強面若頭は、懐っこいナースの献身に抗えない ―極道、はじめての恋を処方される―

たら昆布

文字の大きさ
12 / 20

12話

しおりを挟む
 過剰なまでの護衛体制が敷かれて一週間。
 
 佐々木陽太は、日々の激務と、常に「見守られている」という心地よい緊張感から、かつてないほどの疲労を感じていた。
 もちろん、龍崎の過保護は相変わらずで、帰りの車内は今や彼にとって唯一、泥のように眠れる安全地帯と化していた。

「……佐々木、今日の夕食だが、知り合いの店から栄養価の高い……」

 龍崎が後部座席で語りかけようとしたが、返事はない。
 ふと隣を見れば、陽太はシートに深く身を沈め、規則正しい寝息を立てていた。

「…………」

 龍崎は、言葉を飲み込んだ。
 窓から差し込む街灯の光が、陽太の寝顔を断続的に照らし出す。
 ふわりとした茶髪が額にかかり、少しだけ開いた唇からは、幼子のような無垢な息が漏れていた。

 龍崎は、隣に座る鮫島に、音を立てぬよう鋭い視線で合図を送った。
 
「……スピードを落とせ。揺らすな」

「はっ、承知いたしました、若頭」

 鮫島が極限まで神経を使って車を滑らせる中、龍崎は食い入るように陽太を見つめていた。
 
 病院では見ることのできない、完全な無防備。
 自分という存在を、心の底から信頼していなければ、こんな極道の車内で眠れるはずがない。
 
(……この男は、自分がどれほど危うい状況にいるか分かっていないのか)

 龍崎の胸の奥で、ドロリとした暗い欲望が頭をもたげる。
 このまま連れ去って、誰の目にも触れない場所に閉じ込めてしまいたい。
 この細い首筋に、消えない印をつけてしまいたい。
 
 龍崎は、震える指先を陽太の頬へと伸ばした。
 触れるか触れないか、そのわずかな距離で指が止まる。
 
 熱い。
 触れていないはずなのに、陽太の存在そのものが、龍崎の理性を焼き尽くそうとしていた。
 
「……んん……っ」

 陽太が小さく身悶えし、コテリと龍崎の方へ倒れかかってきた。
 柔らかい頭が、龍崎の肩に預けられる。
 
 龍崎は、全身を雷に打たれたように硬直させた。
 肩に感じる確かな重み。耳元で聞こえる、微かな吐息。
 石鹸の香りと、陽太の体温が、龍崎の鼻腔を直撃する。
 
「…………っ!」

 心拍計があれば、今頃病院中に鳴り響くほどの暴走。
 龍崎は、自分の膝の上にある拳を血が滲むほど強く握りしめた。
 
 今、この腕で抱き寄せれば。
 目覚めた彼に、この狂おしいほどの情動をぶつけてしまえば。
 
 だが、龍崎の「堅物」ゆえの理性が、辛うじてブレーキをかける。
 まだ恋を知って間もないウブな極道にとって、寝ている相手を襲うなどという非道は、何より自分自身が許せなかった。
 
「……佐々木。貴様、無用心すぎるぞ」

 龍崎は、低く掠れた声で毒づいた。
 その声は、怒っているというより、泣き出しそうなほど切実な響きを帯びていた。
 
 彼は、陽太を起こさないように、細心の注意を払って自分のジャケットを脱ぎ、彼の体へと掛けた。
 龍崎の体温が残る黒い布地に包まれ、陽太はさらに安心したように、龍崎の腕に擦り寄る。
 
(……これ以上の拷問があるか)

 目的地である陽太のアパートに着くまでの三十分間。
 龍崎慎一郎にとって、それは抗争の最前線にいるよりも過酷な、理性と本能の限界バトルだった。
 
 車が止まっても、龍崎は陽太を揺り起こすことができなかった。
 
「……若頭、到着いたしましたが」

「……あと五分だ」

「はい?」

「あと五分……このままにしておけ」

 龍崎は、暗闇の中で陽太の髪を、ただ一度だけ、羽のように優しく撫でた。
 
 誰にも見せない、若頭の溺愛。
 だが、龍崎のこの異常なまでの我慢強さが、後の「大爆発」への伏線であることを、本人はまだ知らない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

虐げられた氷の聖子は隣国の野獣皇帝に執着(愛)されすぎて溶かされる

たら昆布
BL
暴君皇帝×薄幸の聖子

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

うるさい恋人

さるやま
BL
攻めがキモイです。あとうるさい 攻め→→→←受け

小森 陽芳(受け)
野茂のことが好きだけど、野茂を煩わしくも思ってる。ツンデレ小説家。言ってることとやってることがちぐはぐ。

野茂 遥斗(攻め)
陽芳のことを陽ちゃんと呼び、溺愛する。人気の若手俳優。陽ちゃんのことが大好きで、言動がキモイ。

橋本
野茂のマネージャー。自分の苦労を理解してくれる陽芳に少し惹かれる。

好きなわけ、ないだろ

春夜夢
BL
放課後の屋上――不良の匠は、優等生の蓮から突然「好きだ」と告げられた。 あまりにも真っ直ぐな瞳に、心臓がうるさく鳴ってしまう。 だけど、笑うしかなかった。 誰かに愛されるなんて、自分には似合わないと思っていたから。 それから二人の距離は、近くて、でも遠いままだった。 避けようとする匠、追いかける蓮。 すれ違いばかりの毎日に、いつしか匠の心にも、気づきたくなかった“感情”が芽生えていく。 ある雨の夜、蓮の転校の噂が流れる。 逃げ続けてきた匠は初めて、自分の心と正面から向き合う。 駅前でずぶ濡れになりながら、声を震わせて絞り出した言葉―― 「行くなよ……好きなんだ」 誰かを想う気持ちは、こんなにも苦しくて、眩しい。 曇り空の下で始まった恋は、まだぎこちなく、でも確かにあたたかい。 涙とキスで繋がる、初恋の物語。

【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。

ホマレ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。 その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。 胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。 それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。 運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。

処理中です...