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11話
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事件の翌日から、佐々木陽太の日常は劇的な変貌を遂げた。
具体的に言えば、朝起きてから寝るまで、常に「漆黒の影」がつきまとうようになったのだ。
「……あの、龍崎さん。これ、本気ですか?」
陽太は、アパートの前に鎮座する三台の黒塗り高級車と、その傍らに直立不動で並ぶサングラス姿の男たちを仰ぎ見た。
中心に立つ龍崎は、微塵も揺るがない真剣な眼差しで頷く。
「当然だ。昨夜のような事態は二度と許されん。今日から、貴様の身辺警護は俺が直接指揮を執る。……この二人が貴様の影だ。二十四時間、三交代制で張り付かせる」
「三交代!? いや、僕、ただの看護師ですよ? 病院にこんな物々しい人たちがいたら、患者さんが腰抜かしちゃいます!」
「案ずるな。病院内では目立たぬよう、徹底した『隠密行動』を命じてある」
龍崎の言う「隠密行動」は、全く隠密ではなかった。
陽太がナースステーションで仕事をしていると、廊下の角からサングラスの男が半分だけ顔を出してこちらを凝視しているし、トイレに行けば個室の外で「異常なし!」という小声の無線が聞こえてくる。
そして何より、シフト終わりの送迎が「護衛」という名の「軟禁」に近いレベルにまで格上げされていた。
「佐々木、今日は残業か。予定より三分遅い」
病院の裏口で待っていた龍崎が、時計を見ながら眉根を寄せる。
「すみません、引き継ぎが長引いちゃって……。でも、龍崎さんまで毎日来なくていいんですよ? お仕事忙しいでしょう?」
「貴様の安全を守るのが、今の俺の最優先事項だ。……乗れ。夕飯は俺の家で食わせる」
「えっ、家!? また牛丼じゃなくて?」
「外食は死角が多い。我が家なら、セキュリティは万全だ」
龍崎の自宅――というより、龍和会の迎賓館に近い豪邸へ連れて行かれた陽太は、あまりの広さに口をあんぐりと開けた。
通されたリビングには、高級料亭並みの食事が用意されている。
「……龍崎さん。僕、昨日のことで、龍崎さんが極道だって改めて実感しました」
食卓につき、陽太がぽつりと呟いた。
龍崎の手が止まる。その瞳に、一瞬だけ翳りが差した。
やはり、住む世界の違う自分を恐れ、嫌悪し始めたのだろうか。
「……嫌になったか。俺のような暴力でしか解決できん男は」
「違いますよ! 逆です。……あんなに強いのに、僕なんかのために一生懸命になってくれるのが、なんだか不思議で」
陽太は箸を置き、龍崎の目を真っ直ぐに見つめた。
「龍崎さんって、本当はすごく優しい人なんですね。昨日の夜、抱きしめてくれた時、龍崎さんの手、少し震えてました」
「……っ」
龍崎は、図星を指されて言葉に詰まった。
そう、彼は陽太を助けた後、恐怖で震えていたのだ。
敵が怖かったのではない。陽太という光を失うかもしれないという可能性に、魂が凍りついていた。
「俺は……優しくなどない。ただの、執着だ」
「それでもいいです。……あ、でも! 過保護すぎるのは困ります! 職場で『若頭の嫁』って噂され始めたら、僕、恥ずかしくて歩けませんからね!」
陽太がいたずらっぽく笑う。
龍崎は「若頭の嫁」という単語の響きに、思わず心拍数を跳ね上げた。
(嫁……。佐々木が、俺の、嫁……)
その甘美な妄想が脳内を駆け巡り、龍崎は再び「持病」の動悸に襲われる。
彼は顔を背け、拳を口元に当てて咳払いをした。
「……変な噂を立てる奴は、俺が叩き潰してやる」
「それですよ! そういうところが過保護だって言ってるんです!」
陽太の明るい笑い声が、冷たく静かだった龍崎の屋敷に響き渡る。
龍崎は、この無邪気な笑みを守るためなら、本当に何だってできると確信していた。
だが、龍崎の過保護はこれで終わらなかった。
翌朝、陽太が目を覚ますと、枕元に最新型の防犯ブザーと、龍崎直筆の『緊急時行動マニュアル(全五十ページ)』が置かれていたのである。
極道の若頭による、常軌を逸した「溺愛」の包囲網。
陽太は呆れながらも、その重すぎる愛を拒絶できない自分に、少しずつ気づき始めていた。
具体的に言えば、朝起きてから寝るまで、常に「漆黒の影」がつきまとうようになったのだ。
「……あの、龍崎さん。これ、本気ですか?」
陽太は、アパートの前に鎮座する三台の黒塗り高級車と、その傍らに直立不動で並ぶサングラス姿の男たちを仰ぎ見た。
中心に立つ龍崎は、微塵も揺るがない真剣な眼差しで頷く。
「当然だ。昨夜のような事態は二度と許されん。今日から、貴様の身辺警護は俺が直接指揮を執る。……この二人が貴様の影だ。二十四時間、三交代制で張り付かせる」
「三交代!? いや、僕、ただの看護師ですよ? 病院にこんな物々しい人たちがいたら、患者さんが腰抜かしちゃいます!」
「案ずるな。病院内では目立たぬよう、徹底した『隠密行動』を命じてある」
龍崎の言う「隠密行動」は、全く隠密ではなかった。
陽太がナースステーションで仕事をしていると、廊下の角からサングラスの男が半分だけ顔を出してこちらを凝視しているし、トイレに行けば個室の外で「異常なし!」という小声の無線が聞こえてくる。
そして何より、シフト終わりの送迎が「護衛」という名の「軟禁」に近いレベルにまで格上げされていた。
「佐々木、今日は残業か。予定より三分遅い」
病院の裏口で待っていた龍崎が、時計を見ながら眉根を寄せる。
「すみません、引き継ぎが長引いちゃって……。でも、龍崎さんまで毎日来なくていいんですよ? お仕事忙しいでしょう?」
「貴様の安全を守るのが、今の俺の最優先事項だ。……乗れ。夕飯は俺の家で食わせる」
「えっ、家!? また牛丼じゃなくて?」
「外食は死角が多い。我が家なら、セキュリティは万全だ」
龍崎の自宅――というより、龍和会の迎賓館に近い豪邸へ連れて行かれた陽太は、あまりの広さに口をあんぐりと開けた。
通されたリビングには、高級料亭並みの食事が用意されている。
「……龍崎さん。僕、昨日のことで、龍崎さんが極道だって改めて実感しました」
食卓につき、陽太がぽつりと呟いた。
龍崎の手が止まる。その瞳に、一瞬だけ翳りが差した。
やはり、住む世界の違う自分を恐れ、嫌悪し始めたのだろうか。
「……嫌になったか。俺のような暴力でしか解決できん男は」
「違いますよ! 逆です。……あんなに強いのに、僕なんかのために一生懸命になってくれるのが、なんだか不思議で」
陽太は箸を置き、龍崎の目を真っ直ぐに見つめた。
「龍崎さんって、本当はすごく優しい人なんですね。昨日の夜、抱きしめてくれた時、龍崎さんの手、少し震えてました」
「……っ」
龍崎は、図星を指されて言葉に詰まった。
そう、彼は陽太を助けた後、恐怖で震えていたのだ。
敵が怖かったのではない。陽太という光を失うかもしれないという可能性に、魂が凍りついていた。
「俺は……優しくなどない。ただの、執着だ」
「それでもいいです。……あ、でも! 過保護すぎるのは困ります! 職場で『若頭の嫁』って噂され始めたら、僕、恥ずかしくて歩けませんからね!」
陽太がいたずらっぽく笑う。
龍崎は「若頭の嫁」という単語の響きに、思わず心拍数を跳ね上げた。
(嫁……。佐々木が、俺の、嫁……)
その甘美な妄想が脳内を駆け巡り、龍崎は再び「持病」の動悸に襲われる。
彼は顔を背け、拳を口元に当てて咳払いをした。
「……変な噂を立てる奴は、俺が叩き潰してやる」
「それですよ! そういうところが過保護だって言ってるんです!」
陽太の明るい笑い声が、冷たく静かだった龍崎の屋敷に響き渡る。
龍崎は、この無邪気な笑みを守るためなら、本当に何だってできると確信していた。
だが、龍崎の過保護はこれで終わらなかった。
翌朝、陽太が目を覚ますと、枕元に最新型の防犯ブザーと、龍崎直筆の『緊急時行動マニュアル(全五十ページ)』が置かれていたのである。
極道の若頭による、常軌を逸した「溺愛」の包囲網。
陽太は呆れながらも、その重すぎる愛を拒絶できない自分に、少しずつ気づき始めていた。
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