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3話
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「……いや、だから。聞こえていますか、ガイアスさん」
俺は、寝起きのボサボサな銀髪を片手で押さえながら、ログハウスのテラスから庭を見下ろした。
視線の先には、朝の清々しい空気の中で、リズミカルに薪を割り続ける巨躯がある。
パッカーン、と小気味よい音が響く。
ガイアスが振り下ろす斧は、俺が魔法で適当に切断しておいた切り株を、まるで見規ったかのように正確な二等分にしていた。しかも、その速度が異常だ。俺が魔法でやるよりは遅いが、人間業としては最高速の部類だろう。
何より目に毒なのは、その格好だ。
朝日を浴びて、うっすらと汗ばんだ分厚い胸板。鍛え上げられた腹筋が、斧を振るうたびに硬く収縮する。前世のジムの広告でもここまでの造形美はお目にかかれない。
「ああ、おはようリィエル。よく眠れたか?」
ガイアスは斧を止めると、事も無げに笑ってこちらを振り返った。
その爽やかさは、徹夜明けのデバッグ作業中に見る「進捗率100%」の文字よりも眩しい。……いや、比べる対象が間違っているな。
「よく眠れるはずがないでしょう。朝っぱらからそんな景気のいい音を立てられたら、安眠のサーバーがダウンします。そもそも、薪なら魔法で一瞬なんです。あなたの労働は、俺のシステムにおいては余剰リソースなんですよ」
俺がテラスの階段を降りていくと、ガイアスは不思議そうに眉を寄せた。
「魔法でできるのは知っている。昨日、あの傷を癒やした力を見ればな。だが、魔力というのは精神を削るものだろう? こんな雑事に高貴なエルフの魔力を使わせるわけにはいかない。力仕事は、我ら人間の領分だ」
「……はぁ。認識の相違ですね」
俺にとって魔法は、マクロを組んで実行ボタンを押す程度の認識だ。疲労などほぼない。だが、この世界の人間にとって魔法使いやエルフは「貴重で繊細なリソース」として扱われるのが一般的らしい。
ガイアスは、割り終えた薪をテラスの脇に整然と積み上げ始めた。その並べ方すら、几帳面な性格が滲み出ている。
「それより、リィエル。朝食はどうする? 部下たちには、森の外縁で獲物を狩ってくるよう命じてある。お前の口に合うかはわからんが、俺が作ろう」
「……あなたが? 騎士団長って、料理もするんですか」
「遠征先では自炊も珍しくない。もっとも、お前が昨夜食わせてくれたあの肉ほど、美味いものは作れんがな」
ガイアスは少し照れたように鼻の頭を掻いた。
その仕草が、強面な外見に似合わず少しだけ可愛らしく見えてしまった自分に、俺は心の中で毒づく。
結局、俺は彼を台所に招き入れることになった。
といっても、俺のログハウスのキッチンは「効率化の極致」だ。
火力を一定に保つ魔導コンロに、常に冷気を循環させている貯蔵庫。ガイアスはそれらを見るたびに、「ほう……」「これは便利だな……」と感心した声を漏らしている。
「勝手にやってください。俺はあっちで、コーヒー、じゃなくて薬草茶を淹れますから」
「かたじけない」
ガイアスは、俺が差し出したエプロン(俺には大きすぎて放置していたもの)を腰に巻いた。
……シュールだ。帝国最強と謳われる男が、エルフの家でエプロン姿。
だが、その手つきは意外にも慣れていた。
彼は大きな手で器用にナイフを使い、野菜を刻んでいく。
俺は離れた場所で、お湯が沸くのを待ちながらその背中を眺めていた。
前世の俺なら、こんな時間はなかった。
朝はエナジードリンクを流し込み、パンを口に詰め込みながら駅へ走る。
誰かが自分のために朝食を作ってくれる音を聞きながら、ゆっくりとハーブの香りを嗅ぐなんて、そんな贅沢なバグ、許されるはずがなかった。
「……リィエル。お前は、ずっと一人でここにいたのか?」
トントン、という包丁の音が止まり、ガイアスが背中越しに問いかけてきた。
「ええ、まあ。三年前からですね。静かなのが一番ですから」
「……寂しくはないのか? これだけの美貌と、圧倒的な魔力があれば、どこの国でも国賓として迎えられるだろうに」
「寂しい? 冗談。誰にも干渉されず、自分のペースでタスクをこなせる。これ以上の贅沢がありますか? 誰かと関わるということは、それだけ予期せぬエラーに振り回されるってことですよ」
俺がそう断言すると、ガイアスは少しだけ寂しそうな顔をして、スープを器に注いだ。
「そうか。……だが、俺はお前に出会えてよかったと思っている。昨夜、お前に救われなければ、俺たちは今頃、森の肥やしになっていた。……この恩は、薪割り程度で返せるものではないな」
彼がテーブルに置いたのは、具沢山のスープと、軽く炙った燻製肉。
見た目は素朴だが、温かな湯気が立ち上り、どこか優しい香りがした。
「……いただきます」
一口、スープを啜る。
野菜の甘みが溶け出した、滋味深い味わいだ。
「どうだ?」
期待に満ちた琥珀色の瞳が俺を覗き込む。
「……味の最適化は必要ですが、塩加減は悪くない。及第点です」
「そうか! よかった」
ガイアスは、子供のように顔を綻ばせた。
本来なら、ここで「じゃあ、ごちそうさま。さよなら」と告げるのが正解だ。
しかし、ゆっくりと体温を上げていくスープの温かさと、向かい側に座る男の存在感が、俺の「追い出しプログラム」をわずかに遅延させていた。
結局、その日の午前中、俺はガイアスに庭のハーブの植え替えを手伝わせることになった。
俺の「スローライフ」という名のプログラムに、少しずつ、ガイアスという名の新しいコードが書き加えられようとしていた。
俺は、寝起きのボサボサな銀髪を片手で押さえながら、ログハウスのテラスから庭を見下ろした。
視線の先には、朝の清々しい空気の中で、リズミカルに薪を割り続ける巨躯がある。
パッカーン、と小気味よい音が響く。
ガイアスが振り下ろす斧は、俺が魔法で適当に切断しておいた切り株を、まるで見規ったかのように正確な二等分にしていた。しかも、その速度が異常だ。俺が魔法でやるよりは遅いが、人間業としては最高速の部類だろう。
何より目に毒なのは、その格好だ。
朝日を浴びて、うっすらと汗ばんだ分厚い胸板。鍛え上げられた腹筋が、斧を振るうたびに硬く収縮する。前世のジムの広告でもここまでの造形美はお目にかかれない。
「ああ、おはようリィエル。よく眠れたか?」
ガイアスは斧を止めると、事も無げに笑ってこちらを振り返った。
その爽やかさは、徹夜明けのデバッグ作業中に見る「進捗率100%」の文字よりも眩しい。……いや、比べる対象が間違っているな。
「よく眠れるはずがないでしょう。朝っぱらからそんな景気のいい音を立てられたら、安眠のサーバーがダウンします。そもそも、薪なら魔法で一瞬なんです。あなたの労働は、俺のシステムにおいては余剰リソースなんですよ」
俺がテラスの階段を降りていくと、ガイアスは不思議そうに眉を寄せた。
「魔法でできるのは知っている。昨日、あの傷を癒やした力を見ればな。だが、魔力というのは精神を削るものだろう? こんな雑事に高貴なエルフの魔力を使わせるわけにはいかない。力仕事は、我ら人間の領分だ」
「……はぁ。認識の相違ですね」
俺にとって魔法は、マクロを組んで実行ボタンを押す程度の認識だ。疲労などほぼない。だが、この世界の人間にとって魔法使いやエルフは「貴重で繊細なリソース」として扱われるのが一般的らしい。
