13 / 20
13話
しおりを挟む
龍和会本部の若頭室。重厚なデスクを前に、龍崎慎一郎は頭を抱えていた。
昨夜、車内で陽太に寄りかかられた瞬間の衝撃が、いまだに脳内でリフレインしている。
肩に残る重み、鼻腔にこびりついた清潔な香り、そして何より、あいつを守らなければという猛烈な独占欲。
龍崎は、目の前に直立不動で立つ鮫島を、据わった眼で見上げた。
「……鮫島。貴様に問う」
「はっ、何なりと!」
「特定の人間が視界に入っただけで心拍数が跳ね上がり、その者が他の人間と話しているだけで腹の底が煮えくり返る。……さらに、そいつが寝ている隙に押し倒して、二度と外に出したくないという衝動に駆られる。……これは、何かの重い精神疾患か、あるいは強力な神経毒の類か?」
鮫島は、一瞬だけ沈黙した。
そして、深く、深いため息をついた。
「若頭……それ、巷では『恋』って呼ぶんですよ」
「……恋だと?」
龍崎は、まるで未知のウイルスを宣告されたかのような絶望的な表情を浮かべた。
「あり得ん。俺が、あのような……無防備で、小生意気で、年下の……男に? 極道の若頭が、ナースごときに魂を抜かれるなどと」
「ごとき、じゃないでしょう。若頭、佐々木さんの前だと完全に『借りてきた猫』じゃないですか。昨日だって、肩に頭を乗せられて、顔を真っ赤にして固まってたのを俺はバックミラーでしっかり見ましたよ」
「貴様……消されたいのか」
龍崎が凄まじい殺気を放つが、付き合いの長い鮫島はもはや動じない。
「消されても事実は変わりません。若頭、いい加減に認めてください。あんたは、佐々木陽太っていう男に、心の底から惚れてるんです。死ぬほど執着してるんです。……それも、生まれて初めての『ガチ恋』ってやつに!」
――ガチ恋。
その暴力的なまでにシンプルな言葉が、龍崎の胸を貫いた。
認めざるを得なかった。
この苦しさも、この焦燥感も、この異常なまでの愛おしさも。
すべては「自分が彼を好きだ」という事実一点に収束することを。
「……だとしたら、俺はどうすればいい」
龍崎の声は、驚くほどか細かった。
「普通は告白して、付き合って……って順序を踏むんですけどね。若頭の場合、いきなり籍を入れろとか言い出しそうで怖いです」
「……籍。そうか、婚姻届か」
「気が早いですよ! まずは自分の気持ちを自覚したなら、もっと素直に接してあげてください。過保護なガードマンじゃなくて、一人の男として」
一人の男として。
龍崎は、自分の拳をじっと見つめた。
人を傷つけ、闇の世界で生きてきたこの手で、陽太の隣に立つ資格があるのか。
その時、龍崎のスマートフォンが震えた。
通知画面に表示されたのは、ずっと待ち望んでいた、けれど一度も来なかった『佐々木陽太』の名前。
『龍崎さん! 昨日は送ってくれてありがとうございました。……あの、実は急に熱が出ちゃって、今日はお休みすることにしました。せっかく迎えに来てくれるって言ってたのに、ごめんなさい!』
メッセージを読み終える前に、龍崎は椅子を蹴って立ち上がっていた。
「若頭!? どこへ!」
「……奴が、病気だ」
「ただの風邪でしょう!? ちょっと、落ち着いてください!」
「落ち着いていられるか! あんな無防備な奴が、一人で苦しんでいるんだぞ!」
龍崎はジャケットをひったくるように掴むと、若頭室を飛び出した。
自覚した瞬間に、ブレーキは完全に壊れた。
堅物ヤクザの「はじめての恋」は、凄まじいスピードで暴走を開始したのだ。
昨夜、車内で陽太に寄りかかられた瞬間の衝撃が、いまだに脳内でリフレインしている。
肩に残る重み、鼻腔にこびりついた清潔な香り、そして何より、あいつを守らなければという猛烈な独占欲。
龍崎は、目の前に直立不動で立つ鮫島を、据わった眼で見上げた。
「……鮫島。貴様に問う」
「はっ、何なりと!」
「特定の人間が視界に入っただけで心拍数が跳ね上がり、その者が他の人間と話しているだけで腹の底が煮えくり返る。……さらに、そいつが寝ている隙に押し倒して、二度と外に出したくないという衝動に駆られる。……これは、何かの重い精神疾患か、あるいは強力な神経毒の類か?」
鮫島は、一瞬だけ沈黙した。
そして、深く、深いため息をついた。
「若頭……それ、巷では『恋』って呼ぶんですよ」
「……恋だと?」
