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4話
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「……それで、彼らはいつまでそこにいるつもりなんですか?」
俺は、お気に入りの木製チェアに深く腰掛け、眉間を指先で押さえた。
視線の先、俺が丹精込めて育てているハーブ園の境界線付近では、ガイアスの部下である騎士たちが、所在なさげに、しかし妙にキビキビとした動きで整列していた。
彼らは森で獲ってきたという立派な野兎や山鳥を手に、まるで戦利品を捧げる兵士のような顔をしている。
「リィエル殿! 素晴らしい環境ですな、ここは!」
「空気の精確さが違う。さすがはエルフの聖域だ……」
感嘆の声を上げる騎士たちに対し、俺はただ溜息をつく。
俺の家は、あくまで「ソロ専用」の仕様だ。大人数が入り込むような設計にはなっていない。
「リィエル、そう困った顔をするな。彼らも命を救われた恩を返したいのだ。……おい、お前たち。そこに獲物を置いたら、次はあちらの結界周辺の落ち葉を掃け。リィエル殿の庭を汚すことは許さんぞ」
ガイアスが、エプロンを外したばかりの腕を組んで指示を飛ばす。
その姿は、騎士団長というよりは、新居の主導権を握った現場監督のようだ。
「いや、落ち葉は腐葉土になるからそのままでいいんです。それに、彼らのその殺気立った立ち居振る舞いが、俺のヒーリング・プロセスを阻害しているというか……」
「殺気? ……なるほど、配慮が足りなかったな。貴様ら、もっと穏やかに、精霊に愛されるような顔で掃除しろ」
ガイアスの命令に、騎士たちが「ハッ!」と一斉に表情を緩めようとしたが、鍛え抜かれた武人たちが無理に作る笑顔は、逆に何かの儀式のようで不気味だった。
「……もういいです。好きにしてください」
俺は諦めて、サイドテーブルに置いた薬草茶のカップを手に取った。
否定するエネルギーを使うこと自体が、コスパが悪い。
すると、ガイアスが俺の隣に、丸太を削って作った無骨な椅子を持ってきて座った。
彼が動くたびに、陽光に温められた革の香りと、先ほどの調理の際の香辛料の匂いがふわりと漂う。
「リィエル、お前が淹れているその茶……。少し、香りが独特だな。俺たちが知る茶葉とは違うようだが」
「ああ、これはただの雑草……じゃなくて、この近所に自生しているミントの亜種と、鎮静効果のある薬草をブレンドしたものです。前世の知識というか、まあ、仕様を最適化した結果ですね」
「……前世? また不思議な言葉を使うな。お前は時折、遠い異国の、あるいは神の領域の概念を口にする」
ガイアスの琥珀色の瞳が、好奇心に満ちて俺を見つめる。
この男は、俺が時折漏らす現代日本の用語を、何か高尚な秘術の言葉か何かだと勘違いしている節がある。
「気にしないでください。独り言のようなものですから。……飲みますか?」
「いいのか?」
意外そうに目を丸くするガイアスに、俺は予備のカップに茶を注いで差し出した。
彼の手は、俺のカップを受け取る際、指先がわずかに触れ合うほど大きい。
ごつごつとした節くれだった指。剣を握り続けてきたことが分かる、その厚み。
「……っ。熱いな。だが、驚くほど鼻に抜ける香りが心地よい」
ガイアスは慎重に茶を啜り、ふぅ、と深い息を吐き出した。
戦場や宮廷の喧騒の中にいるはずの男が、俺の拙い庭で、雑草の茶を飲んで寛いでいる。
そのギャップが、どこか現実味を欠いていて、俺は少しだけ可笑しくなった。
「ガイアスさん。あなたは、帝国で一番偉い騎士なんですよね? こんなところで油を売っていて、クビになったりしないんですか?」
「クビ? ……ああ、官職を解かれるということか。幸いなことに、今回の魔物討伐の工期……お前の言う『納期』には、まだ余裕がある。それに、部下たちの怪我を完治させることも団長たる俺の責務だ」
「理屈ですね」
「本音を言えば……。この場所は、少しばかり居心地が良すぎる」
ガイアスはそう言って、視線を森の木漏れ日へと向けた。
彼の横顔は、昨夜の悲壮感に満ちたものとは違い、どこか少年のような純粋さを帯びている。
「俺の周りにはいつも、期待か、畏怖か、あるいは打算を抱いた者しかいなかった。だがお前は、俺が騎士団長だろうが、ただの行き倒れだろうが、等しく『面倒なバグ』として扱う。それが、妙に新鮮なんだ」
「褒め言葉として受け取っておきますよ。……あ、そこの騎士。そのハーブは抜かないで。それは俺の夕食のパセリ代わりなんだから」
俺が慌てて声を上げると、ガイアスが「貴様、何を聞いていた! リィエルの食糧を荒らすな!」とすぐさま立ち上がって雷を落とす。
静かだった俺の森は、今や「ガイアスという名の大型犬」と、その飼い犬たちによる、賑やかなドッグラン状態だ。
(まあ……一人分も六人分も、食事の用意の手間は魔法を使えば大差ないしな……)
俺は、いつの間にか空になった自分のカップを見つめる。
不思議と、今まで感じていた「一人きりの静寂」よりも、この騒がしい午後の終わりの方が、時間の流れがゆっくりと感じられた。
「リィエル! この獲物の下処理、俺がやってもいいか? 昨夜のあの『燻製』の工程を、もっと詳しく学びたいんだ!」
キラキラした目で戻ってきたガイアスを、俺は半分呆れ、半分は仕方ないという気持ちで迎え入れた。
「……いいですよ。ただし、手順書通りにやってくださいね。仕様変更は認めませんから」
こうして、俺のスローライフは、元の形とは少し違う方向へと、緩やかに方向転換を始めていた。
俺は、お気に入りの木製チェアに深く腰掛け、眉間を指先で押さえた。
視線の先、俺が丹精込めて育てているハーブ園の境界線付近では、ガイアスの部下である騎士たちが、所在なさげに、しかし妙にキビキビとした動きで整列していた。
彼らは森で獲ってきたという立派な野兎や山鳥を手に、まるで戦利品を捧げる兵士のような顔をしている。
「リィエル殿! 素晴らしい環境ですな、ここは!」
「空気の精確さが違う。さすがはエルフの聖域だ……」
感嘆の声を上げる騎士たちに対し、俺はただ溜息をつく。
俺の家は、あくまで「ソロ専用」の仕様だ。大人数が入り込むような設計にはなっていない。
「リィエル、そう困った顔をするな。彼らも命を救われた恩を返したいのだ。……おい、お前たち。そこに獲物を置いたら、次はあちらの結界周辺の落ち葉を掃け。リィエル殿の庭を汚すことは許さんぞ」
ガイアスが、エプロンを外したばかりの腕を組んで指示を飛ばす。
その姿は、騎士団長というよりは、新居の主導権を握った現場監督のようだ。
「いや、落ち葉は腐葉土になるからそのままでいいんです。それに、彼らのその殺気立った立ち居振る舞いが、俺のヒーリング・プロセスを阻害しているというか……」
「殺気? ……なるほど、配慮が足りなかったな。貴様ら、もっと穏やかに、精霊に愛されるような顔で掃除しろ」
ガイアスの命令に、騎士たちが「ハッ!」と一斉に表情を緩めようとしたが、鍛え抜かれた武人たちが無理に作る笑顔は、逆に何かの儀式のようで不気味だった。
「……もういいです。好きにしてください」
俺は諦めて、サイドテーブルに置いた薬草茶のカップを手に取った。
否定するエネルギーを使うこと自体が、コスパが悪い。
