11 / 13
第三章 親友との企てられた再会
9.第二皇子の日常
しおりを挟む
***
帝国での生活は、静かだった。
必要なものは全て与えられ、不要なものは一切与えられない。
ノア・ヴァルガ・セラフィルにとって、それは過不足のない生活だった。
広い部屋、厚い絨毯、外界の音を遮断する高い天井。
窓の外には帝都の尖塔が並び、時間ごとに鐘の音が鳴る。
起きる時間も、食事の内容も、行動の範囲も、全て決められている。
だから、迷う必要がない。
あまりにも徹底した、現実効率主義。
ノアは朝、侍女が運んできた服を受け取り、何も考えずに袖を通した。
「今日の予定は」
問いは形式的なもだった。
「第一皇子殿下より、伝言がございます」
侍女は一歩下がり、淡々と告げる。
「明日、他国との会談があるため、本日はお戻りが遅くなるとのことです」
「……そうか」
「殿下は、『ノアには関係のないもの。今日は私の部屋でゆっくりしていれば良い』と」
その言葉に、ノアは小さく頷いた。
第一皇子の言葉は命令ではない。
だが、疑う理由も、予定を選びなおす理由もなかった。
「分かった」
それだけで会話は終わる。
特別な出来事はなかった。
書物を読み、剣を振り、与えられた時間を消費する。
そして夜。
第一皇子――アルトリウスは、いつも通り戻ってきた。
疲れた様子も、苛立ちも見せず、ただ当然のように、ノアを抱いた。
言葉は少ない。
何故、なんて考えは最初からない。
求められるまま、ノアは応じる。
それが、役割だった。
朝、目を覚ました時、隣にアルトリウスの姿はなかった。
いつものことだ。
身体には、鬱血痕の数々。
首、胸、腹、背中、大腿の裏にまで、所有印が散っていた。
ノアは身体を起こし、床に散らばっていた衣服を見下ろす。
拾い上げ、下から順に身に着けていく。
靴下、ズボン、ベルト、最後にシャツを羽織る。
窮屈だから、まだ前は留めない。
寝台の上には、まだかすかに体温の名残があったが、気にも留めない。
今日もまた、静かな一日になるはずだった。
一つ、息を吐いたその時だった。
扉が、開いた。
第一皇子の私室、この部屋の扉が。
軋む音と共に。誰かが室内へ足を踏み入れる。
瞬間、気怠げだったノアの背筋に冷たいものが走った。
アルトリウスの気配では、ない。
考えるより先に、身体が動いた。
壁に立て掛けてあった剣を掴み、振り向きざまに切っ先を突き付ける。
「――何者だ」
低く、鋭い声。
「何が目的で、この第一皇子の私室に……」
侵入した、と言いかけて。
ノアの言葉は、途中で止まった。
視界に映った人物を、脳が理解するまでに、ほんの一瞬の時間が必要だった。
同じように、扉の前に立つ男も、動きを止めている。
そう時は経っていないのに、あの懐かしい、蒼い瞳が、大きく見開かれていた。
「……ノア?」
聞きなれた声。
信じられない、という響きを含んだ声。
ノアは剣を構えたまま、赤褐色の目を見開いた。
「……レ、オン……?」
そこに立っていたのは。
エルド王国第一王子、レオン・エルド・ヴァレンティス。
かつての、親友。
帝国の第一皇子の私室。
有り得ない場所で、二人は再会した。
剣の切っ先が、微かに震える。
時間が止まったかのようだった。
帝国での生活は、静かだった。
必要なものは全て与えられ、不要なものは一切与えられない。
ノア・ヴァルガ・セラフィルにとって、それは過不足のない生活だった。
広い部屋、厚い絨毯、外界の音を遮断する高い天井。
窓の外には帝都の尖塔が並び、時間ごとに鐘の音が鳴る。
起きる時間も、食事の内容も、行動の範囲も、全て決められている。
だから、迷う必要がない。
あまりにも徹底した、現実効率主義。
ノアは朝、侍女が運んできた服を受け取り、何も考えずに袖を通した。
「今日の予定は」
問いは形式的なもだった。
「第一皇子殿下より、伝言がございます」
侍女は一歩下がり、淡々と告げる。
「明日、他国との会談があるため、本日はお戻りが遅くなるとのことです」
「……そうか」
「殿下は、『ノアには関係のないもの。今日は私の部屋でゆっくりしていれば良い』と」
その言葉に、ノアは小さく頷いた。
第一皇子の言葉は命令ではない。
だが、疑う理由も、予定を選びなおす理由もなかった。
「分かった」
それだけで会話は終わる。
特別な出来事はなかった。
書物を読み、剣を振り、与えられた時間を消費する。
そして夜。
第一皇子――アルトリウスは、いつも通り戻ってきた。
疲れた様子も、苛立ちも見せず、ただ当然のように、ノアを抱いた。
言葉は少ない。
何故、なんて考えは最初からない。
求められるまま、ノアは応じる。
それが、役割だった。
朝、目を覚ました時、隣にアルトリウスの姿はなかった。
いつものことだ。
身体には、鬱血痕の数々。
首、胸、腹、背中、大腿の裏にまで、所有印が散っていた。
ノアは身体を起こし、床に散らばっていた衣服を見下ろす。
拾い上げ、下から順に身に着けていく。
靴下、ズボン、ベルト、最後にシャツを羽織る。
窮屈だから、まだ前は留めない。
寝台の上には、まだかすかに体温の名残があったが、気にも留めない。
今日もまた、静かな一日になるはずだった。
一つ、息を吐いたその時だった。
扉が、開いた。
第一皇子の私室、この部屋の扉が。
軋む音と共に。誰かが室内へ足を踏み入れる。
瞬間、気怠げだったノアの背筋に冷たいものが走った。
アルトリウスの気配では、ない。
考えるより先に、身体が動いた。
壁に立て掛けてあった剣を掴み、振り向きざまに切っ先を突き付ける。
「――何者だ」
低く、鋭い声。
「何が目的で、この第一皇子の私室に……」
侵入した、と言いかけて。
ノアの言葉は、途中で止まった。
視界に映った人物を、脳が理解するまでに、ほんの一瞬の時間が必要だった。
同じように、扉の前に立つ男も、動きを止めている。
そう時は経っていないのに、あの懐かしい、蒼い瞳が、大きく見開かれていた。
「……ノア?」
聞きなれた声。
信じられない、という響きを含んだ声。
ノアは剣を構えたまま、赤褐色の目を見開いた。
「……レ、オン……?」
そこに立っていたのは。
エルド王国第一王子、レオン・エルド・ヴァレンティス。
かつての、親友。
帝国の第一皇子の私室。
有り得ない場所で、二人は再会した。
剣の切っ先が、微かに震える。
時間が止まったかのようだった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!
はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。
本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる……
そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。
いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか?
そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。
……いや、違う!
そうじゃない!!
悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!!
王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?
人生2929回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途なαが婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。
・五話完結予定です。
※オメガバースでαが受けっぽいです。
妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます
こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。
【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜
キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。
モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。
このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。
「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」
恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。
甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。
全8話。
狂わせたのは君なのに
一寸光陰
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる