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第二章 親友を追い求める覚悟
5.帝国第一皇子 アルトリウス
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ヴァルガ帝国、戦艦内。
黒鉄の回廊に、整然とした足音が響く。
侵攻を告げた艦隊は、すでに進路を反転させていた。
「撤退命令、完了しました」
副官の報告に、アルトリウスは満足げに頷く。
ヴァルガ帝国第一皇子、アルトリウス・ヴァルガ・セラフィル。
帝国軍総司令権の一部を委任されている。
表向きは穏健派、しかしその実際は、極めて冷酷な現実効率主義者。
ノアとは対照的な白銀の長髪。
前髪は後ろへ流したオールバックで、王者の威厳を隠さない。
剣は常に携帯しているが、自分で振るうことは滅多にない。
振るう必要が、ないのだ。
「上出来だ。――さて」
彼は隣に立つノアに視線を向けた。
「まずはお帰り、ノア」
「ノア・ヴァルガ・セラフィル。ここに遅参いたしました――兄上」
帝国第二皇子としての名を口にした。
それに満足した様子で、アルトリウスは続ける。
「しかしまさか、エルドの第一王子まで殺そうとするとはね」
その結果、庇った規律監査官が死んだのだけど、と。
軽い口調。
しかし金灰色の瞳は鋭く、試すように光っている。
「彼は君の親友、じゃなかったのかい?」
「親友、という設定でした」
ノアは一切表情を変えない。
淡々と、事実を述べるように。
「エルドでの全ては演技。レオンは敵国の第一王子。それ以上でもそれ以下でもない」
アルトリウスの口角がわずかに上がる。
「もしあの場で殺せていたら?」
「承血儀を受ける者がいなくなり、他の王位継承者を擁立したとしても、エルドは確実に衰退したでしょう」
ですので、とノアは真っ直ぐに視線を固定したまま続ける。
「次は殺します」
アルトリウスは一瞬、黙り込む。
――帝国は、冷酷なまでの現実効率主義。
まさしく、理に適っている。
アルトリウスは小さく息を吐き、笑った。
「もしかしたら私よりも、帝国の人間らしいかもね」
「ご冗談を。次の皇帝は貴方だ、兄上」
そう信じて疑わない声。
アルトリウスはその言葉に、微かに鼻を鳴らす。
まるで茶番を見た時のように。
ヴァルガ帝国、王城。
重厚な扉が閉じられる。
ここは第一皇子私室。
そこに部屋の主アルトリウスとノアはいた。
「上を脱げ」
命令は短く、拒否を想定していない。
ノアは一瞬だけ動きを止めた。
しかし次には静かに外套と上衣を外し、上体を晒す。
均衡の取れた身体。
着やせする性質のようで、服の上からは見えなかった筋肉が姿を現す。
そこにアルトリウスは手を触れる。
「っ……」
くすぐったいのか、なんなのか。
ノアは一瞬息を詰めた。
そのまま、す、と手を滑らせる。
そこには、うっすらと残る痣。
「……決勝戦での傷か」
武技大会決勝戦、最後に身体を弾かれていたノア。
「ノアの価値を分かっていない愚鈍な王子だ」
「……」
「それはお前にも言えることだ、ノア」
叱責、ともすれば怒りにも近いそれを吐きながら。
アルトリウスは自身のベッドにノアを押し倒す。
抵抗は、ない。
白の肌触りの良いシーツに、赤みがかった黒髪が散る。
アルトリウスはその髪を掬い上げ、口付ける。
「何故、勝利を譲った?」
囁きのような問い。
「君の腕なら、”当然”勝てただろう」
獲物を狩るようにぎらつく、金灰色の目。
それを受けながらも、ノアは天井を見つめたまま答える。
「私は既に規律監査官、つまり王国に目を付けられていました」
訓練所まで来て詰問していったリヒト・エルド・ヴェルナー。
そんな彼も、もういない。
自身が殺した。
「あそこで勝利すればエルドの警戒が強まり、今後の侵攻に支障が出る」
それに、とノアは続ける。
「レオンが勝った方が、王国は慢心する」
事実、レオンが勝ったことであの盛り上がりを見せたのだ。
ノアが勝っていれば、あそこまでの歓声は上がらなかっただろう。
合理的で、冷静な分析。
アルトリウスはしばらく黙り、やがて小さく息を吐いた。
「……確かに、全て納得できる理由だね」
アルトリウスの指が、つ…、とノアの鎖骨を辿る。
その手は胸へ、腹へ、腰へ、そしてその先を撫でていく。
ノアの全てを、支配するかのような、ゆっくりとした動き。
「流石我が弟、帝国の第二皇子だ」
覆いかぶさられ、耳元で囁かれる。
ノアは静かに目を閉じた。
その支配を、当たり前のように享受する。
灯りが落とされ、部屋には二人の呼吸音だけが残る。
「……は、っ……」
