全てを疑う婚約者は運命の番も疑う

夏見颯一

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【彼の妹の運命】

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 私には兄がおりますが、婚約者には妹がおります。
 妹君は外見こそ婚約者とはよく似ておられますが、性格など一致する部分なんてあるのでしょうか。
 割と婚約者の面倒な性格もあって、この国の貴族間では有名な話です。

「あいつは本当に妹なんだろうか?」
「そっくりな顔で疑われても周囲は苦笑いするだけですわよ」

 男女の差がありますから、性格が似てないなんてよくある事です。

 未来の義理の兄弟姉妹となる事から、お茶会に同席する事は時々あります。
 今回は私と婚約者が、婚約者の妹とその婚約者とのお茶会に同席する事になっています。親戚となる者同士の交流ですね。
  勿論事前に互いに連絡はありますよ。
 知人のお知り合いの貴族令嬢は勝手に婚約者の妹に同席されて、最後は相応しくないからとお茶をかけられたらしいです。大変に意味不明ですね。
 その後、貴族同士の政略婚を台無しにしたので兄妹ともども放逐されたらしいと……。

「運命なのよ!」

 本日はいつもの婚約者の家の庭ではなく、気分を変えて街のティールームでお茶会の予定でしたが、やはり街では闖入者があり得ますね。
 しかもまたもや運命。

「あんなに主張するとは疑わしいな」

 婚約者ではなくても第三者であれば誰でも最初に本物かとは疑いますね。
 運命なんてそんなにポンポン存在しない、伝説の存在なんですよ?

「どうして私が分からないの? 私の運命でしょう!」
「だって違うし」

 運命の番を騙る者もかなり珍しい筈なのですが、私は最近聞き飽きた気がしています。
 先日の婚約者の親友とは違って、最初から全否定しているならば運命とは当然違いますわね。
 ずかずかと席に近付いた婚約者は妹君に、

「お前の婚約者は何であんなのを連れてきたんだ。常識を疑うぞ」
「あれは私の友人だと偽って入り込んだのよ。学園で同級生だっただけで親しい友人になれるのなら、身分制度は既に破壊されているわね」
 
 妹君の友人を語った挙げ句、妹君の婚約者と運命と主張しているのですか。
 なかなか気合いの入った方ですこと。

「……見世物じゃないのでご遠慮頂けるかしら?」

 私と婚約者が呆れて見ていた事にあからさまに不機嫌になりましたね。
 雰囲気的に何処かの貴族令嬢のようですが、王都に住む普通の貴族ならこの程度の視線なんて普通は痛くもかゆくもない筈でしょうに、どんな地方からいらしたのかしら?

「最近話題の兄の婚約を台無しにして兄妹揃って追い出された方ですよ」

 妹君にとって面倒な相手らしく、小声で私達に仰いました。
 あらあら、今貴族界隈を賑わすホットな兄妹の片割れですの。
 追い出されたのなら貴族でもなく、私達にも話しかけられないなんて当然のお話、そんなに難しい事だったかしら?

「そうやって、あんたは直ぐに男爵家を馬鹿にする! ねぇ、私の運命なら侯爵家の権力を使ってあの女を処刑して!」
「彼女は公爵令嬢だって。それに処刑を決められるのは王家だけだって」

 まさか公爵と侯爵、どちらの地位が上か御存知ないのでしょうか?
 馬鹿にすると言うか、馬鹿にされる事をやっているからにしか思えません。
 育ちは分かりませんけど、物凄く教育の失敗を感じます。

「ところで、貴女は騎士爵令嬢では?」
「は? 騎士爵だったら貴族の身分を継げないのだから、うちは男爵なの!」

 妹君の突っ込みに私の想像を超えた返答が返ってきましたよ。
 口にした実家の爵位は彼女の願望なんですね。
 ええ、確かに騎士爵は継げませんけど、男爵位も現実にお持ちでないのなら継げませんよね……。
 そもそも廃嫡された時点で平民になっているので、どの角度から見ても物凄くおかしい話になってます。

「廃嫡されてるんだから貴族令嬢でもないし」
「貴族令嬢ではなくなるから、運命と結婚したいのよ!」
「だーかーらー、私は運命じゃないって」

 何となく分かってきました。
 貴族生活が出来なくなるから結婚を狙った彼女は、多分同級生の爵位が高そうだと思った婚約者に声をかけているわけですね。
 確か妹君の同級生には公爵子息と婚約されている方や、何番目かの王子が婚約者という令嬢もいたと思いますが……。

「だって、私の王子様だもの! 運命に決まっているわ!」

 さて、どう取るべきでしょうか?
 普通なら恋愛に夢見る恋人を指す言葉に聞こえますが、彼女は身分制度を理解していません。

「これが王子様に見えるとは、脳みそが腐っている疑いがあるな」
「そこまで仰いますのね……」

 横の婚約者は疑う事にはブレませんね。
 同意はしませんが、否定はしません。

「私がこれだけ愛しているんだもの。運命よ!」
「全然私は愛してないから運命じゃないしぃ」
「私が愛しているって言ってるでしょう!」
「こっちは愛してないって言ってるしー」

 自己主張の押し合いですね。
 面倒に付き合いきれないと妹君は離れた席でお茶とケーキを楽しんでますよ。
 私もそちらに移動したいですが、何をするか分からない婚約者を置いては行けません。

「どうしてよ? 私の運命でしょう……」

 貴女の運命は兄の足を引っ張って平民になった事でしょう。
 それにしても、婚約を潰した彼女が廃嫡されたのは分かりますけど兄も平民になったなんて、彼女の兄は何をやらかしたのでしょう?

「運命じゃないから。君の兄のように本物を探した方がいい」
「だから、貴方が本物なのよ!」
「本物であって欲しいのは君の願望」

 ……まさか兄の方は運命を捕まえていたというの!?
 噂話は所詮噂話ですから、何処かが欠けていたりする事はよくあります。
 そもそも妹に婚約を駄目にされた話が、兄は運命を見付けて元々の婚約者と家を放り出したのなら別の話になるではないでしょうか。

「いやよ! 私は兄のように平民の運命のために全てを失いたくない!」
「あの人は満足してるって聞くけど」
「何が満足よ! あんな人生まっぴらよ!」

 未来の義弟はよく知ってますね。
 もしかして兄の方と知り合いなのでしょうか?

「ねえ……私を助けてよ……」
「まっぴら御免だ」

 涙目の女性の懇願にも一片の慈悲もかけない。
 貴族の鑑とは言え、即座に一刀両断は傍で見る私の目にも凄く冷酷に映ってしまいますわね。
 もし慈悲をかけたらぶん殴る準備はしておりましたけど。

「知り合いでもない男にあれだけの事を言うとは。さては、会う男全てに言っているのではないか?」

 助ける価値なんか塵一つ残らなくなりますね。
 そう言えば彼女、廃嫡されているのに貴族令嬢然としたドレスや装飾品、化粧といい、どこかで面倒を見てくれる人がいるでしょうね。
 これで友人(?)の婚約者を奪おうと言うのですか。
 なかなかの尻軽感が出て来ましたよ。

「ねぇ……ところでこちらの方々は?」

 あんまり答えたくないのですけどね。
 先程貴女私達に喧嘩を売りかけたでしょう。
 嫌がっても世の中には避けて通れない流れがあるのですよね。

「私の婚約者の兄と、その婚約者」
「お兄様、私の運命ですよね? 私と結婚して頂けますよね?」

 妹君の婚約者に大声で迫る態度から一変して、ウルウルした目で縋るように私の婚約者を見上げてきますね。
 見切りを付けた素早い相手変更です。
 でも私達は先程までの様子をずっと見ていたのですよ?
 後、彼女は関係性が分かってますかね?

