸ばした。
風に――かつて自分の中を流れていた、あの力に触れようとして。
けれど、指先は空を掴むことすらできなかった。
風は、彼女の存在を認識することなく、無慈悲にすり抜けていく。
まるで、そこに『彼女』など初めからいなかったかのように。
「・・・ああ、そうか」
気づいてしまった。
この風は、もう自分のものではない。
あの羽根が纏う風は、彼女の心を映さない。
それは、命令に従うためだけに吹く風。
温もりも、迷いも、痛みも、すべてを拒絶する風。
「わたしは、もう・・・いらないんだ」
その言葉は、風に溶けることすらなく、空気に押し返された。
まるで、存在そのものがこの世界にとって異物であるかのように。
彼女の声は、誰にも届かず、ただ虚空に吸い込まれていく。
風が吹くたび、魂が削られていく。
目に見えない刃が、心の輪郭を少しずつ削ぎ落としていく。
痛みはない。
ただ、冷たい。
それが、かえって恐ろしかった。
「わたしは・・・わたしを失った」
その呟きは、風に溶けることすら許されなかった。
空気は、彼女の声を拒むように震え、ただ冷たく流れ去っていく。
完璧な彼女は、振り返らない。
その背は、まるで『過去』を見ないように訓練された兵士のようだった。
一切の迷いも、情も、そこにはなかった。
羽根が揺れるたび、空気が裂ける音がした。
それは、風の音ではなかった。
魂が、薄皮を剥がされるように削られていく音だった。
彼女の魂は、銀鶴の影に縋るように漂っていた。
誰にも見えず、誰にも触れられず、ただ『自分の成れの果て』を見つめ続けるしかなかった。
その背中は、あまりにも遠い。
けれど、あまりにも馴染み深い。
あれは、かつて自分がなりたかった『理想』の形。
でも今は、それに触れることすら許されない。
「わたしは、わたしの中に入れない」
その言葉は、風に拒まれ、空気に押し返され、彼女の中で反響した。
まるで、自分自身にすら拒絶されているようだった。
――でも、ふと、思った。
あの背中。
あの冷たい笑み。
あの、誰も顧みないまなざし。
「・・・あれは、わたしだ」
完璧な彼女を見て、初めて気づいた。
あれは、ただの『完成形』なんかじゃない。
あれは、かつての自分が夢見て、演じて、空回りしていた『強さ』そのものだった。
誰にも頼らず、誰にも怯えず、選択に迷わないふりをしていた。
本当は怖くて、弱くて、でもそれを隠すために、強がっていた。
その痛々しい仮面が、今、完璧な形で目の前に立っている。
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