すると、ガイアスが俺の隣に、丸太を削って作った無骨な椅子を持ってきて座った。
彼が動くたびに、陽光に温められた革の香りと、先ほどの調理の際の香辛料の匂いがふわりと漂う。
「リィエル、お前が淹れているその茶……。少し、香りが独特だな。俺たちが知る茶葉とは違うようだが」
「ああ、これはただの雑草……じゃなくて、この近所に自生しているミントの亜種と、鎮静効果のある薬草をブレンドしたものです。前世の知識というか、まあ、仕様を最適化した結果ですね」
「……前世? また不思議な言葉を使うな。お前は時折、遠い異国の、あるいは神の領域の概念を口にする」
ガイアスの琥珀色の瞳が、好奇心に満ちて俺を見つめる。
この男は、俺が時折漏らす現代日本の用語を、何か高尚な秘術の言葉か何かだと勘違いしている節がある。
「気にしないでください。独り言のようなものですから。……飲みますか?」
「いいのか?」
意外そうに目を丸くするガイアスに、俺は予備のカップに茶を注いで差し出した。
彼の手は、俺のカップを受け取る際、指先がわずかに触れ合うほど大きい。
ごつごつとした節くれだった指。剣を握り続けてきたことが分かる、その厚み。
「……っ。熱いな。だが、驚くほど鼻に抜ける香りが心地よい」
ガイアスは慎重に茶を啜り、ふぅ、と深い息を吐き出した。
戦場や宮廷の喧騒の中にいるはずの男が、俺の拙い庭で、雑草の茶を飲んで寛いでいる。
そのギャップが、どこか現実味を欠いていて、俺は少しだけ可笑しくなった。
「ガイアスさん。あなたは、帝国で一番偉い騎士なんですよね? こんなところで油を売っていて、クビになったりしないんですか?」
「クビ? ……ああ、官職を解かれるということか。幸いなことに、今回の魔物討伐の工期……お前の言う『納期』には、まだ余裕がある。それに、部下たちの怪我を完治させることも団長たる俺の責務だ」
「理屈ですね」
「本音を言えば……。この場所は、少しばかり居心地が良すぎる」
ガイアスはそう言って、視線を森の木漏れ日へと向けた。
彼の横顔は、昨夜の悲壮感に満ちたものとは違い、どこか少年のような純粋さを帯びている。
「俺の周りにはいつも、期待か、畏怖か、あるいは打算を抱いた者しかいなかった。だがお前は、俺が騎士団長だろうが、ただの行き倒れだろうが、等しく『面倒なバグ』として扱う。それが、妙に新鮮なんだ」
「褒め言葉として受け取っておきますよ。……あ、そこの騎士。そのハーブは抜かないで。それは俺の夕食のパセリ代わりなんだから」
俺が慌てて声を上げると、ガイアスが「貴様、何を聞いていた! リィエルの食糧を荒らすな!」とすぐさま立ち上がって雷を落とす。
静かだった俺の森は、今や「ガイアスという名の大型犬」と、その飼い犬たちによる、賑やかなドッグラン状態だ。
(まあ……一人分も六人分も、食事の用意の手間は魔法を使えば大差ないしな……)
俺は、いつの間にか空になった自分のカップを見つめる。
不思議と、今まで感じていた「一人きりの静寂」よりも、この騒がしい午後の終わりの方が、時間の流れがゆっくりと感じられた。
「リィエル! この獲物の下処理、俺がやってもいいか? 昨夜のあの『燻製』の工程を、もっと詳しく学びたいんだ!」
キラキラした目で戻ってきたガイアスを、俺は半分呆れ、半分は仕方ないという気持ちで迎え入れた。
「……いいですよ。ただし、手順書通りにやってくださいね。仕様変更は認めませんから」
こうして、俺のスローライフは、元の形とは少し違う方向へと、緩やかに方向転換を始めていた。
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