「あら、兄の番になろうというなら、私がいびって差し上げるわよ。貴女が兄の婚約者にした事と同じですから、貴女は怒りませんよね?」

 離れている割に妹君にはしっかり聞こえていたようですね。

「私は運命だっつってんだろ!」
「先程は私の婚約者にそう言っておられましたね」
「ちょっとした間違いを何度も上から目線で指摘しやがって、どんだけねじ曲がった神経だ!」
「何度も運命を間違えるなんてあり得ません」

 詰まらなさそうに妹君の視線が横に逸らされると、公爵家の護衛が女性を拘束しましたよ。
 あっと言う間に口も塞がれて、何処かに連れて行かれました。

「街でのお茶会はもう懲り懲りですね」

 私もそう思いました。

「懲りたなんて嘘だな。お前は楽しんでいた筈だ」
「あら嫌ですわ。お兄様が断定なんて。そこは社交辞令でも怖かったのでは、と疑うところでしょう?」
「まあま、折角のティールームだし、不審者はいなくなったんだから少しは楽しもうよ」

 お話はそこまでで私達はお茶と甘いものを楽しんだ。
 では終わりませんでした。

 しばらくして公爵家の護衛が1人の腹の出た中年男性を連れて来ました。
 見覚えのある人物で驚きました。

「私の運命がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 大陸中に支店を持つ有名な商会を経営する富豪のヒューレン氏ですか。
 年齢は彼女とは親子ほど違いますわね。
 運命と言うのは不思議ですね。身分だけでなく年齢も関係ない。貴族をしていると困る部分もありますが、ちょっとだけ私も憧れてます。

「運命と判明しているのか?」
「らしいですね。私は人間なので分かりませんが、最近は運命に反応した者の魔力などで正誤を判定する機械がありまして、私達は運命の番だと判明しました」

 こう言っては何ですが、運命と言っても、そこは彼女にも複雑な感情があるのでしょうね。
 正式な謝罪は後日それぞれの家にと仰ってヒューレン氏は帰っていきました。

「平民とは言え運命がヒューレン氏なら、彼女は下手な貴族令嬢より優雅な暮らしが出来るでしょう? そこまで忌避しなくてもいいんじゃないかしら?」
「良くはないでしょうね。ヒューレン氏は人間ですもの」

 妹君は若干遠い目をしておられました。

「今は物珍しさで彼女も可愛がって貰っているのでしょうけど、人間には番の感覚はないのですから運命に捨てられないためにも、彼女は必死に愛される努力をしなくてはならないでしょうね」

 果たして彼女に出来る事でしょうか?
 ……愛すより愛されたい彼女には難しいかも知れませんね。
 それでも懸命に愛さないと捨てられたときが……彼女の本当の地獄という事ですか。

「愛される努力をしていないのはお前もだな。さては仮面婚約だな?」

 何でこう婚約者は食ってかかるのでしょうね?
 同じ家族でも予定が合わなくてなかなか会えないから妹君に構って欲しいのでしょうか?

「私達は愛し合っているわよ?」
「義兄さんとは言え、仮面とは失礼ですよ」

 全くです。
 はっきり言って私達の方が余程仮面婚約です。
 関係性に惰性があるだけで、何処にも私は愛など感じられませんよ。

「しかし、お前は婚約者が大変な女に絡まれているのに1人で離れてお茶をしていただろう。あれが愛のある態度か?」

「愛しているって信じているもの」

 2人の笑顔は眩しくて。
 私は羨ましい気持ちになりました。


 邪魔が多く入ったお茶会は早々に解散して、私と婚約者だけどなったとき、

「あいつら……運命か?」

 婚約者の目は妹君達を見ていました。
 確かに仲が良くって信頼関係も強いですね。

「どうでしょうね?」

 運命であっても、そうじゃなくても、どちらでもいい事だ。
 婚約者と愛し合えるなら、それは幸せなのだろう。








 迷惑をかけたと詫びの品として、ヒューレン氏は人気商品と一緒に新製品を送って下さいましたよ。
 手に入りにくい品もあって、私は母と共に喜びました。
 
「運命を使った炎上商法の疑いがあるな」

 利用されている彼女もしばらくはヒューレン氏に大事にされるでしょうね。
 その後はどうなるかは私には分かりません。

「彼女の兄もどうしているのかしらね?」
「……」

 あら、おしゃべりな婚約者が珍しく返答しませんね。

「どうしたの?」
「気にしなくていい。兄の方も、好きにやっている」

 変な態度ですね。

「運命を見付けたのですから、幸せでしょうね」

 私の言葉に小さく婚約者が返した声は耳に届きませんでした。




「君の運命かも知れない男は、私が説得したから」


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