ガイアスは、割り終えた薪をテラスの脇に整然と積み上げ始めた。その並べ方すら、几帳面な性格が滲み出ている。
「それより、リィエル。朝食はどうする? 部下たちには、森の外縁で獲物を狩ってくるよう命じてある。お前の口に合うかはわからんが、俺が作ろう」
「……あなたが? 騎士団長って、料理もするんですか」
「遠征先では自炊も珍しくない。もっとも、お前が昨夜食わせてくれたあの肉ほど、美味いものは作れんがな」
ガイアスは少し照れたように鼻の頭を掻いた。
その仕草が、強面な外見に似合わず少しだけ可愛らしく見えてしまった自分に、俺は心の中で毒づく。
結局、俺は彼を台所に招き入れることになった。
といっても、俺のログハウスのキッチンは「効率化の極致」だ。
火力を一定に保つ魔導コンロに、常に冷気を循環させている貯蔵庫。ガイアスはそれらを見るたびに、「ほう……」「これは便利だな……」と感心した声を漏らしている。
「勝手にやってください。俺はあっちで、コーヒー、じゃなくて薬草茶を淹れますから」
「かたじけない」
ガイアスは、俺が差し出したエプロン(俺には大きすぎて放置していたもの)を腰に巻いた。
……シュールだ。帝国最強と謳われる男が、エルフの家でエプロン姿。
だが、その手つきは意外にも慣れていた。
彼は大きな手で器用にナイフを使い、野菜を刻んでいく。
俺は離れた場所で、お湯が沸くのを待ちながらその背中を眺めていた。
前世の俺なら、こんな時間はなかった。
朝はエナジードリンクを流し込み、パンを口に詰め込みながら駅へ走る。
誰かが自分のために朝食を作ってくれる音を聞きながら、ゆっくりとハーブの香りを嗅ぐなんて、そんな贅沢なバグ、許されるはずがなかった。
「……リィエル。お前は、ずっと一人でここにいたのか?」
トントン、という包丁の音が止まり、ガイアスが背中越しに問いかけてきた。
「ええ、まあ。三年前からですね。静かなのが一番ですから」
「……寂しくはないのか? これだけの美貌と、圧倒的な魔力があれば、どこの国でも国賓として迎えられるだろうに」
「寂しい? 冗談。誰にも干渉されず、自分のペースでタスクをこなせる。これ以上の贅沢がありますか? 誰かと関わるということは、それだけ予期せぬエラーに振り回されるってことですよ」
俺がそう断言すると、ガイアスは少しだけ寂しそうな顔をして、スープを器に注いだ。
「そうか。……だが、俺はお前に出会えてよかったと思っている。昨夜、お前に救われなければ、俺たちは今頃、森の肥やしになっていた。……この恩は、薪割り程度で返せるものではないな」
彼がテーブルに置いたのは、具沢山のスープと、軽く炙った燻製肉。
見た目は素朴だが、温かな湯気が立ち上り、どこか優しい香りがした。
「……いただきます」
一口、スープを啜る。
野菜の甘みが溶け出した、滋味深い味わいだ。
「どうだ?」
期待に満ちた琥珀色の瞳が俺を覗き込む。
「……味の最適化は必要ですが、塩加減は悪くない。及第点です」
「そうか! よかった」
ガイアスは、子供のように顔を綻ばせた。
本来なら、ここで「じゃあ、ごちそうさま。さよなら」と告げるのが正解だ。
しかし、ゆっくりと体温を上げていくスープの温かさと、向かい側に座る男の存在感が、俺の「追い出しプログラム」をわずかに遅延させていた。
結局、その日の午前中、俺はガイアスに庭のハーブの植え替えを手伝わせることになった。
俺の「スローライフ」という名のプログラムに、少しずつ、ガイアスという名の新しいコードが書き加えられようとしていた。
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