『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第151話 風雷は吹きて惑わず ~帰り着く場所~ 後編

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 風が、彼女の髪を逆立てる。
 雷が、皮膚の下で脈打つ。
 霞の瞳は、赤と金に染まりながらも、どこか遠くを見ていた。

 ──かつて、自分もその隊列の中にいた。
 風を読み、雷に怯えながら、それでも前に進んでいた。
 誰かの隣に立つことを、選んでいた。

「……あたしは、もう隣には立てない」

 その言葉に、風が揺れた。
 雷が、胸の奥で軋んだ。
 けれど、霞は団扇を振る。

 風が、逃げる者の背を切り裂き、雷が、地を焼き、命の輪郭を焦がす。

「逃げても無駄だよ。風は、どこまでも追いかける。雷は、心の奥まで届く」

 その声は、誰にも届かない。
 風が、かき消した。
 雷が、焼き払った。

 霞は、力を振るい続ける。
 それは、怒りでも、憎しみでもない。
 ただ、『役割』としての行動。
 ダンジョンの守護者としての、当然の振る舞い。

 けれど──ほんの一瞬だけ。
 逃げる背中の中に、見覚えのある髪型があった。
 昼休みに、隣で笑っていた誰か。
 教室の隅で、くだらない話をしていた、あの時間。

 風が、その記憶を運んできた。
 雷が、胸の奥で弾ける。
 霞は、団扇を止めた。

 雷が、指先で震える。
 風が、問いかける。

「それでも、振るうか?」

 霞は、目を閉じる。
 まぶたの裏に、誰かの笑顔が浮かんだ。
 それを、風が吹き飛ばす。
 雷が、焼き尽くす。

「……あたしは、もう『人間』じゃない。だから、迷う必要もない」

 団扇が再び振るわれる。
 風が唸り、雷が咆哮する。
 逃げる者たちの背に、容赦なく襲いかかる。

 ──葉隠霞。
 かつての仲間を見送りながら、力を振るう。
 その心は、風に引き裂かれ、雷に焼かれながらも──確かに、進んでいた。

 ──風が、止んだ。
 雷も、沈黙した。
 空気が、やけに澄んでいる。
 まるで、何もなかったかのように。

 霞は、立っていた。
 足元には、焼け焦げた残骸が静かに横たわっていた。

 炭になった二本の影。
 まるで、地面に立てかけられた木の枝のように、黒く、細く、折れ曲がっている。
 皮膚は焼け落ち、骨と肉の境界も曖昧になっていた。
 けれど、制服の焦げ跡だけが、かろうじて『人間だった』ことを物語っていた。

 名前も、顔も、もう思い出せない。
 あるいは、思い出さないようにしているだけかもしれない。

「……やり過ぎたか?」

 ぽつりと漏れた言葉に、風は応えない。
 雷も、もう何も言わない。
 ただ、静寂だけが、霞の耳を満たしていた。

「苦しむ時間は、あったか?」

 問いかけるように、残骸を見下ろす。
 返事はない。
 当然だ。
 もう、声を持たないのだから。

 霞は、目を細める。
 その表情に、怒りも悲しみもない。
 ただ、冷たい静けさ。
 それは『冷静』と呼ぶには、あまりにも無感情すぎた。

 ──これが、あたしの役目。
 ──隊列を崩し、数を減らす。
 ──前進を許す者と、ここで終わる者を分ける。

「……任務完了。問題なし」

 そう呟いた声は、まるで報告のようだった。
 誰に向けたものでもない。
 ただ、自分自身に言い聞かせるように。

 でも、胸の奥が軋んだ。
 ほんのわずかに。
 風が、そこを通り過ぎた。
 雷が、そこを叩いた。

 霞は、気づかないふりをした。
 いや──『気づかないように』した。

「冷静だよ、あたしは。ちゃんと判断して、ちゃんと選んだ。だから、これは……正しい」

 その言葉に、風は揺れなかった。
 雷も、鳴らなかった。
 まるで、彼女の『正しさ』を否定することすら、もう興味がないかのように。

 霞は、踵を返す。
 炭となった二本に背を向けて、静かに歩き出す。

 ──風は、まだ彼女の名を覚えている。
 ──雷は、まだ彼女の心を見ている。
 でも、霞はもう、自分の声すら聞こうとしなかった。

 残り、10人。

     ◇

 ──足音が、静かに響く。
 霞は、任務を終えて帰還する。
 風も雷も、今は沈黙している。
 まるで、彼女の背に寄り添うように。

 拠点の入り口に立つと、そこにカルマがいた。
 かつての仲間。
 今の主。
 カルマは、微かに頷きながら、霞の目をまっすぐ見ていた
 そして・・・。

「おかえり」

 当たり前のように声を掛けられた。
『ご苦労』ではない。
『見事だった』でもない。

『おかえり』。

 その言葉は、風よりも柔らかく、雷よりも温かかった。
 霞の胸の奥に、静かに染み込んでいく。

 ──おかえり。
 それは、かつて家に帰ったときに聞いた言葉。
 それは、誰かの隣にいた頃に交わした言葉。
 それは、もう二度と聞けないと思っていた言葉。

 霞は、虚を突かれたように立ち尽くす。
 その言葉が、どこに届いたのか、自分でもわからなかった。

 団扇を握る手が、少しだけ緩む。
 風が、彼女の髪を撫でる。
 雷が、胸の奥で静かに鳴る。

「・・・ただいま」

 その声は、霞自身も驚くほど自然だった。
 まるで、ずっとここにいたかのように。
 まるで、これが『帰るべき場所』だったかのように。

 霞は、拠点の奥へと歩き出す。
 その足取りは、任務の帰還ではなく──帰宅のようだった。

 部屋に入る。
 扉を閉める。
 そのくらい当たり前に、奥に置かれたソファに腰かけた。

 風が、壁を撫でる。
 雷が、床を温める。

『おかえり』——その言葉に、『かすみ』としてのあたしが、初めて居場所を得た気がした。

「・・・ここが、あたしの居場所なんだ」

 その言葉に、風が優しく吹いた。
 雷が、静かに脈打った。
 それは、肯定でも否定でもない。
 ただ、霞の『今』を受け入れる音だった。

 ──葉隠かすみ。
 かつての探索者。
 今は、ダンジョンの守護者。
 そして、カルマのもとに帰る者。

 その心は、風に包まれ、雷に導かれながら──確かに、居場所を見つけていた。

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