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第二章 親友を追い求める覚悟
8.未来の王
扉の開く音に、評議会の空気が揺れた。
「何が……」
「あれは……」
「殿下……」
ざわめき。
途中退席した一王子が再び姿を現したのだから、無理もない。
俺は一歩進み、深く頭を下げた。
「先ほどは感情的になり、無責任にも席を外しました。お詫びします」
静まり返る室内。
「――再度、参席させていただきたい」
視線が集まる。
王、宰相、軍務卿、魔道院長、財務卿、諸侯代表。
誰も、すぐには口を開かなかった。
その時。
「失礼いたします」
扉が開き、王国の伝令官が一歩前に出る。
その手に握られている封蝋付きの書簡を見た瞬間、空気が張り詰めた。
赤と黒。ヴァルガ帝国の紋章。
「いかがした」
「ヴァルガ帝国より、正式な要求文書が届きました」
「……やはり来たか」
誰かが低く呟いた。
俺は顔を上げる。
父が、王が俺を静かに見ながら口を開いた。
「座れ、第一王子。ただし、再度感情的になった時には、今後の参席を一切禁ずる」
「分かりました。ありがとうございます」
そうはっきりと口にして、俺は再び席に座った。
「伝令官、読み上げよ」
宰相がそう告げると伝令官は一礼し、封を切る。
羊皮紙が広げられる音が、やけにおおきく響いた。
「『ヴァルガ帝国より、エルド王国に通達する。近年、ルベド王統に関する管理体制および、関係性について、我々帝国は重大な懸念を抱いている』」
やはり、ルベド王統についてであった、とこの場の誰もがそう思う。
「『ルベド王統が有する血統魔法は、国家安全の保障の観点から看過できない潜在的危険性を有する。よって帝国はエルド王国に対し、以下を要求する』」
一、ルベド王統との中立共同体関係を即時解消すること。
二、今後一切、ルベド王統に関する保護、庇護、関与を行わぬことを国際的に明文化し、帝国に提出すること。
そこまで読まれたところで、評議会は完全に騒然となった。
「中立共同体関係を捨てろ、だと?」
「それは実質的に、見捨てろ、という命令ではないか」
「帝国はどこまで我々を愚弄しているのだ」
つまり帝国の国際的な大義名分は、ルベドという潜在的危険性を持つ一族を管理できていない王国を非難する、というもの。
本当に管理できているのか、王国がルベドを利用しないという保証はあるのか。
それらの疑いを晴らすために、ルベドと縁を切り、今後一切関わるな、ということを要求している。
皆の様々な感情が混ざり合い、声となってこの場に溢れ出している。
俺はその中心で、黙っていた。
――この国は良い国だ。
王城の図書室で、ノアはそう言っていた。
エルド王国とルベド王統の中立共同体について話していた時に。
ルベド王統を尊重していると。
「……発言を許していただけますか」
静かな声が出た。
しかし不思議と、評議会のざわめきは止んだ。
全員の視線が俺に、第一王子へと向く。
「許す」
王が一言、頷いた。
「帝国の要求は明確です」
俺は一切の感情を乗せずに言った。
「我が国がルベド王統を切り捨てるか、あるいは敵対するか、その二択を突き付けている」
「その通りです、殿下」
「ですがこの要求文書には一つ、大きな特徴がある」
「と、言うと?」
俺は淡々と、続けた。
「帝国は未だ、正式な交渉の場を設けてはいません」
「……何?」
「つまりこれは、最終通告ではない。威圧と圧力を兼ねた、交渉前段階です」
ざわめきが、困惑へと変わる。
「だからこそ我が国は今、誰を帝国に送るかが重要になります」
俺は一拍置いて、はっきりと言った。
「――私が、行きます」
一瞬の、沈黙。
次の瞬間、反対の声が噴出した。
「何をおっしゃいます殿下!」
「第二皇子は闘技場で、貴方を殺そうとしたのですぞ!」
「そのような場所になど……!」
「あの第二皇子に会いたいという感情が先走っているのではないですか」
先ほど感情的に退席した俺を窘めようとする声もある、しかし。
きっと心配もしてくれているのだろう。
ずっと俺のことを見てくれた、皆だ。
でも。
「感情論では、ありません」
俺は眉一つ動かさず、一つ、と指を折る。
「第一に、私が第一王子であること自体が帝国にとっての抑止力になります。闘技場での状況と今は違う。帝国は私を軽々しく害することは出来ない。それは即ち、全面戦争を意味するからです」
第二に、と続ける。
「帝国は『対等な相手』との交渉を欲している。王国の重臣や外交官では不足でしょう。王位継承者である私が最も適切です。第三に、――」
一瞬、言葉を選ぶ間。
「――私は、帝国の内情に通じる人物と、既に接点を持っています」
その言葉に、何人かが息を呑んだ。
「その接点をこのまま戦争で断ち切るのは、あまりにも損失が大きい」
理路整然とした言葉。
逃げ道のない論理。
評議会は言葉を失う。
王は静かに、第一王子を見詰める。
「……覚悟はあるか」
王の声は、王としてのものだった。
俺は即座に答える。
「はい」
と。
ただそれだけ。
しかしその一言に、迷いはなかった。
長い沈黙。
評議会の一人が、ゆっくりと口を開いた。
「……感情ではなく、責任として言葉」
「反論の余地がない」
「これは、未来の王としての、覚悟」
「ならば――」
一人、また一人と頷きが連なり。
「賛成だ」
「私も、賛成です」
「異論のある者は述べよ」
その言葉に、何も言わない。
王が最後に、口を開く。
「第一王子レオン・エルド・ヴァレンティスを、ヴァルガ帝国への正式使者として派遣する」
木槌が、打たれた。
評議会が次の議題――護衛、日程、外交文書――へ移ろうとする中。
王が、再び口を開いた。
「……レオン」
その声は。
王の声では、なかった。
「生きて、戻れ」
一瞬、俺の肩が揺れる。
そして、深く一礼。
「はい」
これは第一王子としての返事であり。
同時に。
「……ありがとうございます、父上」
息子としての、声だった。
俺は顔を上げる。
帝国へ向かう道の先に、何が待っているのか分からない。
それでも、聞かなければならない。
親友だった男の、本当の言葉を。
――ノア。
帝国へと続く空。
それを見上げ、拳を握った。
「何が……」
「あれは……」
「殿下……」
ざわめき。
途中退席した一王子が再び姿を現したのだから、無理もない。
俺は一歩進み、深く頭を下げた。
「先ほどは感情的になり、無責任にも席を外しました。お詫びします」
静まり返る室内。
「――再度、参席させていただきたい」
視線が集まる。
王、宰相、軍務卿、魔道院長、財務卿、諸侯代表。
誰も、すぐには口を開かなかった。
その時。
「失礼いたします」
扉が開き、王国の伝令官が一歩前に出る。
その手に握られている封蝋付きの書簡を見た瞬間、空気が張り詰めた。
赤と黒。ヴァルガ帝国の紋章。
「いかがした」
「ヴァルガ帝国より、正式な要求文書が届きました」
「……やはり来たか」
誰かが低く呟いた。
俺は顔を上げる。
父が、王が俺を静かに見ながら口を開いた。
「座れ、第一王子。ただし、再度感情的になった時には、今後の参席を一切禁ずる」
「分かりました。ありがとうございます」
そうはっきりと口にして、俺は再び席に座った。
「伝令官、読み上げよ」
宰相がそう告げると伝令官は一礼し、封を切る。
羊皮紙が広げられる音が、やけにおおきく響いた。
「『ヴァルガ帝国より、エルド王国に通達する。近年、ルベド王統に関する管理体制および、関係性について、我々帝国は重大な懸念を抱いている』」
やはり、ルベド王統についてであった、とこの場の誰もがそう思う。
「『ルベド王統が有する血統魔法は、国家安全の保障の観点から看過できない潜在的危険性を有する。よって帝国はエルド王国に対し、以下を要求する』」
一、ルベド王統との中立共同体関係を即時解消すること。
二、今後一切、ルベド王統に関する保護、庇護、関与を行わぬことを国際的に明文化し、帝国に提出すること。
そこまで読まれたところで、評議会は完全に騒然となった。
「中立共同体関係を捨てろ、だと?」
「それは実質的に、見捨てろ、という命令ではないか」
「帝国はどこまで我々を愚弄しているのだ」
つまり帝国の国際的な大義名分は、ルベドという潜在的危険性を持つ一族を管理できていない王国を非難する、というもの。
本当に管理できているのか、王国がルベドを利用しないという保証はあるのか。
それらの疑いを晴らすために、ルベドと縁を切り、今後一切関わるな、ということを要求している。
皆の様々な感情が混ざり合い、声となってこの場に溢れ出している。
俺はその中心で、黙っていた。
――この国は良い国だ。
王城の図書室で、ノアはそう言っていた。
エルド王国とルベド王統の中立共同体について話していた時に。
ルベド王統を尊重していると。
「……発言を許していただけますか」
静かな声が出た。
しかし不思議と、評議会のざわめきは止んだ。
全員の視線が俺に、第一王子へと向く。
「許す」
王が一言、頷いた。
「帝国の要求は明確です」
俺は一切の感情を乗せずに言った。
「我が国がルベド王統を切り捨てるか、あるいは敵対するか、その二択を突き付けている」
「その通りです、殿下」
「ですがこの要求文書には一つ、大きな特徴がある」
「と、言うと?」
俺は淡々と、続けた。
「帝国は未だ、正式な交渉の場を設けてはいません」
「……何?」
「つまりこれは、最終通告ではない。威圧と圧力を兼ねた、交渉前段階です」
ざわめきが、困惑へと変わる。
「だからこそ我が国は今、誰を帝国に送るかが重要になります」
俺は一拍置いて、はっきりと言った。
「――私が、行きます」
一瞬の、沈黙。
次の瞬間、反対の声が噴出した。
「何をおっしゃいます殿下!」
「第二皇子は闘技場で、貴方を殺そうとしたのですぞ!」
「そのような場所になど……!」
「あの第二皇子に会いたいという感情が先走っているのではないですか」
先ほど感情的に退席した俺を窘めようとする声もある、しかし。
きっと心配もしてくれているのだろう。
ずっと俺のことを見てくれた、皆だ。
でも。
「感情論では、ありません」
俺は眉一つ動かさず、一つ、と指を折る。
「第一に、私が第一王子であること自体が帝国にとっての抑止力になります。闘技場での状況と今は違う。帝国は私を軽々しく害することは出来ない。それは即ち、全面戦争を意味するからです」
第二に、と続ける。
「帝国は『対等な相手』との交渉を欲している。王国の重臣や外交官では不足でしょう。王位継承者である私が最も適切です。第三に、――」
一瞬、言葉を選ぶ間。
「――私は、帝国の内情に通じる人物と、既に接点を持っています」
その言葉に、何人かが息を呑んだ。
「その接点をこのまま戦争で断ち切るのは、あまりにも損失が大きい」
理路整然とした言葉。
逃げ道のない論理。
評議会は言葉を失う。
王は静かに、第一王子を見詰める。
「……覚悟はあるか」
王の声は、王としてのものだった。
俺は即座に答える。
「はい」
と。
ただそれだけ。
しかしその一言に、迷いはなかった。
長い沈黙。
評議会の一人が、ゆっくりと口を開いた。
「……感情ではなく、責任として言葉」
「反論の余地がない」
「これは、未来の王としての、覚悟」
「ならば――」
一人、また一人と頷きが連なり。
「賛成だ」
「私も、賛成です」
「異論のある者は述べよ」
その言葉に、何も言わない。
王が最後に、口を開く。
「第一王子レオン・エルド・ヴァレンティスを、ヴァルガ帝国への正式使者として派遣する」
木槌が、打たれた。
評議会が次の議題――護衛、日程、外交文書――へ移ろうとする中。
王が、再び口を開いた。
「……レオン」
その声は。
王の声では、なかった。
「生きて、戻れ」
一瞬、俺の肩が揺れる。
そして、深く一礼。
「はい」
これは第一王子としての返事であり。
同時に。
「……ありがとうございます、父上」
息子としての、声だった。
俺は顔を上げる。
帝国へ向かう道の先に、何が待っているのか分からない。
それでも、聞かなければならない。
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