【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた

西園 斎

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第三章 親友との企てられた再会

11.公式交渉

俺達の間に、沈黙が落ちる。


「……少々お待ちを、エルド王国第一王子殿下」


そう言ってノアは俺から離れ、服を着なおし始めた。
親友の着替えなんて今まで何回も見ているのに、今は気まずい。
俺は視線を逸らしながら、部屋を見渡す。


「……そう言えばこの部屋の会話、聞かれていたりするのか」


第一皇子の性格終わってる、とかボロクソに言ってしまった。
これだけで侮辱したとかで戦争が始まってもおかしくない。
しかしノアは少し黙って、首を振る。


「……いや、なにも」
「何もないってことあるか……? ここまで俺とお前との再会をお膳立てしておいて?」
「魔法でざっと探知してみたが、本当に何もない」
「俺がこの部屋で何もしないって舐めてかかってんのか」
「……お前が、というより……」


ノアはその続きを黙る。
そこに続く言葉はなんだ?
この場にいるのは、俺と、ノア。
俺じゃ、ないなら?


「……お目汚し、失礼しました。どうぞ、こちらへ」


そう言うノアは、先ほどの気怠げだった様子を一切見せず。
どこからどう見ても、王族だった。
席に促すノアに、俺は無言でそちらに寄る。

その瞬間。


「待たせたね、エルド王国第一王子、レオン・エルド・ヴァレンティス殿」


部屋の扉が開いたと同時に、声と共に入ってくる姿。
部屋の主。


「……ヴァルガ帝国第一皇子、アルトリウス・ヴァルガ・セラフィル殿」
「兄上」


アルトリウスはノアにも軽く手を挙げ、俺の名を呼ぶ。
いえ、と答えた俺は、そのままこの状況に言及しようか迷った。
その迷いが分かっているかのように、アルトリウスは言う。


「良い時間を過ごせたのなら、良いのだけど。きっと、積もる話もあっただろう?」
「……戯れが過ぎます、兄上」
「そうかな? それは悪いことをした。……うん、でもノア。良い表情だ」


