『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第144話 冬が来る ~終わりの抱擁~

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「……」

 カノンは、そっと運ばれていく沙羅を見送った。
 その姿は、白く、白くなっていた。

 腰の上にまで膨張した水は、白く凍り、熱を失った体を静かに支えている。

 頭と肩には、うっすらと霜が降りていた。
 まるで、彼女の『火』を封じるための結界のように。

 白で覆われた目に、もう光はなかった。
 けれど、どこか安らかで、まるで『赦された者』のようにも見えた。

 胸元に、白くフワフワとした『虫』が留まっていた。
 その白は、私の冬の始まりだった。

 胸の奥に、冷たい風が吹いた。
 それは、悲しみではなかった。
 それは、喪失でもなかった。

 それは、『何かが終わった』という確信。
 そして、『何かが始まってしまった』という予感。

 残り、18人。

 これをもって、レイド本隊最後尾にいた者たちは、静かに、完全に、全滅した。

 ◇氷室しらゆきの想い◇

 鏡を見た。
 白い肌。
 銀の髪。
 淡い水色の瞳。

「綺麗だね」
 そう言われても、心は動かない。

 その『綺麗』は、私の痛みを隠すための仮面。
 それは、氷室しらゆきという妖怪の顔。

 でも、私は——百合根友梨だった。

 泣いて、笑って、嫉妬して。
 それが許される存在だった。

 今の私は、命令に従うだけの存在。
 感情はある。
 記憶もある。
 でも、行動は『彼』の意志に縛られている。

 かつて、彼に死を強制された。
 そして、私も彼にそれを強制した。

 だから、彼に命令されるたび、私は冷たくなる。

「行け。人間を片付けろ」

 その声に逆らえない。
 身体は従う。
 心は……まだ、どこかで抵抗している。

 でも、抵抗は声にならない。
 雪のように、静かに積もっていくだけ。

 かつて一緒に笑った子たち。
 戦って、泣いて、励まし合った子たち。

 その記憶は、雪の下に埋めたはずだった。
 なのに、足を踏み出すたびに、その記憶が、足元からじわじわと溶け出してくる。

「友梨、フォローしてくれてありがとう!」
「また一人でモンスター倒したんだって!? すごいね!」
「……がんばりすぎないでね?」

 ああ、やめて。
 そんな声、もう聞こえないはずなのに。

 でも、雪虫が羽ばたく。
 腰のあたりで、ふわりと。
 それは、彼の魂の震え。

 かつて私を裏切った人。
 でも、今は私の『冬』になった人。

 彼が嫉妬するたび、私は冷たくなる。
 彼が沈黙するたび、私は孤独になる。

 だから、命令に従う。
 それが、私の存在理由。
 それが、私の『冬』の役目。

 でもね——もし、誰かが私を『友梨』と呼んでくれたら。
『しらゆき』じゃなくて、『友梨』って。

 その時、私はどうなるんだろう?
 雪は溶けるのかな?
 それとも、もっと深く凍るのかな?

 雪虫が飛んでいく。
 私よりも先に、獲物を見つけたようだ。

 きっと、また『女』なのだろうな。
 なんとなく、そう感じた。
 心が冷えていく。

「……殺せて、しまいそう……」

 その言葉は、命令に従う者の声ではなかった。
 それは、心が凍る音だった。

 ◇そして、いま◇

 冷気はヒタヒタと、静かに流れた。
 それは、孤独な者の心の隙間を探し、そっと入り込む。

「くっ、クソっ! どうすれば……」

 中央部から散らされた者たちの中で、一人きりで彷徨う男がいた。

 その背後に、 静寂と寂寥の代弁者が忍び寄る。

「どうしたの?」

 綿雪のようにふんわりと、女が訊ねた。

 男は息を呑んだ。 女は、白練の振袖をまとっていた。 墨色の枝模様が、冬の静けさを纏わせる。

 その白は、しらゆきの名を思わせる。 光を受けて、ほんのりと白藍の気配を帯びるその布は、 まるで夢の中の雪景色。

 ゾクリ。 男の背筋が縮こまる。 足元から競り上がる冷気が、 彼の判断力を奪っていく。

「寒いの?」

 女は微笑みながら近づいた。 その声は、春の終わりに舞う雪のように、 儚く、優しい。

「あ、ああ。なんだ、これ……?」

 男は自分の体をこすりながら、その異様な冷気を振り払おうとする。
 だが、孤独と寒さが、彼の理性を鈍らせていた。

「ふふ、じゃあ、もっと近くに来て。私のそばなら、寒さなんて感じなくなるわ。――何も、感じなくなるから」

 着物の重なりが、ゆったりと揺れる。
 男の視線が、吸い寄せられる。

「あら、いけない人」

 女は胸元を抑え、背を向ける。
 そして、うなじを見せて振り返る。

「見てしまったのね。……私の雪に触れた人は、みんな凍るの。あなたも、もう逃げられない」

 自然に身を寄せ、男の胸に手のひらを当てる。

「ありがとう。あなたの温もり、少しだけ……感じられた。――それじゃ、静かに眠ってね。 その眠りが、安らかでありますように」

 女は男の頬に、触れるだけのキスを落とした。

 その瞬間、冷気が渦を巻く。
 すべての熱が、氷点下にまで落ちていく。
 男は、沈黙して女の胸の中に居た。

「ほら、ね?」

 細雪のような、儚く静かな囁き。

「もう、何も感じない」

 女が胸に抱いていた氷の柱は、春を待つことなく、細かくなって風になるだろう。

 儚くも美しい、冬の名残のように。

 残り、17人。

 ◆氷室しらゆき視点◆

 ……私は、いま、確かに命を奪った。

 命令じゃない。
 衝動でもない。
 自分の意志で。
 自分の手で。

 その人は、私に暖かさをくれた。
 人間の体温を。
 心の温度を。

 でも、私はその手を、凍らせた。
 砕ける音がした。
 それは、骨の音ではない。
 私の中の『ためらい』が砕けた音だった。

 ああ、もう戻れない。
 私は『百合根友梨』じゃない。
 私は『氷室しらゆき』。

 雪女。
 人の温もりを拒み、命を凍らせる者。

 ……でも、不思議。
 涙は出なかった。
 悲しみも、怒りも、もう感じない。

 ただ、静かだった。
 心の奥まで、雪が降り積もっていくような静けさ。

「これが、私の選んだ冬」

 その呟きとともに、私は初めて『しらゆき』として息をした気がした。

 冷たく、澄んだ空気が肺を満たす。
 それは、罪の味がした。
 雪解け水のように冷たく、喉の奥で苦く広がった。

 でも、私はもう震えない。
 誰にも縋らない。
 誰にも許されなくていい。

 私は、雪女。
 冬の化身。

 凍り付いていた頬が、少しだけ緩んだ。
 自分でもわからないくらい、微妙な笑みが浮かんだ。

 淡い光を抱いた雪片が、まるで昔の優しさを思い出させるように、頬に触れている。

 指先に触れる氷は、冷たいはずなのに、どこか柔らかくて、心の奥がじんわりとほどけていく気がした。

 まるで白い焔のように、静かに輝いて見えた。

 しらゆきの吐息が舞わせた雪は、冷たいはずなのに、どこか優しくて。
 まるで、凍った心の奥に残っていた最後のぬくもりが、形になったようだった。

「私は、雪女。『氷室しらゆき』。希望も絶望も、笑顔も涙も、ただ静かに凍らせる者」

 ……さあ、次は誰? 
 もう、迷わない。
 たとえ、心が少しだけ痛んでも――それが、私に残された最後の証。
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