【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた

西園 いつき

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第三章 親友との企てられた再会

10.第一王子と第二皇子

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少し前。


帝国の回廊は、音がしない。

正確には、音はあるのだが、全てが厚い石と魔道構造に吸い込まれていく。
足音も、衣擦れも、息遣いさえも、遠くで溶けた。

案内役の官吏に導かれながら、俺は一つ一つ、歩数を数えていた。
緊張を抑えるためではない。
頭を冷やすためだ。

……帝国に入ってから、想定外は一つも起きていない。

評議会の面々が危惧していた、入国後即拘束、殺害、なんて。
そんな気配は、全くない。

しかし、それが逆に不気味だった。
過剰な歓待もなければ、露骨な敵意もない。
必要最低限の礼節と、必要以上の監視。
そして、最後に通された場所。


「……第一皇子殿下の私室、だと?」


案内役の官吏は頷いた。


「現在、殿下は会談の準備のため不在です。ですが、使者殿にはここでお待ちいただくように、と」


理解に一瞬、いや、もっと長い時間、かかった。
帝国第一皇子の私室。
外交使節が通される場所ではない。

だが、ここが帝国だ。
常識はこちらのものではない。

そういうこともある、のかもしれない、と無理やり納得する。
ここで一つの想定外、しかしまだ許容範囲内だ。

案内された部屋の前に立つ。
その時、不意に胸の奥がざわついた。
理由は分からない。
ただ、嫌な予感でも、恐怖でもない。

だた、懐かしいような、気配。

有り得ないはずのそれを、胸の内で否定する。
そして俺は、そのまま扉を開けた。


「……失礼する」


その瞬間。
視界の中央に、剣の切っ先があった。

反射的に足が止まる。
それと同時に、全身が硬直した。
剣を構えている男の姿を認識した途端、脳が思考を拒否する。


「――何者だ」


低く、鋭い声。


「何が目的で、この第一皇子の私室に……」


黒い髪、しかし光の加減によっては赤く輝くそれ。
引き締まった身体。
赤褐色の、鋭く、しかし揺れている瞳。


「……ノア?」


声が、掠れた。
剣を握る手が、わずかに震えるのが見えた。

ノア。ノア、だ。

目の前のノアは、剣を構えたまま、目を見開いた。


「……レ、オン……?」


名前を呼ばれた瞬間、胸の奥で何かが崩れ落ちた。
緊張、抑制、混乱、疑念、信頼、そんな、いろんな感情が、全部。

生きている。
目の前に、立っている。
俺の名を、呼んだ。

それだけで、頭が真っ白になる。
剣を突き付けられているという事実も、ここが帝国第一皇子の私室だという異常さも、一気に意味を失った。


「……なんで、ここにノアが……」


言葉を選ぶ余裕はない。
ノアの視線が、俺の背後、扉、回廊へと走る。
扉の前に立つ衛兵と案内人を認めると、ノアは剣をゆっくりと下ろした。


「……それは、こちらの台詞だ」


短い言葉。
だが、その声にはかつて聞き慣れた響きがあった。

王城の図書室で。
訓練所で。
何でもない日常の中で。


「エルド王国第一王子が……何故、帝国に」


ノアが、帝国の第二皇子が、今日の会談を知らない……?
一瞬疑問が頭をもたげるが、それに即座に答える。


「使者だ。……正式な、使者として来た」


感情を挟むと、言葉が壊れる気がして簡潔に述べた。
ノアの眉が、ほんのわずかに動く。


「……そうか」


それだけ。
ノアは完全に、剣を納めた。


「ノア」


名前を呼ぶと、アイツは視線を上げた。
その瞳に、俺が映っている。

近い。
剣の切っ先がないだけで。
思っていたより、ずっと。

ふと、視線がノア、室内、そして再びノアへと移る。

はだけたシャツから覗く、数多の鬱血痕。
背後に見えるのは、寝台や床に残る、何かの名残を示すような乱れ。
ここは、第一皇子の、私室。

何かの名残、が分からないほど、子供でも、なかった。


「……ここで、何を、していたんだ」


愚かな問いだと、思った。
かつて見ていたより、気怠げな、表情。
わずかに掠れたような、声。
特有の、色のある、気配。


「……それは、お前に関係あるのか?」


拒絶の、言葉。
お前には関係ない、と。

それを聞いた瞬間、俺の頭の中で、限界点を、突破した。
もう、何がなんだか、分からないままに。
息を大きく吸った。


「――あるに決まってるだろこの馬鹿が!!」


その言葉が予想外だったのか、ノアは目を瞬かせる。


「おま、お前、これでも緊張して第一王子として帝国に来て、わけが分からんままに第一皇子の私室に案内されて、親友に再会して、そこで見たのが情事の痕!?」
「レ……」
「帝国の第二皇子として王国の第一王子に、ノア自身としても俺に、説明責任あるだろ!!」
「れ、レオン……」
「私室に案内されたのは帝国の常識なのかもしれない……とか思ってた俺が本当に馬鹿みたいだろ! 絶対こんな状態のお前と再会させるためじゃねぇか! 第一皇子、性格終わってんだろ!!」
「おい、声が大きいって……」


落ち着け、とノアは俺の背中をポンポンと叩く。
その叩き方が、優しくて。
なんでこんな状況で、そんな風にいられるんだ。


「……第一皇子は、まだ婚約者がいない。兄上の、帝国のお眼鏡に適う相手がいないからだ」
「……だからなんでそれでお前なんだよ……」
「跡継ぎ問題に発展しない男。身近にいたそれが俺だった、ってだけだ」
「そこで弟にいくの、おかしいだろ……」


第一皇子、クソかよ。
なんでノアに行くんだよ。
俺の親友なのに。

俺はそっと、手を延ばす。
何を思ったのか、ノアはそれを避けない。

首元に、触れる。
鬱血痕が色濃く残る、そこに。


「……っ」


声にならない声が、ノアから聞こえた。

触らせんなよ、敵国の王子に。
首なんて、急所を、こんな簡単に。

なんだよその反応。
触れられたから、そんな声を、出すのか。
それとも。
第一皇子との行為を、思い出すのか。


「……レオ、ン……」


咎めるような、声。
それでもそれに、強制力はない。

じんわりと滲む汗。
赤く見える黒髪が、しっとりと首筋に張り付いている。
赤褐色の瞳が、揺れる。

どうしてそんな声で、表情で。
俺の名を、呼ぶ。


「……あれから、怪我はしてないか、ノア」
「……して、ない。するわけがないだろう。帝国の、第二皇子なのだから」


ノア・ヴァルガ・セラフィル、なのだから。
その告げられた名前に、俺は手を離す。

そう、目の前のコイツは。
帝国の第二皇子、ノア・ヴァルガ・セラフィル。
そして俺は、王国の第一王子、レオン・エルド・ヴァレンティス。

帝国の中心で。
戦争の縁で。

俺達は再び、交差してしまったのだ。
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