かつての親友との再会をお膳立てした第一皇子。
弟の表情に、安心した、という意味かと思ったのに。


「――ちゃんと、帝国第二皇子の、顔だ」


ゾッと、背筋に冷たいものが走る。

コイツ…コイツ、俺じゃなくて、実の弟の方を試してやがったんだ。
長年王国に潜入していたノアが、王国へと忠誠を誓ってはいないか。
情に流されていないか。

何故こんなにも、ノアに対する支配が見え隠れする?
そしてそれは、ノア自身も分かっていることのようだった。

アルトリウスは、部屋の中央に立ったまま、改めてゆっくりと視線を巡らせた。
俺と、ノア。
そのどちらも、余すことなく視界に収めるように。


「さて」


軽く手を叩く音が、静まり返った私室にやけに大きく響いた。


「形式ばった挨拶は省こう。ここは私室だしね。――もっとも、ここから先は”公”の話になるが」


そう言って、アルトリウスは背後の扉に目配せをする。
合図を受けたかのように、外で控えていた官吏が一礼し、扉を閉めた。
魔力が空気を撫でる。

俺は即座に察する。

結界だ。
遮音、遮蔽、盗聴防止、極めて高度なもの。


「これで、ここで交わされる言葉は、帝国第一皇子と、エルド王国第一王子、そして」


一瞬だけ、アルトリウスの視線がノアに向く。


「帝国第二皇子のみのものだ」


ピクリとわずかに、ノアの指先が動く。


「では改めて。レオン・エルド・ヴァレンティス殿、遠路遥々、よく来てくれた」


形式通りの言葉。
だがその声には、相手を値踏みする余裕と確信が滲んでいる。


「こちらこそ、帝国第一皇子殿下、アルトリウス・ヴァルガ・セラフィル殿」


俺は一礼し、真っ直ぐに言葉を返した。
王国第一王子として、そして使者として。


「本日は、帝国より通達された要求文書について、正式な説明と交渉の機会をいただきたく存じます」
「うん、話が早いね」


アルトリウスは満足げに頷いた。


「では単刀直入に言おう。帝国の立場は変わらない」


そう前置きし、ゆっくりと歩を進める。
俺の正面、机を挟んだ位置で足を止めた。


「ルベド王統は、危険だ」


断言だった。
感情でも推測でもない。
かつてからの真理のように述べる、結論。


「血統魔法、特殊な承血儀という継承構造、個体依存。制御不能、再現不可能。――これほど国家安全保障に反する存在は、他にない」


アルトリウスは指を折りながら語る。


「問題は、彼らが実際に何をしたか、ではない。何が出来るか分からない、という点にある」


その言葉に、評議会で訊いた議論が、俺の脳裏を過ぎる。


「エルド王国は、彼らを中立共同体として庇護してきた。利用しなかった点については、一定のをしている」


一瞬、評価という言葉が強調された。


「けれど」


アルトリウスは微笑んだ。
しかしその瞳は、笑っていない。


「それはこれまでの話だ。今後も同じとは、帝国は保証出来ない」
「保証出来ない、とは?」
「エルド王国が今後も一切、ルベド王統を政治、軍事に利用しないなんて、誰が証明する?」


視線が鋭くなる。


「王が誓う? 評議会が決議する? それとも未来の王――君が?」


試すような物言い。


「だからこそ我々帝国は、要求している」


俺はその言葉を受けて動じずに、言葉を返す。


「中立共同体の解消。それは、ルベド王統を見捨てろ、という意味に他ならない」
「その通り」


アルトリウスは否定しない。


「切り捨てるか、我々と敵対するか。選択肢は二つだ」


一瞬、否、一瞬にも満たない間。
ノアの背筋が、微かに強張った。
しかしここには、それを見逃すような人間は、いなかった。


「ノア」


名を呼ばれ、ノアは即座に視線を上げる。


「君は、どう思う」


その刹那、ノアの赤褐色の瞳に炎のような紅が散った気がした。
しかし見間違いかと思う程にそれはすぐに霧散する。


――試されている。


助言を求める声ではない。
ノアを、試す問い。


「……帝国第二皇子として申し上げるなら」


慎重に、明確に、ノアは言葉を選んでいるように見える。


「ルベド王統は確かに、危険視される要素を持ちます。しかし、それは扱い方次第です」
「ほう?」
「力そのものではなく、疑念が戦争を生む。ならば、疑われない構造を維持する方が、合理的です」


俺は思わず、ノアを見る。
あのレポートと、同じ結論だった。


「合理的、か」


アルトリウスは愉快そうに笑った。


「良い言葉だ。実に、帝国的だ」


だがその瞬間、その声は冷えた。


「だがノア。それは理想論だ。帝国は理想では動かない。最悪を想定し、最短で排除する」


そしてその視線が、俺を捉える。


「だからこそ、私はこうして君を使者として迎えた。エルド王国のに選ばせるために」


沈黙が、落ちる。
俺は、息を深く吸った。

落ち着け、落ち着け。
ここまで聞いて、考えられることが、一つ。
帝国は、ルベド王統そのものを、欲しているわけではないということ。


「帝国が本当に望んでいるのは、ルベド王統そのものではない」


静かな声が、その続きを紡ぐ。


「管理出来ない力を、誰が握っているのか――それが、問題なのでは?」


その言葉に、アルトリウスの口角がわずかに上がる。


「続けて」
「エルド王国が彼らを手放せば、ルベド王統は行き場を失う。そんなルベド王統の手を取る国は数多あるでしょう」
「そうだね」
「しかしエルド王国より小国、弱国、内情が脆い国に拾われる可能性が高い。ならば」


俺は、一息ついた。
続く言葉は、帝国を疑う言葉。


「次に狙われるのは、その国家です。帝国はそれを分かっている」


エルド王国は列強国の一つ。
帝国でさえ、こうして大義名分を立てなければ侵略できない。
しかし王国より脆い国が相手ならば。
その脆い国がルベド王統と共同体となれば。
その国と王統まるごと、帝国に併呑されるだろう。

この要求の本質は。


「単なる要求ではない。これは我々王国がどこまで踏み込めるか、どこで折れるかを、試すためのものだ」


試金石。
エルド王国は倫理を優先する国か、現実を選ぶ国か。
俺は、未来の王は、どこまで耐え、どこで妥協し、何を守るのか。

アルトリウスは、心から楽しそうに微笑んだ。


「面白い。――やはり、君が来て正解だった」


その視線は、確実に俺を、対等な交渉相手として捉えていた。


「ならば、次の段階に進もうか」


そう告げて、アルトリウスは、椅子に腰を下ろした。


「帝国は、交渉の余地を残す。ただし、条件付きだ」


ようやく、対等な交渉相手として、交渉が出来る。
戦争か、猶予か。
王国の、帝国の、そして王統の運命を含んだ取引が、始まる。

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