それは漏れ出した吐息か、誰かの名か。
しかしもう、時が戻ることはない。
黒鉄の回廊に、整然とした足音が響く。
侵攻を告げた艦隊は、すでに進路を反転させていた。
「撤退命令、完了しました」
副官の報告に、アルトリウスは満足げに頷く。
ヴァルガ帝国第一皇子、アルトリウス・ヴァルガ・セラフィル。
帝国軍総司令権の一部を委任されている。
表向きは穏健派、しかしその実際は、極めて冷酷な現実効率主義者。
ノアとは対照的な白銀の長髪。
前髪は後ろへ流したオールバックで、王者の威厳を隠さない。
剣は常に携帯しているが、自分で振るうことは滅多にない。
振るう必要が、ないのだ。
「上出来だ。――さて」
彼は隣に立つノアに視線を向けた。
「まずはお帰り、ノア」
「ノア・ヴァルガ・セラフィル。ここに遅参いたしました――兄上」
帝国第二皇子としての名を口にした。
それに満足した様子で、アルトリウスは続ける。
「しかしまさか、エルドの第一王子まで殺そうとするとはね」
その結果、庇った規律監査官が死んだのだけど、と。
軽い口調。
しかし金灰色の瞳は鋭く、試すように光っている。
「彼は君の親友、じゃなかったのかい?」
「親友、という設定でした」
ノアは一切表情を変えない。
淡々と、事実を述べるように。
「エルドでの全ては演技。レオンは敵国の第一王子。それ以上でもそれ以下でもない」
アルトリウスの口角がわずかに上がる。
「もしあの場で殺せていたら?」
「承血儀を受ける者がいなくなり、他の王位継承者を擁立したとしても、エルドは確実に衰退したでしょう」
ですので、とノアは真っ直ぐに視線を固定したまま続ける。
「次は殺します」
アルトリウスは一瞬、黙り込む。
――帝国は、冷酷なまでの現実効率主義。
まさしく、理に適っている。
アルトリウスは小さく息を吐き、笑った。
「もしかしたら私よりも、帝国の人間らしいかもね」
「ご冗談を。次の皇帝は貴方だ、兄上」
そう信じて疑わない声。
アルトリウスはその言葉に、微かに鼻を鳴らす。
まるで茶番を見た時のように。
ヴァルガ帝国、王城。
重厚な扉が閉じられる。
ここは第一皇子私室。
そこに部屋の主アルトリウスとノアはいた。
「上を脱げ」
命令は短く、拒否を想定していない。
ノアは一瞬だけ動きを止めた。
しかし次には静かに外套と上衣を外し、上体を晒す。
均衡の取れた身体。
着やせする性質のようで、服の上からは見えなかった筋肉が姿を現す。
そこにアルトリウスは手を触れる。
「っ……」
くすぐったいのか、なんなのか。
ノアは一瞬息を詰めた。
そのまま、す、と手を滑らせる。
そこには、うっすらと残る痣。
「……決勝戦での傷か」
武技大会決勝戦、最後に身体を弾かれていたノア。
「ノアの価値を分かっていない愚鈍な王子だ」
「……」
「それはお前にも言えることだ、ノア」
叱責、ともすれば怒りにも近いそれを吐きながら。
アルトリウスは自身のベッドにノアを押し倒す。
抵抗は、ない。
白の肌触りの良いシーツに、赤みがかった黒髪が散る。
アルトリウスはその髪を掬い上げ、口付ける。
「何故、勝利を譲った?」
囁きのような問い。
「君の腕なら、”当然”勝てただろう」
獲物を狩るようにぎらつく、金灰色の目。
それを受けながらも、ノアは天井を見つめたまま答える。
「私は既に規律監査官、つまり王国に目を付けられていました」
訓練所まで来て詰問していったリヒト・エルド・ヴェルナー。
そんな彼も、もういない。
自身が殺した。
「あそこで勝利すればエルドの警戒が強まり、今後の侵攻に支障が出る」
それに、とノアは続ける。
「レオンが勝った方が、王国は慢心する」
事実、レオンが勝ったことであの盛り上がりを見せたのだ。
ノアが勝っていれば、あそこまでの歓声は上がらなかっただろう。
合理的で、冷静な分析。
アルトリウスはしばらく黙り、やがて小さく息を吐いた。
「……確かに、全て納得できる理由だね」
アルトリウスの指が、つ…、とノアの鎖骨を辿る。
その手は胸へ、腹へ、腰へ、そしてその先を撫でていく。
ノアの全てを、支配するかのような、ゆっくりとした動き。
「流石我が弟、帝国の第二皇子だ」
覆いかぶさられ、耳元で囁かれる。
ノアは静かに目を閉じた。
その支配を、当たり前のように享受する。
灯りが落とされ、部屋には二人の呼吸音だけが残る。
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しかしもう、時が戻ることはない。
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