強面若頭は、懐っこいナースの献身に抗えない ―極道、はじめての恋を処方される―

たら昆布

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13話

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 龍和会本部の若頭室。重厚なデスクを前に、龍崎慎一郎は頭を抱えていた。
 
 昨夜、車内で陽太に寄りかかられた瞬間の衝撃が、いまだに脳内でリフレインしている。
 肩に残る重み、鼻腔にこびりついた清潔な香り、そして何より、あいつを守らなければという猛烈な独占欲。
 
 龍崎は、目の前に直立不動で立つ鮫島を、据わった眼で見上げた。
 
「……鮫島。貴様に問う」
 
「はっ、何なりと!」
 
「特定の人間が視界に入っただけで心拍数が跳ね上がり、その者が他の人間と話しているだけで腹の底が煮えくり返る。……さらに、そいつが寝ている隙に押し倒して、二度と外に出したくないという衝動に駆られる。……これは、何かの重い精神疾患か、あるいは強力な神経毒の類か?」
 
 鮫島は、一瞬だけ沈黙した。
 そして、深く、深いため息をついた。
 
「若頭……それ、巷では『恋』って呼ぶんですよ」
 
「……恋だと?」
 
 龍崎は、まるで未知のウイルスを宣告されたかのような絶望的な表情を浮かべた。
 
「あり得ん。俺が、あのような……無防備で、小生意気で、年下の……男に? 極道の若頭が、ナースごときに魂を抜かれるなどと」
 
「ごとき、じゃないでしょう。若頭、佐々木さんの前だと完全に『借りてきた猫』じゃないですか。昨日だって、肩に頭を乗せられて、顔を真っ赤にして固まってたのを俺はバックミラーでしっかり見ましたよ」
 
「貴様……消されたいのか」
 
 龍崎が凄まじい殺気を放つが、付き合いの長い鮫島はもはや動じない。
 
「消されても事実は変わりません。若頭、いい加減に認めてください。あんたは、佐々木陽太っていう男に、心の底から惚れてるんです。死ぬほど執着してるんです。……それも、生まれて初めての『ガチ恋』ってやつに!」
 
 ――ガチ恋。
 その暴力的なまでにシンプルな言葉が、龍崎の胸を貫いた。
 
 認めざるを得なかった。
 この苦しさも、この焦燥感も、この異常なまでの愛おしさも。
 すべては「自分が彼を好きだ」という事実一点に収束することを。
 
「……だとしたら、俺はどうすればいい」
 
 龍崎の声は、驚くほどか細かった。
 
「普通は告白して、付き合って……って順序を踏むんですけどね。若頭の場合、いきなり籍を入れろとか言い出しそうで怖いです」
 
「……籍。そうか、婚姻届か」
 
「気が早いですよ! まずは自分の気持ちを自覚したなら、もっと素直に接してあげてください。過保護なガードマンじゃなくて、一人の男として」
 
 一人の男として。
 龍崎は、自分の拳をじっと見つめた。
 人を傷つけ、闇の世界で生きてきたこの手で、陽太の隣に立つ資格があるのか。
 
 その時、龍崎のスマートフォンが震えた。
 通知画面に表示されたのは、ずっと待ち望んでいた、けれど一度も来なかった『佐々木陽太』の名前。
 
『龍崎さん! 昨日は送ってくれてありがとうございました。……あの、実は急に熱が出ちゃって、今日はお休みすることにしました。せっかく迎えに来てくれるって言ってたのに、ごめんなさい!』
 
 メッセージを読み終える前に、龍崎は椅子を蹴って立ち上がっていた。
 
「若頭!? どこへ!」
 
「……奴が、病気だ」
 
「ただの風邪でしょう!? ちょっと、落ち着いてください!」
 
「落ち着いていられるか! あんな無防備な奴が、一人で苦しんでいるんだぞ!」
 
 龍崎はジャケットをひったくるように掴むと、若頭室を飛び出した。
 
 自覚した瞬間に、ブレーキは完全に壊れた。
 堅物ヤクザの「はじめての恋」は、凄まじいスピードで暴走を開始したのだ。
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