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【彼の親友の運命】
しおりを挟む疑い深い婚約者にはどういうわけなのか親友がいます。
のんびり優しい侯爵令息で、とっつきにくい印象の婚約者と何故親しいのかと私も度々聞かれる事がありますが、理由など知りません。
そもそも婚約者は、
「親友かどうかは疑わしいが、一番よく会ってよく話している」
婚約者の親友の定義については私は完全にスルーすることにしました。
真面目に相手しているなんてただの時間の無駄です。
大体私達が今向かっているのが婚約者の親友の家なのに、つくづく婚約者は面倒な性格をしていると思います。
馬車に揺られながら不機嫌そうな顔の婚約者は、
「どうやらあいつに運命が現れたらしい」
「まあ……」
先日は婚約者の運命なのかそうじゃないのか、よく分からない女性が現れたのと連鎖するように……。
「何人目ですの?」
「私の覚えている限り通算8人目だ。あいつはどうしてだか疑わしい女達を毎回毎回信じてしまう」
毎回毎回疑ってかかるのはどうかと思っていたけれど、全部信じるのもどうなんでしょう?
婚約者と親友とで足して二で割れば丁度いい気もします。
「そんなに詐欺師が現れるなんて、侯爵も大変ね」
「あの人は貴族を減らせると喜んでいるな」
高位貴族に運命を騙るなど重罪ですから、犯人は家ごと消えるなんて事はよくある話です。
先日の婚約者の運命を騙ったらしき女性が妄想で片付けられて家族が病院に入れただけで終わったのは、かなり珍しい事です。それほど婚約者の家が迷惑を被っていなかったので、飽くまでもこれはレアケースでしょうね。
「今度の女性も怪しいのかしら?」
「ああ、疑うところしかない」
何でも疑うのですから、貴方はそうでしょうね。
「こんにちは! 初めまして、婚約者のレイニーです!」
会って直ぐ、私は常識を疑ってしまったわ。
貴族とは言え運命が平民である事はどうしても絶対数からしてままある事ですけど、平民でもその家の家人を差し置いて挨拶はしませんし、婚約者を勝手に名乗る事はないでしょう。
第一、婚約者の親友には正しく家同士で決まった婚約者がいます。
私が何も言わずに婚約者の親友に視線を向けると、
「彼女はせっかちで、私が止めたのを聞いてくれないんだよ」
それはせっかちと言うのでしょうか?
私は甚だ呆れました。
「婚約者を勝手に名乗るのは家同士の揉め事になる。きちんと止めさせろ」
婚約者が至って真面目な指摘をしました。
疑うよりも大事な事ですものね。
「ねえ、レイニー。運命かも知れないけど、私達は婚約はまだしていないから……」
「私達は運命なのですよ! 婚約者は私に決まっているでしょう!」
家同士で決まる貴族の婚約が、いつから運命で結ばれる事になったのでしょう。
優しすぎて強く言えない婚約者の親友も、私は会うと苛々するのであまり会いたくはないのです。
「まずはきちんと婚約者の家と破談になってからじゃないと……」
「運命の私に我慢しろって言うんですか! 何でそんな酷い事を!」
レイニーとか言う女性が泣き喚いても、貴族として生きていくためには必ず手順は踏まなくてはいけません。我慢でも酷い事でもありません。
真に運命ならば本来揉める貴族の婚約も、それ程手間なく破談に出来ますからね。
真に運命ならば、ですが。
「好きならば相手に迷惑をかけないようにすべきだろう。本当に運命なのか?」
婚約者も流石にレイニーとか言う女性にはきつい態度です。
私はそもそもレイニーとか言う女性には不快感しか感じません。
「そうですよ! この人にもっと文句を言ってやって下さい!」
婚約者ははっきりレイニーとか言う女性の目を見て言った筈なのですが、どうしてそんな話になるのかしら?
これは平民なのかも疑わしい……って婚約者の癖が私に移りかけているわね。こんな面倒な癖、いらないから気を付けましょう。
「君の方が酷いと言っているのだ。運命だから我が儘を全て叶えろなど、不可能な事を言うものではない。君は本当に人間なのか?」
そこまで疑問は行きましたか。
とは言え、レイニーとか言う女性の非常識さに呆れている私は婚約者の暴走を止めませんよ。
「私達は運命なんですよ! 運命の可愛い我が儘なら叶えて当然でしょう」
「で、君がこいつの運命だという根拠は?」
「私は見て直ぐに気が付きました。ダーリンも私を認めたものね」
レイニーとか言う女性はにっこりと婚約者の親友に微笑みますが、認めたのではなく否定しなかっただけではないでしょうか。
それなりに婚約者の親友とも長い付き合いになってしまった私は、
「本当にお認めになりましたの?」
「認めてはいないよ。ただ運命と言うならそうなのかなと思っただけで」
「それは運命とは思わなかったって事でしょう……」
レイニーとか言う女性の言葉を信じる意味が全く分かりません。
「8人目だぞ。疑ってかかれ」
「12人目だね。今度こそは本物かと思ってさ」
婚約者も知らない4人分のドラマがあったようです。
運命を名乗る女性がよりにもよって12人現れるなど、余程騙しやすそうに思われたのでしょうね。
結局は以前の11人も失敗しているのにも関わらず新しい挑戦者が出るなんて本当に驚きです。私はつい笑ってしまいます。
運命を騙ると重罪なんて決まり、何の抑止力になっておりませんね。
「私は本物です!」
レイニーとか言う女性は叫びますが、婚約者の親友は苦笑いするだけです。強い衝動も渇望もあるようには見えません。
これは……きちんと否定する方が優しさのような気がします。
一切庇わない男が運命だと信じているのは、レイニーとか言う女性だけです。
ん?
レイニーとか言う女性だけが運命と信じていて、婚約者の親友の方は運命と信じていない?
「お前はこの女が本当に運命だと信じているのか?」
「彼女が言うならそうなんだろう。私は彼女の運命なのだろう」
推測ばかりで断定しない。
信じていると言いながら信じていない。
婚約者の親友などやっているだけあって、この男は非常に面倒な人間でありました。
そう、この男は獣人などではなく正真正銘の人間なのですよ!
「人間に番など分かるわけないだろ……」
「だから君を呼んだんだろう」
私とした事が失念してました……。
人間ですから番など分からず、向こうが言われるまま信じるしかなかっただけですか。
これは難しい事です。
「他人の番など分かるものか」
「私はもっと分からないんだって」
あらあら、事態は混迷してきましたね。
「私は本当に運命なんです!」
地団駄を踏まれても、誰にも分からないので仕方ありません。
私達が途方に暮れていると、
「婚約者様がお見えです」
丁度この面倒な男の婚約者様がいらっしゃったようです。
「時間切れだね」
「来るなら私達を呼んだ意味は何だったんだ?」
同様に疑問を覚えながらも私は沈黙して壁際によります。
周囲の使用人達はもっと後ろに下がって頭も下げます。
「ダーリン!」
雰囲気を読めないレイニーとか言う女性は未だに怒鳴っていますが、私達は我が身だけが可愛いので見て見ぬ振りをします。
「ご機嫌よう。時間が空きましたので婚約者様とお茶でもと伺いましたわ」
そんなわけがありません。
彼女はとても忙しい身ですから、時間は無理矢理都合を付けたのでしょう。
誰でも分かる事なのでわざわざ指摘するなんて愚か……。
「婚約者とお茶をしたいと時間を作ったのか? どんな裏があるのだ?」
言わんでも良い事に更に足した!
私は婚約者と距離を取ってしまった事を後悔しました。
婚約者の足を踏めない足に力が入ってしまいました。
「そんなもの、運命を名乗る巫山戯た女狐を見に来たに決まっておろう」
鼻先で笑って答えた、婚約者の親友の更に婚約者様は、今更私の婚約者の不敬なまでの態度を問題視する事はありません。従兄弟同士ですから、ギリギリ許されるのでしょうか。
私は身を小さくして見つからないようにしますよ。
「誰が女狐よ! 私が運命なんだから、偽の婚約者は帰って!」
婚約に関しては偽は明らかに貴女でしょうに、本気で婚約の仕組みを知らないのでしょうか。
「平民が貴族の婚約者になれるものか。無学にしても程がある」
彼女の言い切った様子から、レイニーとか言う女性の素性は調べてあるのが窺えました。
当然の事でしょうけど、もうレイニーとか言う女性は無事に済まないでしょう。
「そうやって貴族は平民を馬鹿にして!」
「王族の顔も知らない平民がいるとは驚きだ」
我が国には王族の肖像画を飾る風習があります。
しかも彼女は公式行事にはほとんど出席しており、国王と王妃以外で一番知られた王族の筈ですよ。
「え……?」
「王族の婚約者の運命とはな……偽りであるとしたら、単純な死で償えるものだろうか」
そもそも運命を騙るなら、相手の事は多少なりと調べておくべきでしょう。
国一番の地雷です。
「わ……私達は本物の運命です! そうですよね、ダーリン!」
レイニーとか言う女性には他に足掻く術はありませんね。
仕方ないとは思うのですが、どんなに頑張ってもその男はただの人間。番なんて分かる筈もありません。
分からないから好き勝手出来た反動がここに来た気がします。
「彼女が言うなら……」
空気を読まない男が変な事を言いかけましたよ。
殴るにしても距離があります。
何で私は問題児達をおいたまま壁際に下がってしまったのでしょう。
その時、悠然と王女は言いました。
「お前は私の言う事だけを信じていれば良い。私はお前に嘘をつかぬし、裏切らない。嘘をつき裏切る女などお前に何処に価値がある?」
絶対者の言葉。
彼女が手を上げるだけでレイニーとか言う女性はあっという間に取り押さえられ猿轡をされて運ばれていきました。
「私は信じたいと思うんだ」
「信じ切れないものを信じる必要はない。さあ、お前の親友とその婚約者も来ているのだろう。折角の貴重な時間だ。お茶にしよう」
陶然と王女は自らの婚約者を見つめております。
あら?
「お前が運命ではないのか?」
「さて、な」
問題が片付いたばかりでもメイド達はキビキビ動いてお茶の準備をします。
私は帰りたいのですが、テーブルに並んだ茶器は4つ。
「おい、私達を呼んだのは女狐の真偽じゃないのか!」
「ただのついでだよ。本当は婚約者がお茶をしたいから呼ぶと良いって」
「こっちの我が儘は直ぐに叶えるのか!」
私の婚約者がここまで振り回されるのは珍しいです。
「速う席に着け。ここのお菓子は絶品だぞ」
王女様に呼ばれては仕方ありません。
絶品のお菓子は一杯堪能しすぎてドレスがきつくなったのは、私を放置して親友と戯れていた婚約者が悪いと思うのですが、どうでしょう?
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