『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第108話 予兆の始まり ~旧校舎の蠢動~

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『旧校舎』は、冷たさを纏っていた。

 壁は灰色に沈み、窓は曇りガラスのように光を拒んでいた。
 床には、誰の足音も届かない。
 埃が積もりすぎて、時間の層のように重なっている。

 空気は動かない。
 風が通ったことすら忘れられている。
 明るさも、力の気配もない。

 ただ、静かで、寒い。
 まるで、誰かの心の奥底に沈んだ『封じられた記憶』のようだった。

 廊下の隅に、ノートが落ちていた。
 ページが開いたまま、床に伏している。
 表紙には、手書きの文字。

「祭りの準備」。

 その言葉だけが、埃の下から顔を出していた。
 ページの端は折れ、インクは滲み、まるで泣いた跡のように歪んでいる。

 誰かが、何かを楽しみにしていた。
 けれど、その楽しみは、ここに置き去りにされた。
 あるいは──忘れられた。

 風は、まだ吹かない。
 雷も、まだ夢の中。

『旧校舎』は、ただそのノートを見守っていた。
 誰かが、もう一度ページを開いてしまうのを、ずっと、ずっと待っていた。

 ──『旧校舎』の奥。
 誰にも見つけられなかった教室の隅。
 そこに、『ナニカ』がいた。

 それは、かつて『祭りの準備』をしていた。
 誰かが来るのを、誰かと笑うのを、ずっと待っていた。

 でも、誰も来なかった。
 ぬくもりのない箱のようなこの場所に、希望はなかった。

 壁は冷たく、窓は閉ざされ、空気は死んでいた。
 だから、『ナニカ』はノートを落とした。

 ぽとり、と。
 まるで、諦めるように。
 まるで、誰かを誘う罠のように。

 そのノートは、床に伏したまま、誰にも拾われなかった。
 表紙には、かすれた文字で「祭りの準備」と書かれている。
 ページの間には、色褪せた折り紙の切れ端や、手描きの地図、誰かの名前が走り書きされていた。

 そのときだった。
 風が吹いた。

 そよ、と。
 雷でわずかに温められた風が、旧校舎の隙間から入り込んだ。

 それは、誰かの背中を押した風。
 誰かの心を震わせた雷の余韻。

 その風が、ノートのページをめくった。
 一枚、また一枚。 まるで、内容を確かめるように。

 ページの奥から、何かが覗いていた。
 黒く、濡れたような指先。
 紙の隙間から、こちらを見ていた。

 そして、光が差し込んだ。
 今まで入らなかった窓の隙間から、細い光が射し込む。

 埃の粒が、金色にきらめく。
 だがその中に、黒い影が混ざっていた。
 まるで、光に焼かれた何かが、逃げるように壁の隅へと這っていく。

 天井のひび割れに沿って、光が這い、壁に残された古い貼り紙を照らす。

「ようこそ、祭りへ」

 その消えかけた文字が、光の中で浮かび上がった。
 だが、よく見ると── 『ようこそ』の下に、赤いインクで書き足された文字があった。

「──かえれない」

 壁を飾る折り紙が、カサカサと笑うように揺れた。
 誰かの脚がのるのを待ちきれず、廊下の板が軋む。
 笑い声を夢見て、窓が震えている。

『ナニカ』は、気づいた。まだ、終わっていない。

 風が戻ってきた。
 雷が、ぬくもりを運んできた。
 そして、『誰か』が、『どこか』で『立ち上がった』。

『旧校舎』は、静かに息を吹き返す。
 それは、再会の準備。
 それは、忘れられた約束の、やり直し。
 それは、終わらなかった『祭り』の続き。

『旧校舎』は覚えている。
 ここが廃墟ではなかった時代を。
 だが今は、記憶の中にしか存在しない『過去』を、 誰かがもう一度なぞるのを、待っている。

 黒板に書きかけで止まっていた『か』の文字。
 その隣に、何かが書き足されていた。
 それは、誰かの名前だった。
 けれど、読めない。
 滲んで、崩れて、まるで──血で書かれたように。

『ナニカ』は、もぞもぞと動き出す。
 春のぬくもりに誘われて、そっと動き出す虫のように。
 だがその動きには、喜びではなく、長い飢えを満たすための“本能”が宿っていた。

 ──風が吹く。 それは、誰かの足音を呼び込む風。
 雷が鳴る。
 それは、目覚めを告げる鐘の音。

『旧校舎』は、目を覚ました。
 そして、扉の向こうで、誰かの気配がした。

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