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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第142話 再会と出会い ~沈む者と食む者~
しおりを挟む「ねぇ、人を斬るって、どんな気分?」
「っ!?」
心臓が跳ねた。 喉が詰まり、息が止まる。
言い訳を重ねても拭いきれない、手のひらに残る感触。
刃が肉を裂いたときの、あの柔らかくて、温かい抵抗。
モンスターではない。
人間を斬った。
その記憶が、腕の奥で疼いている。
「し、しかたなかったのよ!」
「そうね。意図しない事故というのよね」
笑うような響き。
けれど、冷たい。
まるで、氷の上を歩くような音。
その声が、沙羅の理性を引き戻す。
同時に、心の奥に沈めていた『名前』を呼び起こす。
「あなた、誰?」
声が震える。
けれど、問いは硬く、冷たい。
この場にあるはずのない『誰か』――もしくは、『何か』への問い。
「あら、『私』がわからないのかしら? 沙羅?」
その名を呼ばれた瞬間、空気が変わった。
闇に溶け込むような長い黒髪が、風もないのに静かに揺れる。
まるで、彼女自身がこの世のものではないかのように。
白いセーラー服の襟元には、深い藍色が映えていた。
胸元の赤いリボンだけが、唯一の熱を帯びた色として、夜の冷たさに抗っている。
彼女の瞳は、何かを見つめているようで、何も見ていないようでもあった。
その表情には、言葉にできない重みが宿っていた。
見る者の心に、静かな波紋を広げるように。
「『蒼の抱擁』の薫?!」
その姿は、沙羅のよく知る人物に似ていた。
火と水――生まれついての属性の違いが、二人の関係を常に軋ませていた。
「な、なんで、あなたがここに? 63階層にいるはずよね?!」
レイド本隊。
最精鋭の火属性パーティ。
水属性の薫は、参加できず、『安全な場所』での待機を命じられた。
それは、沙羅にとって『優越感を感じられる配置』だった。
だからこそ、今ここにいることが、理解できない。
「ああ。63階層ね。ええ。みんな、いたわ」
その言い方に、含みがある。
まるで、『もういない』ことを知っているかのように。
「今はいないみたいな言い方ね」
「実際、いないのよ」
「え? いない? どういうこと?」
「ダンジョンに安全地帯はないんですって。あるのは、モンスターを配置し忘れている『忘れられた空間』。思い出されたら、どうなると思う?」
その言葉が、沙羅の胸を冷たく締めつける。
モンスターが配置される?
襲われる?
「みんなは、どうしたの?」
「そうねぇ……」
薫はアゴに指をあて、思案するようなしぐさ。
その態度が、沙羅の苛立ちを煽る。
「その辺、かしら?」
手を振られた。
この辺にいる?
「さっきから、何人か見てるでしょ?」
「ッ?!」
まさか。
まさかとは思う。
でも――
同じ制服。
言葉を発する。
戦略・戦術を用いてくる思考力。
そして、河童に感じていた『奇妙な親近感』。
否定する要素よりも、納得できることの方が多い。
でも、それはつまり――?
“かつての仲間”が、『敵』として再構築されている。
安全地帯はなかった。
そして、忘れられた者たちは、『思い出された』瞬間、モンスターとして配置された。
「な、何人死んだっていうの?」
予感はあった。
でも、聞いてしまえば、それはもう『現実』になる。
「いまはいない」とは、一人でも生き残っていれば使えない言葉。
だから、覚悟はした。
したつもりだった。
「死んだ人より、生きている人間を数えるほうが楽ね」
「え?」
それは・・・つまり?
「残りは、あなたを入れて20人。もうじき、19人になるわね」
「ば、バカなこと言わないで! 266人いたのよ?! それが、あと20人って……!」
声が裏返る。
喉が焼けるように痛いのに、水の中の空気は、どこまでも冷たい。
「あなたたち、いいえ、私たちはしてはいけないことをしたの。これは、清算なのよ」
「清算? してはいけないこと?」
「ええ」
空気がざわついた。
馴染んでいたはずの水が、急に冷たくなっていく。
まるで、罪の温度を思い出させるように。
「昨日、私たちは計算で人を殺した。救う手立てがあったのにね」
「それは……!」
気づかなかったのだ――そう言いたいのに、言葉が出ない。
わかっている。
誰よりも、自分がわかっている。
「気づこうとしなかったのだ」と。
特定の一人から、いかに目を逸らし続けていたか。
常に『彼』にだけ、フィルターが掛かっていた。
いや――掛けていた。
見ない。
聞かない。
気づかないふりをする。
それが、どれほど残酷なことか。
今なら、わかる。
でも、もう遅い。
言い繕えない。
最低の行為。
でも――
心の奥で、何かがまだ、言い訳を探している。
『でも』の先に、何を置けばいい?
赦し?
後悔?
それとも、また沈黙?
「それは!」
私だけじゃない。
全員同罪でしょ?!
俯けていた顔を上げ、相手を睨みつけた――
「ヒッ?!」
喉の奥が引きつった。
目の前で、長く伸びた舌が波打っていた。
『薫』だったものの顔は白く、清潔そうだった白い上着は、赤く染まっていた。
「か、薫?」
「違うわ。いまの私は『縫緋まとい』。アカナメという妖怪」
ニタリと笑った顔が近づく。
その舌が、沙羅の輪郭をなぞるように動いた。
「あ、クッ!」
体が痺れた。
力が入らない。
足が動くことを拒否している。
まるで、一足先に妖怪の側についたかのように。
「私は人間の垢を食べる。垢、それは罪。だから私は、あなたの罪を味わっているの」
蕩けるような微笑に、なぜか凄味が加わる。
アカナメの舌が、まるで意思を持つ蛇のように、沙羅の頬をなぞり、耳の裏を撫で、首筋に絡みついた。
「人間はね、垢を溜めるの。見ないふりをして、擦り寄って、擦り切れて、それでも落とさない。だから、私が食べてあげるの」
目を細め、アカナメはおいしそうに何かを啜っている。
啜る音のたびに、沙羅は自分の何かが奪われていくのを感じていた。
それは罪?
それは意志?
それは命?
罪は軽くなり、意志は希薄となり、命が細くなっていく。
指先が冷たくなり、胸の奥で灯っていた火が、ひとつ、またひとつと消えていく。
悲鳴はなく、流血もなく、静かに、ただ静かに。
命の灯が陰っていく。
「ゆっくり眠るといいわ。起きたら……仲良くできるかしらね?」
体温を失っていく沙羅を抱えて、『薫』は優しく微笑んだ。
沙羅の耳の奥で、水音が鳴っていた。
遠くで誰かが呼んでいるような気がした。
でも、声は泡になって、すぐに消えた。
残り、19人。
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