258 / 327
レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第143話 霧の向こうで ~沙羅の想い~
しおりを挟む手のひらが、まだ熱い。
斬った瞬間の感触が、皮膚の奥に残っている。
それは『行為』の記憶じゃない。
『真実』の証明。
モンスターではない。
仲間の、柔らかい命を斬ったという、消えない実感。
「しかたなかった」
そう言い聞かせるたび、腕が重くなる。
言葉が軽ければ軽いほど、
罪は濃く、深く、重くなる。
それは、心の底に沈んでいく鉛のように、沙羅を引きずり込んでいく。
『仲間を斬った罪』——それは罪ではなかった。
罪は、『自分を欺こうとした』ことにあった。
この一文が、沙羅の本当の罪を突きつける。
『斬った』ことではなく、『見なかったふりをした』こと。
『自分だけは違う』と思いたかったこと。
『彼を見殺しにした罪』、それは『自己肯定と自己保身という罪』だ。
その罪は、誰にも見えない。
だからこそ、誰よりも重い。
そして、再び現れる『薫』――いや、『縫緋まとい』。
白かったはずの上着が——赤い。
長い舌が、沙羅の輪郭をなぞるたびに、何かが奪われていく。
それは、罰ではない。
それは、清算。
沙羅が自ら差し出した『代償』。
罪が軽くなる。
意志が希薄になる。
命が細くなる。
悲鳴もなく、流血もなく、ただ、静かに沈んでいく。
それは、沙羅が『自分を許す』ための儀式。
けれど、赦しはない。
あるのは、喪失だけ。
「私は、まだ人間?」
問いは、声にならなかった。
意識が遠のく。
水の底に引き込まれるように。
最後に見た薫の微笑みは、優しかった。
それが、いっそう苦しかった。
水が、耳を塞ぐ。
音が遠くなる。
世界が、静かになる。
「私は、まだ……」
その言葉の続きを、誰も聞くことはなかった。
薫の微笑みが、水の揺らぎに溶けていく。
優しく、静かに。
沙羅の瞳が閉じる。
その瞬間、彼女の『人間としての灯り』が、ひとつ、消えた。
◇縫緋まといの思想◇
「戦うって、斬ることじゃないのよ」
その言葉は、誰にも届かない。
けれど、まといの中では確かな刃だった。
「戦うって、見つめること。見ないふりをしていたものを、見つめ直すこと。それが、私の戦い」
人間は、垢を溜める。
それは、罪でもあり、忘却でもある。
誰かを見捨てた記憶。
誰かを踏みつけた沈黙。
誰かを守らなかった選択。
その垢は、目に見えない。
でも、まといには見える。
感じられる。
味わえる。
「だから、私はそれを食べる。それが、私の戦い」
まといの舌は、武器ではない。
それは、祈りの器官。
罪の記憶をなぞるための触媒。
ぬるり、とした舌が沙羅の頬をなぞる。
耳の裏を撫で、首筋に絡みつく。
その動きは、まるで『記憶を剥がす』ように丁寧で、どこか慈しみに満ちていた。
「人間との戦いは、罪との対話。あなたの罪を、私が味わう。あなたの痛みを、私が受け取る。あなたの沈黙を、私が語る」
それは、赦しではない。
それは、罰でもない。
それは、記憶の継承。
沙羅の罪は、苦く、熱く、懐かしい。
まといの舌がそれをなぞるたび、沙羅の中の『人間らしさ』が、少しずつ剥がれていく。
「あなたが消えたら、誰が私を覚えているの?」
その問いは、『喰らう者』の孤独から生まれた祈りだった。
だから、彼女は斬らない。
だから、彼女は叫ばない。
だから、彼女は微笑む。
その微笑は、かつての『薫』のものに似ていた。
けれど、そこにあるのは支配ではなく、『共に沈む者』への共感だった。
「ゆっくり眠るといいわ。起きたら……仲良くできるかしらね?」
その言葉は、呪いではない。
それは、儀式の終わりを告げる祈り。
沙羅が『沈む者』になることで、まといは『食む者』として完成する。
水音が耳の奥で鳴る。
それは、まといの心臓の音。
制服の縫い目の鼓動。
そして、沈んだ者たちの記憶のざわめき。
彼女は戦っていない。
彼女は儀式をしている。
それが、縫緋まといという妖怪の『戦い方』。
◇『薫』から『沙羅』へ◇
かつて、彼女は『火』だった。
燃え上がるような言葉。
焦がすような視線。
触れれば痛い。
でも、離れれば寒い。
それが、沙羅だった。
薫は、反発していた。
水と火。
冷静と激情。
理解し合えないと、決めつけていた。
でも今、まといとして彼女を見つめると――その『熱』は、ただの罪じゃなかった。
それは、誰かを守ろうとした意志。
それは、誰かを見捨てたくなかった痛み。
「反発する理由なんて、なかったのよね」
まといの舌が、沙羅の輪郭をなぞる。
ぬるりと、ゆっくりと、まるで『記憶の温度』を確かめるように。
それは、罰ではない。
それは、理解の所作。
「あなたは、ただ熱かっただけ。 私は、ただ冷たかっただけ。それだけのことだったのに」
今、沙羅は沈んでいく。
罪を食まれ、意志を薄められ、命を細くされながら。
でも、まといは思う。
「起きたら、仲良くできるかもしれない」
それは、希望ではない。
それは、赦しでもない。
それは、ただの可能性。
「あなたが沈んで、私が食んで、それでもまだ、あなたの熱が残っていたら――そのときは、少しだけ近づいてみてもいいかしら」
彼女は微笑む。
その微笑は、薫だった頃のものに似ている。
でも、そこにあるのは反発ではなく、受容。
「火と水は混ざらない。でも、霧にはなれる。だから、もしあなたが目を覚ましたら――そのときは、霧の中で、少しだけ話してみたい」
霧は、境界を曖昧にする。
敵と味方、罪と赦し、人と妖怪――そのすべてを、少しだけ近づける。
人の時はできなかったこと。
人の時にこそ、試すべきだったこと。
——でも、私は見なかった。
——見ようとしなかった。
人でなくなった今、それができる。
皮肉だとは思うが、できないままよりはずっといい。
『妖怪』になって、『人間』がわかる。
哀しいけれど、喜ばしい。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる