全てを疑う婚約者は運命の番も疑う

夏見颯一

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【彼の両親の運命】

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お待たせしました。
これだけ他の話とテイストが違います。いつものコメディ路線ではないのでご注意下さい。
――――――――――――――――――――――


 誰も彼も疑ってばかりの婚約者には、大変仲の良いご両親がおられます。
 内でも外でも仲睦まじく、正直羨ましい限りです。
 前回の私と婚約者とのお茶会の日も、何処かの絵画の展示会に招待されているとかで仲良く揃ってお出かけになっていたそうです。
 こういう政略結婚は良いですよね。

「ただ仲が良いなんてあり得ないな。何かの陰謀が絡んでいるに違いない」

 私の婚約者は親でも疑うのですね。と言うか、陰謀って何ですの?
 見たままが真実でも宜しいでしょうに。
 こういう面倒さは婚約者のご両親には欠片も御座いませんので、何処から降って湧いた性質なのでしょうか。

「ふふふ。何でも疑うのね」
「石橋を叩き壊した上で材質の成分鑑定までしそうだよね」

 お二方とも鷹揚に仰いますが、最後の成分鑑定を疑うところまでがセットでしてよ?
 私も婚約者以上に幼馴染みを長らくやっておりますが、未だ婚約者の発想は理解出来る部分が少ないのです。

「なら運命か? そんな都合が良いなんておかしいだろう」

 ちょっと婚約者が五月蠅いですね。
 家族だからより絡んでいるのでしょうか。
 これが全くの他人の前なら殴って止める事も考えますが、残念な事に婚約者のご両親の前です。婚前の娘としてははしたない姿を見られたくはないのですよ。
 殴る許可を得ているとは言え、そこは譲れません。

「あらあら、私達は運命ではないわよ。ねぇ、貴方」
「……そうだね」

 笑顔の夫人に対して、公爵の顔は少し悲しげに曇りました。
 私は何かあったと察して別な話題に繋げようとしましたが、その前に。

「やはり結婚には陰謀があったか……」

 どうしてもそこに繋げたいのでしょうね。
 そんなに陰謀なんて転がっていません。

「うふふふ……貴族の政略結婚に陰謀なんて付きものでしょう? 全く、そんな大きくなっても夢を見ているのね」

 爽やかな笑顔の夫人が「ごめんなさいね。息子が夢見がちで」と仰いました。
 陰謀、簡単に転がっているようでした。
 そうです。よくお二人の話を聞いていると、婚約者が主張する陰謀を明確には否定してはいません。
 私と婚約者は幼馴染みという理由で婚約したので陰謀、ないですよ、ね?

「私達の婚約は陰謀がないのでは? もしや……陰謀がないように見せかけての陰謀が」
「うふふふ……」
「ははは……」

 お二人の笑い声が空虚に聞こえます。
 何? 何があるの?
 私の親は私に何も言ってませんよ?
 両親は確かに陰謀を企むような顔をしておりますが善良……ではないですが、陰謀には関わり……そうな気もします。

「え? 本当に?」
「ないわよー。だって貴女達小さいときから一緒で性格が分かっているから」

 私は夫人の言葉でほっとしました。
 そうです。私は婚約者に付き合える令嬢が他にいなかったから婚約したのです。
 冗談がきついとため息をついていると、

「私と彼女が小さいときに出会ったのは、まさか……」
「ふふふ……さあ、どうだろうね」

 公爵は息子を揶揄っているのか、本気なのか。
 思わせぶりな態度を取って答えない公爵の姿を見て、ああやって育ったからあんなにも疑う性格になったのね、と私は思いました。
 やはり何でも育ちは大事ですね。
 陰謀を年がら年中企んでいそうな顔をしているだけで、私の両親はそれ程……それ程……。
 いいえ、両親を疑ってはきりがありません。私も大概そのように育ったかも知れません。分かりません。

「うふふ。でも、私の運命が別にいたのは本当よ」

 運命に出会えるのは相当珍しい事です。
 それでも一緒になれなかったのは陰謀が……いえ、家の都合やしがらみですね。
 ちょっと何でも陰謀に見えてます。
 本来は貴族に生まれた者は家を重視する義務がありますので、互いに運命とは言え無理矢理引き裂かれた話も時折耳にします。

「別れられたのですか……」
「別れたと言えば別れたわね。私は運命とは、死に別れたの」

 運命の番には様々なケースがあります。
 互いに運命として生まれても、上手くいって結ばれる人生とは限らないのが憎らしい仕組みです。

「古い話だし、ちょっと昔話をしましょうか」

 公爵が息子を婚約に陰謀があったかないかで遊んでいる間に、夫人は昔話を始めました。


 ――数十年年前――

 婚約も決まった私は、その日も貴族の義務としてとある治療院に奉仕に出かけていた。
 義務には孤児院訪問とかチャリティーバザーもあったけど、要領の良い母や妹と被るのが嫌で私は治療院を選んでいた。
 周囲からは大変なものを選ばなくてもと感心されるのが申し訳なかった。
 何せたまに来る程度の貴族の子女に任せられる治療院の作業なんて本当に軽いものだけ。難しい事も大変な事も専門職以外は手を出せないので、私的には結構楽な奉仕だったと思う。
 ただ、毎回普段以上に衛生に気を遣わなくてはいけないので、不器用な私は作業中はいつでも緊張していた。

「それはあちらの治療室に運んで下さる?」

 看護師の方に言われ、私は荷物が乗ったカートを押して指示された部屋に向かう途中だった。
 ある病室の前を通りかかると、女性の泣き声が聞こえた。

「ああ……目を覚まして!」

 必死にベッドに横たわる人物に縋り付く女性。
 ベッドの人物の手を握り俯いている男性。

 私はつい覗き込んでしまった。
 しばらくして、

「……力が足りず、申し訳ありません」

 看護師と医師が立ち去った。
 崩れ落ちる女性と、横たわる人物を抱き締める男性。

 ああ。
 ああ、何て事だろう。

 私はその場に立ち尽くしていた。
 不審に思った看護師に声を掛けられても涙を流しながら呆然と、横たわって動かなくなった人物を見詰めていた。

 私の目の前で、私の運命は死んだ。

 運命同士が出会う奇跡が訪れながら、運命の身には何の奇跡も起きる事なく亡くなった。
 あまりに理不尽な運命だった。
 何の幸せもなくただ直後に失われるだけの残酷な運命なんか、出会う意味なんてなかった。

 その後、しばらく私は食べ物も喉を通らず窓の外ばかり見詰めていた。
 何をする訳でもなくずっと放心状態で、家族を相当心配させてしまったが、私の口は動かなかった。

 訪ねて来た治療院の人が、
「番を亡くされた方の症状ですね」
 と仰って、家族は私の身に何が起きたのか知った。

 あまりに悪いタイミングで私は運命がいる病室の前を通った。
 きっと出会わない方が確立が高かった。
 不条理なまでの偶然は私から生きる気力を奪うだけ奪って、運命を失った孤独に置き去りにした。

 結局私は運命と言っても言葉を交わした事もなければ、顔だって見る事もなかった。

 見知らぬ運命へ感じる異常な喪失感に対して次第に不快感を持ちながらも、どうする事も出来ないまま私は無為な時間を過ごしていた。

 運命を失ってから時間の感覚がなく、直ぐだったのか、かなり後なのか分からないけれど、婚約者が私を訪ねてきた。
 てっきり私が心身のバランスを崩した事で婚約は破棄されていると思っていたから驚いた。
 だって、抜け殻なんて貴族に嫁ぐのには不適格でしょう?
 もしかすると最後の挨拶かも知れないと私は婚約者に会う事にした。

「……もう少し何か食べた方が宜しいですよ」

 労る言葉に私は愛想の笑顔も浮かべられなかった。
 優しい目をした婚約者を、会った事もない運命と比較してしまう。

 見知らぬ運命は私の理想の姿で私の脳裏に現れ、私を愛していると囁くのだ。
 会う前に勝手に死んだ癖に。

「……私は貴方を愛せません。私は貴方を認められません。私は貴方を否定するだけなの」

 言う度に私の目から涙が出て来た。
 私だって婚約者を無闇に傷付けたくないけれど、脳裏で愛しい運命が婚約者と向き合う私を悲しそうに見ているのだ。
 拒絶する以外、他にどうする事も出来ない。

「それは君の自由だ。君は運命を認めたのなら仕方ない」
「いいえ! 顔も知らない運命なんか認められる訳がないわ!」

 本能が愛しいと思う反面、理性は見知らぬ運命を嫌っていた。
 運命を失ってから私の心に平穏はなく、私はいつも矛盾だらけ。

「認められないなら大丈夫だ。私と結婚しよう」

 私の矛盾を目の当たりにしても婚約者は真っ直ぐに私の目を見ていった。
 信じられなかった。
 政略的な婚約をしているとは言え、結婚後に貴族夫人としての生活が出来るような状態でもない私に結婚を言い出すなんて、理解出来なかった。

「……まさか、こんな女を?」
「認められない思いがあるのなら、君は思うほど運命に縛られていないよ。君は将来運命の呪縛から逃げ出せる」

 私はこのまま死ぬまで運命の幻影に弄ばれると思っていた。
 婚約者が断言すると、私の中の理想と見知らぬ運命は分離した。

「将来なのね……」
「早いかも知れないし遅いかも知れない。そこは私や周囲も影響するから分からないからね」

 私は久し振りに笑った。
 けれど、直ぐに透明な姿をした運命が私を引き留めた。
 運命が死んだのに、お前は生きているのかと。

 私は笑顔を引っ込めるしかなかった。

「……運命の喪失に途中で耐えきれなくなるかも知れない」

 運命に振り回されている私は婚約者を振り回したくはなかった。
 だって、婚約者にはきっと私の他に運命がいる。
 愛しい運命と結ばれた方がいいでしょう?

 婚約者は運命の呼び声に怯える私の手を取った。

「私が君を支えるから」
「私は貴方を愛せないの」
「伴侶に向ける愛が愛の全てではないんだよ。私は君を家族として愛す。君も私を家族として愛せば良い」

「貴方はそれで良いの?」
「私達の始まりは愛からではなかったよね。これから積み重ねていくなら同じ事だ」

 私は婚約者の手を握り返した。
 番わなかった運命の手は握れない。

 それでも、まだ愛を訴える運命の声が何処からか聞こえる。

「私は、運命に呼ばれるまま命を絶つかも知れない」

「もし、君が命を絶つと言うのなら、私も一緒に逝こう。運命でない私は君の運命の代わりにはなれない。私には愛する君にこれくらいしか出来る事はない」





 ちょっと待って下さい。
 あの、顔だけ完全紳士の公爵様が仰ったのですか!?

「…………正直、その愛の言葉は反則です」
「うふふふ」

 ずるいです!
 何で夫人は公爵のその部分を息子に引き継がなかったんですか!
 私も悶えるような愛の囁きを言われてみたいです!

 婚約者とは腐れ縁でしかない私には公爵家夫妻の昔話は刺激が強すぎました。
 疑うばかりの性格は本当に何処から来たんですか!
 公爵の弄りの所為ですか!?

「母上の運命が死んだのは陰謀ですよね?」
「私も当時は無力な公爵子息だったよ」

 婚約者は父親とまだ戯れておりました。
 誰が誰の運命なんて分かる筈もないのに、疑う事がまずおかしいと分からないなんて。
 本当に婚約者はポンコツです。

「私も……素敵な言葉を言われてみたいです」
「息子でいいのね?」

 他に選択肢があるように仰いますね。
 公爵もそうですが、私だって婚約者を捨てられませんよ。

「私はずっと一緒です。これまでもこれからも、死ぬまで一緒ですよ」

 その情が愛ではなくても、いつか愛に変わるでしょう。
 私と婚約者はそう言う愛を選びました。




 私が帰った後。



 妹と買い物に出かけた母を見送り、

「父上は運命に会わなかったのですね」
「いや、見付けたよ」

 さらりと答える父に信じられない目を向けたとしても仕方ないだろう。
 母は見知らぬ運命に怯え続ける人生を歩んでいるのに、父は何の苦悩もないように映っていた。
 本当に会ったのだろうか?

「疑いの目を向けるなぁ。本当に見付けたんだよ。見付けただけで何もなかったけどね」
「ある種母上と同じと言う事ですか?」
「一度見かけただけって言うなら同じだね。ただ彼女はうっかり立ち止まってしまったけど、私は全力でその場から逃げた」

 取り敢えず、まず貴族は普通走らない。
 公爵たる者など悠然と構えているのが普通だ。
 運命から走って逃げ切ったなんて、流石に息子を揶揄う嘘話だろうと私は父を睨み付けた。

「冗談はお止め下さい」
「だから真実だって。お前はまだ運命と出会っていないから分からないだろうが、運命と出会って真っ先に生まれる感情が愛とは限らない」

 愛が生まれない?
 自分も運命と名乗る相手には真っ先に懐疑心が芽生えた。
 まさか?

「運命なんて嫌悪感しかなかったね。都合も何も関係なく勝手に決められた運命に愛を感じる程、私の頭はめでたくはなかった」

 何となく、父と自分は血縁だと思った。
 運命だとよく分からない愛に身を焦がす程、世間一般の感覚を持ち合わせてはいなかった。

「父上……」
「よく覚えておくと良い。運命から逃げるのは脚力だ。薬や何かに頼るなんて無理がある。運命からはダッシュで逃げるに限る」

 最後の言葉の意味は分かるような分からないような。

「参考にさせて頂きます」

 今後本物の運命が私の前に現れたのなら、私は物理的にも精神的にも全力で逃げなければいけない。
 私の唯一は、私を理解してくれる婚約者だけでいい。
 明日から走り込みも日課に入れよう。



 公爵は運命を完全に遠ざけた事を知らないまま、公爵家の平和は保たれている。
 公爵は二度と運命と会う事はない。
 夫人の性格と公爵の性格は違っている。

 公爵は運命が死んだ方が幸せだっただけ。




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