龍崎は、まるで未知のウイルスを宣告されたかのような絶望的な表情を浮かべた。
「あり得ん。俺が、あのような……無防備で、小生意気で、年下の……男に? 極道の若頭が、ナースごときに魂を抜かれるなどと」
「ごとき、じゃないでしょう。若頭、佐々木さんの前だと完全に『借りてきた猫』じゃないですか。昨日だって、肩に頭を乗せられて、顔を真っ赤にして固まってたのを俺はバックミラーでしっかり見ましたよ」
「貴様……消されたいのか」
龍崎が凄まじい殺気を放つが、付き合いの長い鮫島はもはや動じない。
「消されても事実は変わりません。若頭、いい加減に認めてください。あんたは、佐々木陽太っていう男に、心の底から惚れてるんです。死ぬほど執着してるんです。……それも、生まれて初めての『ガチ恋』ってやつに!」
――ガチ恋。
その暴力的なまでにシンプルな言葉が、龍崎の胸を貫いた。
認めざるを得なかった。
この苦しさも、この焦燥感も、この異常なまでの愛おしさも。
すべては「自分が彼を好きだ」という事実一点に収束することを。
「……だとしたら、俺はどうすればいい」
龍崎の声は、驚くほどか細かった。
「普通は告白して、付き合って……って順序を踏むんですけどね。若頭の場合、いきなり籍を入れろとか言い出しそうで怖いです」
「……籍。そうか、婚姻届か」
「気が早いですよ! まずは自分の気持ちを自覚したなら、もっと素直に接してあげてください。過保護なガードマンじゃなくて、一人の男として」
一人の男として。
龍崎は、自分の拳をじっと見つめた。
人を傷つけ、闇の世界で生きてきたこの手で、陽太の隣に立つ資格があるのか。
その時、龍崎のスマートフォンが震えた。
通知画面に表示されたのは、ずっと待ち望んでいた、けれど一度も来なかった『佐々木陽太』の名前。
『龍崎さん! 昨日は送ってくれてありがとうございました。……あの、実は急に熱が出ちゃって、今日はお休みすることにしました。せっかく迎えに来てくれるって言ってたのに、ごめんなさい!』
メッセージを読み終える前に、龍崎は椅子を蹴って立ち上がっていた。
「若頭!? どこへ!」
「……奴が、病気だ」
「ただの風邪でしょう!? ちょっと、落ち着いてください!」
「落ち着いていられるか! あんな無防備な奴が、一人で苦しんでいるんだぞ!」
龍崎はジャケットをひったくるように掴むと、若頭室を飛び出した。
自覚した瞬間に、ブレーキは完全に壊れた。
堅物ヤクザの「はじめての恋」は、凄まじいスピードで暴走を開始したのだ。
30
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
うるさい恋人
さるやま
BL
攻めがキモイです。あとうるさい
攻め→→→←受け
小森 陽芳(受け)
野茂のことが好きだけど、野茂を煩わしくも思ってる。ツンデレ小説家。言ってることとやってることがちぐはぐ。
野茂 遥斗(攻め)
陽芳のことを陽ちゃんと呼び、溺愛する。人気の若手俳優。陽ちゃんのことが大好きで、言動がキモイ。
橋本
野茂のマネージャー。自分の苦労を理解してくれる陽芳に少し惹かれる。
好きなわけ、ないだろ
春夜夢
BL
放課後の屋上――不良の匠は、優等生の蓮から突然「好きだ」と告げられた。
あまりにも真っ直ぐな瞳に、心臓がうるさく鳴ってしまう。
だけど、笑うしかなかった。
誰かに愛されるなんて、自分には似合わないと思っていたから。
それから二人の距離は、近くて、でも遠いままだった。
避けようとする匠、追いかける蓮。
すれ違いばかりの毎日に、いつしか匠の心にも、気づきたくなかった“感情”が芽生えていく。
ある雨の夜、蓮の転校の噂が流れる。
逃げ続けてきた匠は初めて、自分の心と正面から向き合う。
駅前でずぶ濡れになりながら、声を震わせて絞り出した言葉――
「行くなよ……好きなんだ」
誰かを想う気持ちは、こんなにも苦しくて、眩しい。
曇り空の下で始まった恋は、まだぎこちなく、でも確かにあたたかい。
涙とキスで繋がる、初恋の物語。
【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
ホマレ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる