天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花

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第5話「おっとりは“弱さ”じゃない回」

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その日は、依頼のない午後だった。

ギルドはいつもより静かで、掲示板の前に人も少ない。
酒場の笑い声も昼間は控えめで、代わりに紙をめくる音が聞こえる。

リィナは、ギルドの隅のベンチに座っていた。

膝の上に小さなメモ帳。
“次の回復術の練習メニュー”を書き出している。

――けれど、文字が進まない。

ペン先が止まる。
止まったまま、胸の中の言葉だけがうるさい。

(私、遅い)
(私、おっとり)
(私、足手まといになったらどうしよう)

昨日の“恋してる説”が、まだ耳の奥で残っている。

「ふわふわしてるのに強い」
「固定回復役」
「カイが恋してる」

嬉しい、はずだった。

でも同時に、怖くもなった。

(目立つの、怖い)
(間違えたら、みんながっかりする)
(カイくんも、がっかりする)

リィナは鈴を握った。

リン、と小さく鳴る。

音は優しい。
でも今は、それが余計に心を揺らした。

その時。

「考えすぎてる顔」

背後から、のんびりした声が降ってきた。

振り返ると、カイが立っていた。

今日もふわふわ笑顔。
でも――手ぶらだった。

(今日、パン持ってない…)

それだけで「何かある」と察してしまう。

リィナは慌てて笑う。

「か、考えすぎてないよ」
「考えすぎてる」
「考えすぎてない」
「考えすぎてる」

またいつもの言い合いになって、リィナは少しだけ安心した。

安心して――
それから、ぽろっと言ってしまった。

「……私、怖い」

カイの笑顔が止まる。

ほんの少しだけ。
“ふわふわ”の膜が薄くなる。

「何が?」
「……全部」

リィナは小さく笑った。

「目立つのも、失敗するのも、遅いのも……」
「遅いのが怖い?」
「うん……」

リィナはメモ帳を見下ろした。

「みんな、速いでしょ。決断も、動きも、言葉も」
「うん」
「私だけ、遅い」
「うん」
「……遅いと、置いていかれる」

そこで声が震えた。

(泣かないで)
(泣かないで私)

でも目が熱くなってしまう。

リィナは急いで誤魔化すように言った。

「だからね、もっと頑張らないと――」
「頑張ってる」
カイが即答した。

リィナは顔を上げる。

「……頑張ってないよ」
「頑張ってる」
「だって、みんなみたいにできない」
「できてる」

カイはゆっくりベンチに腰掛け、リィナの隣に座った。

近い。
でも今日は、近いのが怖くない。

むしろ――この距離がないと、崩れそうだった。

カイはリィナの手元――鈴を握りしめた指を見て、静かに言った。

「リィナ、鈴が鳴ってる」
「……うん」
「緊張してるときの音だ」

リィナは小さく笑った。

「……カイくん、なんでも分かるね」
「分かるよ」
「……なんで?」
「見てるから」

さらっと言うのに、破壊力だけが大きい。

リィナの胸がきゅっとして、目がさらに熱くなる。

「……私、遅いの、だめだと思ってた」
「だめじゃない」
「でも、よく言われたよ」
「誰に?」
「昔から、いろんな人に」
リィナは苦笑した。「“早く”って」

カイは黙って、少しだけ眉を寄せた。
ふわふわの仮面が、さらに薄くなる。

「……それでリィナは、早くなった?」
「……なろうとした」
「なれた?」
「……なれない」

声が小さくなる。

「頑張れば頑張るほど、変になっちゃう。焦って転ぶし、言葉も詰まる」
「うん」
「だから、“おっとりのまま役に立つ方法”を探してるの」

リィナはメモ帳を指で叩いた。

「回復をもっと正確にするとか」
「うん」
「判断をもっと速くするとか」
「うん」
「みんなの動き、もっと読めるようにするとか」
「うん」

カイは全部、否定しない。
だから余計に、怖くなる。

「……でもさ」
リィナはうつむいて言った。

「私が遅いせいで、誰かが傷ついたらどうしようって」
「……うん」
「考えちゃう」
「……うん」
「怖い」

言い切った瞬間、涙が一粒落ちた。

(あ……)

落ちてから気づく。
もう止まらないやつだ、これ。

リィナは慌てて袖で拭こうとした――その手首を、カイがそっと掴んだ。

強くない。
痛くない。

でも、止められた。

「拭かなくていい」
「えっ」
「今、泣いていい」

リィナの喉が詰まる。

「……泣いたら、迷惑じゃ」
「迷惑じゃない」
カイが即答する。

「迷惑って言葉、君は使いすぎ」
「……だって」
「だって、じゃない」

カイの声が少しだけ低くなった。
“穏やかなのに圧”が、ほんの一瞬だけ出る。

でもその圧は、怖くなかった。
むしろ――守られている感じがした。

「リィナ」
カイは、呼び方を変えないまま、言葉だけを変えた。

「君が遅いから守れない、って思うなら」
「……うん」
「俺が速くなる」

リィナが目を見開く。

「え?」
「俺が全部速くして、君が遅いまま間に合うようにする」
「え、え、え……」
「それがチームだろ」

リィナは固まった。

(そんなの……ずるい)

“私が変わらなきゃ”って、ずっと思っていた。
でも今、目の前の人は――

“君はそのままでいい”と言っている。

しかも、当然みたいに。

リィナは震える声で言った。

「……カイくん、やさしすぎる」
「やさしいんじゃない」
「えっ」
「当然」

当然、って言った。

また。

その言い方が、胸に刺さる。
救いとして刺さる。

リィナは泣きながら笑ってしまった。

「……そんなの、反則」
「反則じゃない」
「反則だよ」
「反則なら、もっとする」

さらっと言うから、泣きながら笑うしかない。

リィナが笑った瞬間、カイは少しだけ目を伏せて、息を吐いた。

(……この顔)

(これ、やっぱり)

(俺、好きだな)

――そんなふうに見えたのに、リィナは“疲れてるせい”だと思った。

鈍感は、今日も元気だ。



しばらく、二人は黙って座っていた。

泣き止んだ後の静けさは、少しだけ冷たい。
でも隣にカイがいるから、冷たさが怖くない。

リィナはぽつりと言った。

「……私ね、昔から」
「うん」
「“優しいね”って言われると、怖かった」
「怖い?」
「うん。だって、“優しい”って言われると――」

リィナは言葉を探してから、素直に言った。

「役に立たないと、いらないってことになる気がして」

カイの空気が、すっと変わった。
ふわふわが消える。

鋭い目。
でも怒ってるんじゃなくて、真剣な目。

「……それ、誰に教わった?」
「分かんない」
リィナは小さく笑う。「たぶん、自分でそう思った」

カイは少しだけ黙ってから、低い声で言った。

「それ、違う」
「……えっ」
「リィナは、いる」

短い。
なのに重い。

リィナの胸の奥が、どん、と鳴った。

「役に立つからじゃなくて?」
「役に立つからもある」
「あるんだ」
「ある。でもそれが全部じゃない」

カイはリィナの鈴を見た。

「君がいると、音が変わる」
「音?」
「怖い時の音と、嬉しい時の音」
「……そんなの分かるの?」
「分かる」

また、“見てるから”の人だ。

リィナは笑った。

「カイくん、怖い」
「今のは褒め言葉?」
「……たぶん」
「じゃあ嬉しい」

カイが笑った瞬間、リィナの胸がふわっと軽くなる。

そして、思ってしまった。

(この人の前なら)
(遅い私のままでも、息ができる)



その時、ギルドの奥から声がした。

「おい、カイー!」
ガラムだった。

「訓練場、空いてるぞ!来い!」
「行く」
カイが立ち上がる。

ミラも顔を出した。

「リィナも来る?軽く調整しよ」
「えっ、私も?」
「うん。回復の距離感、試したい」
「……うん」

リィナは立ち上がり、目元を拭いた。

もう泣いていない。
でも心が、さっきより少しだけ柔らかい。

訓練場に向かう途中、カイがリィナの隣を歩いた。
いつもの速度。
置いていかない速度。

リィナが小さく言う。

「……カイくん」
「うん」
「ありがとう」
「うん」

返事が短い。
それだけでいいと思える。

でもリィナは、もう一つだけ言った。

「……私ね、遅いままでも、頑張っていい?」
カイは少しだけ目を細めた。

「うん」
「迷惑じゃない?」
「迷惑じゃない」
「……置いていかない?」
「置いていかない」

カイはそこで、ほんの少しだけ声を落として言った。

「むしろ、置いていかれたくない」

リィナが立ち止まる。

「……え?」
カイはふわっと笑って、いつもの調子に戻った。

「冗談」
「えっ?」
「冗談、たぶん」

たぶん。

その曖昧さが、逆に本音くさい。

リィナの胸がまた忙しくなる。

(“たぶん”って何!?)
(冗談なの!?本音なの!?)

混乱している間に、訓練場へ着いてしまった。



訓練場では、ガラムが木剣を振っていた。
ミラは矢の代わりに短い棒を投げ、的を狙っている。

「お、来たな」
ガラムが言う。「リィナ、回復の練習するぞ」
「は、はい!」

リィナが鈴を構えると、ガラムがわざと転びかけた。

「うおっと」
「えっ!?」
リィナが焦って鈴を鳴らす。

リン!

回復の光が飛んで――

ガラムは起き上がって、にやりと笑った。

「今の反応、いい」
「え……騙した!?」
「訓練だ」
ミラが笑う。「リィナ、素直で可愛いね」

リィナが頬を赤くしていると、カイが淡々と言った。

「ミラ、可愛いって言うのは僕の役目」
ミラ「なにそれ」
ガラム「そういうとこだぞ」

訓練場に笑いが落ちる。

リィナは口を押さえて、笑ってしまった。

(……ああ)

(私、今)

(怖くない)

ちゃんと、楽しい。

鈴が小さく鳴る。

リン。

その音は緊張じゃなくて――
“安心”の音だった。



訓練が終わった帰り道。
夕陽がギルドの壁をオレンジに染めている。

リィナは歩きながら言った。

「……私、おっとりなの、嫌いだった」
「うん」
「でも今日、ちょっとだけ……好きでもいいかもって思えた」

カイは歩みを止めずに言った。

「うん。いいよ」
「……えへへ」

笑ったら、鈴が鳴った。

リン。

カイが小さく言った。

「その音、やっぱり好き」
「……もう」
リィナは照れて、でも嬉しくて、少しだけ顔を伏せた。

カイはその横顔を見て、心の中で静かに自爆する。

(……天然の仮面、どんどん薄くなる)
(でも、戻したくない)
(このままでも、いいって思ってる)

――そんな気配だけが、夕陽の中に残った。



=======
次回、

第6話「偽物天然、うっかり嫉妬する」

リィナが別の冒険者に助けられて、カイが“冷静な軍師”を忘れてムカつきます。
嫉妬×独占×自爆でコメディ甘々回♡
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