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12話
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過剰なまでの護衛体制が敷かれて一週間。
佐々木陽太は、日々の激務と、常に「見守られている」という心地よい緊張感から、かつてないほどの疲労を感じていた。
もちろん、龍崎の過保護は相変わらずで、帰りの車内は今や彼にとって唯一、泥のように眠れる安全地帯と化していた。
「……佐々木、今日の夕食だが、知り合いの店から栄養価の高い……」
龍崎が後部座席で語りかけようとしたが、返事はない。
ふと隣を見れば、陽太はシートに深く身を沈め、規則正しい寝息を立てていた。
「…………」
龍崎は、言葉を飲み込んだ。
窓から差し込む街灯の光が、陽太の寝顔を断続的に照らし出す。
ふわりとした茶髪が額にかかり、少しだけ開いた唇からは、幼子のような無垢な息が漏れていた。
龍崎は、隣に座る鮫島に、音を立てぬよう鋭い視線で合図を送った。
「……スピードを落とせ。揺らすな」
「はっ、承知いたしました、若頭」
鮫島が極限まで神経を使って車を滑らせる中、龍崎は食い入るように陽太を見つめていた。
病院では見ることのできない、完全な無防備。
自分という存在を、心の底から信頼していなければ、こんな極道の車内で眠れるはずがない。
(……この男は、自分がどれほど危うい状況にいるか分かっていないのか)
龍崎の胸の奥で、ドロリとした暗い欲望が頭をもたげる。
このまま連れ去って、誰の目にも触れない場所に閉じ込めてしまいたい。
この細い首筋に、消えない印をつけてしまいたい。
龍崎は、震える指先を陽太の頬へと伸ばした。
触れるか触れないか、そのわずかな距離で指が止まる。
熱い。
触れていないはずなのに、陽太の存在そのものが、龍崎の理性を焼き尽くそうとしていた。
「……んん……っ」
陽太が小さく身悶えし、コテリと龍崎の方へ倒れかかってきた。
柔らかい頭が、龍崎の肩に預けられる。
龍崎は、全身を雷に打たれたように硬直させた。
肩に感じる確かな重み。耳元で聞こえる、微かな吐息。
石鹸の香りと、陽太の体温が、龍崎の鼻腔を直撃する。
「…………っ!」
心拍計があれば、今頃病院中に鳴り響くほどの暴走。
龍崎は、自分の膝の上にある拳を血が滲むほど強く握りしめた。
今、この腕で抱き寄せれば。
目覚めた彼に、この狂おしいほどの情動をぶつけてしまえば。
だが、龍崎の「堅物」ゆえの理性が、辛うじてブレーキをかける。
まだ恋を知って間もないウブな極道にとって、寝ている相手を襲うなどという非道は、何より自分自身が許せなかった。
「……佐々木。貴様、無用心すぎるぞ」
龍崎は、低く掠れた声で毒づいた。
その声は、怒っているというより、泣き出しそうなほど切実な響きを帯びていた。
彼は、陽太を起こさないように、細心の注意を払って自分のジャケットを脱ぎ、彼の体へと掛けた。
龍崎の体温が残る黒い布地に包まれ、陽太はさらに安心したように、龍崎の腕に擦り寄る。
(……これ以上の拷問があるか)
目的地である陽太のアパートに着くまでの三十分間。
龍崎慎一郎にとって、それは抗争の最前線にいるよりも過酷な、理性と本能の限界バトルだった。
車が止まっても、龍崎は陽太を揺り起こすことができなかった。
「……若頭、到着いたしましたが」
「……あと五分だ」
「はい?」
「あと五分……このままにしておけ」
龍崎は、暗闇の中で陽太の髪を、ただ一度だけ、羽のように優しく撫でた。
誰にも見せない、若頭の溺愛。
だが、龍崎のこの異常なまでの我慢強さが、後の「大爆発」への伏線であることを、本人はまだ知らない。
佐々木陽太は、日々の激務と、常に「見守られている」という心地よい緊張感から、かつてないほどの疲労を感じていた。
もちろん、龍崎の過保護は相変わらずで、帰りの車内は今や彼にとって唯一、泥のように眠れる安全地帯と化していた。
「……佐々木、今日の夕食だが、知り合いの店から栄養価の高い……」
龍崎が後部座席で語りかけようとしたが、返事はない。
ふと隣を見れば、陽太はシートに深く身を沈め、規則正しい寝息を立てていた。
「…………」
龍崎は、言葉を飲み込んだ。
窓から差し込む街灯の光が、陽太の寝顔を断続的に照らし出す。
ふわりとした茶髪が額にかかり、少しだけ開いた唇からは、幼子のような無垢な息が漏れていた。
龍崎は、隣に座る鮫島に、音を立てぬよう鋭い視線で合図を送った。
「……スピードを落とせ。揺らすな」
「はっ、承知いたしました、若頭」
鮫島が極限まで神経を使って車を滑らせる中、龍崎は食い入るように陽太を見つめていた。
病院では見ることのできない、完全な無防備。
自分という存在を、心の底から信頼していなければ、こんな極道の車内で眠れるはずがない。
(……この男は、自分がどれほど危うい状況にいるか分かっていないのか)
龍崎の胸の奥で、ドロリとした暗い欲望が頭をもたげる。
このまま連れ去って、誰の目にも触れない場所に閉じ込めてしまいたい。
この細い首筋に、消えない印をつけてしまいたい。
龍崎は、震える指先を陽太の頬へと伸ばした。
触れるか触れないか、そのわずかな距離で指が止まる。
熱い。
触れていないはずなのに、陽太の存在そのものが、龍崎の理性を焼き尽くそうとしていた。
「……んん……っ」
陽太が小さく身悶えし、コテリと龍崎の方へ倒れかかってきた。
柔らかい頭が、龍崎の肩に預けられる。
龍崎は、全身を雷に打たれたように硬直させた。
肩に感じる確かな重み。耳元で聞こえる、微かな吐息。
石鹸の香りと、陽太の体温が、龍崎の鼻腔を直撃する。
「…………っ!」
心拍計があれば、今頃病院中に鳴り響くほどの暴走。
龍崎は、自分の膝の上にある拳を血が滲むほど強く握りしめた。
今、この腕で抱き寄せれば。
目覚めた彼に、この狂おしいほどの情動をぶつけてしまえば。
だが、龍崎の「堅物」ゆえの理性が、辛うじてブレーキをかける。
まだ恋を知って間もないウブな極道にとって、寝ている相手を襲うなどという非道は、何より自分自身が許せなかった。
「……佐々木。貴様、無用心すぎるぞ」
龍崎は、低く掠れた声で毒づいた。
その声は、怒っているというより、泣き出しそうなほど切実な響きを帯びていた。
彼は、陽太を起こさないように、細心の注意を払って自分のジャケットを脱ぎ、彼の体へと掛けた。
龍崎の体温が残る黒い布地に包まれ、陽太はさらに安心したように、龍崎の腕に擦り寄る。
(……これ以上の拷問があるか)
目的地である陽太のアパートに着くまでの三十分間。
龍崎慎一郎にとって、それは抗争の最前線にいるよりも過酷な、理性と本能の限界バトルだった。
車が止まっても、龍崎は陽太を揺り起こすことができなかった。
「……若頭、到着いたしましたが」
「……あと五分だ」
「はい?」
「あと五分……このままにしておけ」
龍崎は、暗闇の中で陽太の髪を、ただ一度だけ、羽のように優しく撫でた。
誰にも見せない、若頭の溺愛。
だが、龍崎のこの異常なまでの我慢強さが、後の「大爆発」への伏線であることを、本人はまだ知らない。
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