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第二章 親友を追い求める覚悟
4.ヴァルガ帝国
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意味が分からない。
分かりたくもない。
目の前の光景が、まるで静止画のように現実味がない。
しかしそれが現実であると突きつけるように、悲鳴が上がった。
「逃げろ!!」
「王族を守れ!!」
闘技場は一瞬で地獄に変わる。
観客席が雪崩を打ち、貴族も平民も関係なく押し合い、転び、泣き叫ぶ。
空から降り注ぐのは、王国を破壊するためのもの。
爆炎が王都の一角を飲み込み、石畳が砕ける音がここまで届く。
「レオン殿下!!」
近衛兵が俺の腕を掴む。
「王城へ! 直ちに――ッ」
だが。
俺の視線は、人の流れに逆らって歩く、たった一人の背中から離れなかった。
「……ノア」
アイツは、帝国艦隊の方へと向かっていた。
剣を携えたまま、迷いなく。
まさか一人で立ち向かうつもりか……!?
「ノア!! 待て!!」
叫ぶ。
叫ばずにはいられなかった。
いくら俺より強いからと言って、帝国に単身立ち向かうなんて。
危ない、行くな、戻れ、そんな言葉がのどに詰まる。
しかし俺の声にノアは止まることなかった。
そのまま己たちの前に立ち塞がってきた、ノアの姿を認めて。
帝国軍は、一斉に動きを止めた。
一人突っ込んできた王国民に刃を向けることなく。
そして。
――ノアに向かって、敬礼した。
完璧にそろった動作。
剣を胸に当て、膝を折る者すらいる。
「……は?」
理解が、追いつかない。
軍団の中央から、一人の男が進み出る。
重厚な外套を携えた、帝国軍団長。
彼は無言でノアの前に立ち、片膝をついた。
そして、外套を差し出す。
ノアはそれを受け取り、ためらいなく肩に掛けた。
翻る布。
そこに刻まれていたのは、ヴァルガ帝国の紋章。
冷たく、鈍く、光を拒むように輝いている。
その瞬間。
俺の知っているノアは、そこにはいなかった。
柔らかく笑うことも、軽口を叩くこともない。
感情を削ぎ落した、冷徹な瞳。
アイツは、あの男は、帝国軍を見渡し、低く告げた。
「――進軍準備」
その声に、迷いはない。
「エルド王国を侵攻せよ」
号令。
それだけで、帝国軍は動いた。
魔法陣が展開され、王国軍へと殺到する黒い奔流。
「……の、あ……?」
警備兵が俺を引きずろうとする。
「殿下! 逃げます!!」
「放せ!!」
警備兵の縋るような腕を振り払い、俺は叫ぶ。
「ノア!! ノアッ!!」
のどが裂けようとも、構わなかった。
「何か言えテメェ!! 冗談だって言えッ!!」
その血を吐くような声に、ようやくアイツは、こちらを見た。
ゆっくりと、ゆっくりと。
その瞳に宿るのは――明確な、殺意。
一歩、踏み出される。
剣が、構えられる。
あまりにも自然な動作で、俺は反応出来なかった。
迫る切っ先。
逃げられない。
――死ぬ。
そう理解した瞬間。
金属音が、鳴り響いた。
俺の前に、割って入った影。
「……やはり君は、秩序を壊すものだったか」
規律監査官、リヒト・エルド・ヴェルナー。
ノアの剣を受け止め、静かに睨み返していた。
「殿下を下がらせろ!!」
叫び、剣を振るう。
「私の秩序は間違っていなかったな、ノア・エルド・フォルティス。いや、これも偽名か?」
二人の剣がぶつかる。
――違う。
目の前の打ち合いに、目が離せない。
ノアの剣筋が、完全に変わっていた。
王国剣術ではない。
合理だけを突き詰めた、殺すための剣。
帝国剣術。
激しい攻防の末、ノアの刃がリヒトの懐へ潜り込む。
躊躇いはない。
深々と、突き刺された。
「ぐ……ぅ…、秩、じょ、を……」
リヒトの身体は崩れ落ちる。
動かない。
真っ赤な血が、石畳に広がる。
「き、規律、監査官……ッリヒト!! おい!!」
王国の忠臣、秩序の象徴。
それを殺したという事実が、突き刺さる。
「お前…っお前、分かってんのか!? コイツを、コイツを害したってことは……ッ!」
もう、戻れない。
その時だった。
帝国艦隊から、一人の男が降り立つ。
白銀の髪、余裕のある笑み。
ヴァルガ帝国第一皇子、アルトリウス・ヴァルガ・セラフィル。
何故こんな大物が、戦場に。
彼はノアの前まで歩み寄り、楽し気に言った。
「今日はここまでだ。君の剣が鈍っていないようで、何よりだよ」
そして彼は、こう続けた。
「――我が弟。第二皇子、ノア・ヴァルガ・セラフィル」
時が、止まる。
ヴァルガ帝国の第二皇子……?
ノアは、エルド王国の、フォルティス家の。
ノアは振り返らない。
アルトリウスの隣に立ち、帝国艦へと戻っていく。
撤退する艦隊。
何故か、それ以上の侵攻はなかった。
俺は空を見上げ、叫ぶ。
「ノア―――――ッッッ!!!」
声は、届かない。
返る声は、もうなかった。
分かりたくもない。
目の前の光景が、まるで静止画のように現実味がない。
しかしそれが現実であると突きつけるように、悲鳴が上がった。
「逃げろ!!」
「王族を守れ!!」
闘技場は一瞬で地獄に変わる。
観客席が雪崩を打ち、貴族も平民も関係なく押し合い、転び、泣き叫ぶ。
空から降り注ぐのは、王国を破壊するためのもの。
爆炎が王都の一角を飲み込み、石畳が砕ける音がここまで届く。
「レオン殿下!!」
近衛兵が俺の腕を掴む。
「王城へ! 直ちに――ッ」
だが。
俺の視線は、人の流れに逆らって歩く、たった一人の背中から離れなかった。
「……ノア」
アイツは、帝国艦隊の方へと向かっていた。
剣を携えたまま、迷いなく。
まさか一人で立ち向かうつもりか……!?
「ノア!! 待て!!」
叫ぶ。
叫ばずにはいられなかった。
いくら俺より強いからと言って、帝国に単身立ち向かうなんて。
危ない、行くな、戻れ、そんな言葉がのどに詰まる。
しかし俺の声にノアは止まることなかった。
そのまま己たちの前に立ち塞がってきた、ノアの姿を認めて。
帝国軍は、一斉に動きを止めた。
一人突っ込んできた王国民に刃を向けることなく。
そして。
――ノアに向かって、敬礼した。
完璧にそろった動作。
剣を胸に当て、膝を折る者すらいる。
「……は?」
理解が、追いつかない。
軍団の中央から、一人の男が進み出る。
重厚な外套を携えた、帝国軍団長。
彼は無言でノアの前に立ち、片膝をついた。
そして、外套を差し出す。
ノアはそれを受け取り、ためらいなく肩に掛けた。
翻る布。
そこに刻まれていたのは、ヴァルガ帝国の紋章。
冷たく、鈍く、光を拒むように輝いている。
その瞬間。
俺の知っているノアは、そこにはいなかった。
柔らかく笑うことも、軽口を叩くこともない。
感情を削ぎ落した、冷徹な瞳。
アイツは、あの男は、帝国軍を見渡し、低く告げた。
「――進軍準備」
その声に、迷いはない。
「エルド王国を侵攻せよ」
号令。
それだけで、帝国軍は動いた。
魔法陣が展開され、王国軍へと殺到する黒い奔流。
「……の、あ……?」
警備兵が俺を引きずろうとする。
「殿下! 逃げます!!」
「放せ!!」
警備兵の縋るような腕を振り払い、俺は叫ぶ。
「ノア!! ノアッ!!」
のどが裂けようとも、構わなかった。
「何か言えテメェ!! 冗談だって言えッ!!」
その血を吐くような声に、ようやくアイツは、こちらを見た。
ゆっくりと、ゆっくりと。
その瞳に宿るのは――明確な、殺意。
一歩、踏み出される。
剣が、構えられる。
あまりにも自然な動作で、俺は反応出来なかった。
迫る切っ先。
逃げられない。
――死ぬ。
そう理解した瞬間。
金属音が、鳴り響いた。
俺の前に、割って入った影。
「……やはり君は、秩序を壊すものだったか」
規律監査官、リヒト・エルド・ヴェルナー。
ノアの剣を受け止め、静かに睨み返していた。
「殿下を下がらせろ!!」
叫び、剣を振るう。
「私の秩序は間違っていなかったな、ノア・エルド・フォルティス。いや、これも偽名か?」
二人の剣がぶつかる。
――違う。
目の前の打ち合いに、目が離せない。
ノアの剣筋が、完全に変わっていた。
王国剣術ではない。
合理だけを突き詰めた、殺すための剣。
帝国剣術。
激しい攻防の末、ノアの刃がリヒトの懐へ潜り込む。
躊躇いはない。
深々と、突き刺された。
「ぐ……ぅ…、秩、じょ、を……」
リヒトの身体は崩れ落ちる。
動かない。
真っ赤な血が、石畳に広がる。
「き、規律、監査官……ッリヒト!! おい!!」
王国の忠臣、秩序の象徴。
それを殺したという事実が、突き刺さる。
「お前…っお前、分かってんのか!? コイツを、コイツを害したってことは……ッ!」
もう、戻れない。
その時だった。
帝国艦隊から、一人の男が降り立つ。
白銀の髪、余裕のある笑み。
ヴァルガ帝国第一皇子、アルトリウス・ヴァルガ・セラフィル。
何故こんな大物が、戦場に。
彼はノアの前まで歩み寄り、楽し気に言った。
「今日はここまでだ。君の剣が鈍っていないようで、何よりだよ」
そして彼は、こう続けた。
「――我が弟。第二皇子、ノア・ヴァルガ・セラフィル」
時が、止まる。
ヴァルガ帝国の第二皇子……?
ノアは、エルド王国の、フォルティス家の。
ノアは振り返らない。
アルトリウスの隣に立ち、帝国艦へと戻っていく。
撤退する艦隊。
何故か、それ以上の侵攻はなかった。
俺は空を見上げ、叫ぶ。
「ノア―――――ッッッ!!!」
声は、届かない。
返る声は、もうなかった。
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