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2話
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「……おい、待て。お前、今何をした?」
数分後。
漆黒の鎧を纏った大男――ガイアスが、信じられないものを見るような目で俺を凝視していた。
俺の手のひらの上では、彼らの傷を癒やすための魔力回路が淡い緑色の光を放ち、静かに消えていく。
「何って……バグ取りですが。何か問題でも?」
俺は面倒くささを隠さず、淡々と答える。
俺の目の前には、致命傷に近い深手を負った騎士たちが五人。
この世界の魔法は、通常なら長い詠唱や複雑な魔法陣が必要らしいが、俺にとってはソースコードの書き換えと大差ない。
生体エネルギーの欠損箇所を特定し、周囲の魔素を最適化して流し込むだけだ。
「ヒールの多重並列処理……。しかも無詠唱、かつこの速度……。聖教会の高位司祭でも、ここまでの芸当は不可能だぞ」
「そんな大げさな。ただの最適化ですよ。重複する工程を削って、出力ラインを一本化しただけです。無駄を省けば、誰だってこれくらいできますよ」
俺がそう言って、最後の一人の傷口をパッチすると、数分前まで死に体だった騎士たちが、むくりと起き上がった。
彼らは自分の体をペタペタと触り、「傷が……消えている」「さっきまでの激痛が嘘のようだ」と口々に騒ぎ出す。
(……うるさい。デシベル数が許容範囲を超えている。これだから集団行動は嫌なんだ)
俺は耳を塞ぎたくなり、自分のログハウスへと戻ろうとした。
だが、その背後からガシッと逞しい、岩のような腕が伸びてきて、俺の細い手首を掴んだ。
「待てと言っている。……リィエル、と言ったか。お前をこのままにしてはおけない。その力、あまりにも危険すぎる」
「危険? 人助けした人間に言うセリフですか、それが」
掴まれた場所が、熱い。
ガイアスを見上げると、その琥珀色の瞳には、武人特有の鋭い警戒心と、それ以上に強い、理解不能なものへの畏怖が宿っていた。
「……あの、ガイアスさん。治療費は請求しませんから、さっさと帰ってください。俺はこれから、一日のうちで最も重要な、何もしない時間というメインプロセスに突入するんです」
「帰る? この状態でか。……見てみろ。太陽は沈み、森は魔物の時間だ。重傷者は治ったが、馬も失い、装備もボロボロだ。このまま外に出れば、また全滅する」
ガイアスの指摘は、論理的には正しい。
だが、俺の家は一人用だ。
男六人を泊めるスペースなんて、俺のライフプランには一ミリも入っていない。
「……はぁ。わかりました。ただし、立ち入り禁止区域は守ってください。それから、俺の指示には絶対服従です。ログファイルを汚されたくないんで」
「……ログ? よくわからんが、恩人に無体な真似はしない。約束しよう」
そう言ってガイアスは少しだけ表情を緩めた。
鉄面皮と言われるだけあって、その微笑みはひどく不器用で、ぎこちない。だが、造形が整いすぎているせいで、妙に破壊力がある。
(顔がいい男は、交渉においてバフがかかりすぎてて困る……。いや、惑わされるな俺。こいつはタダの重い外部要因だ)
---
俺は彼らを庭の東屋に案内した。
とはいえ、ただ寝かせるのも忍びない。夜は冷えるし、腹が減っていては明日の退去も遅れる。それはすなわち、俺の自由時間が削られることを意味する。
「効率的に、かつ手短に済ませるか」
俺は指を鳴らし、庭の隅にある魔導回路を起動させた。
地面から温かな熱が立ち上がり、石畳が床暖房のように温まる。
さらに、全自動燻製器から、仕込んでおいた保存食を取り出した。
「おい、その箱は何だ? 勝手に煙が出ているが……魔道具か?」
ガイアスが、大きな猫のように不思議そうに覗き込んでくる。
「ただの自動化された調理器具です。魔力を一定周期でパルス状に送り込めば、温度管理は完璧ですから。はい、これ。試供品です」
俺は、乾燥させた魔獣の肉を特製のスパイスで漬け込み、燻製にしたものを差し出した。
ガイアスは戸惑いながらも、それを口に運ぶ。
「…………っ!!」
「どうしました? 毒は入ってませんよ。デバッグ済みです」
「……うまい。なんだこれは。塩気が絶妙で、肉の旨味が極限まで引き出されている。……帝都の高級レストランや、騎士団の遠征食とは、天と地ほどの差だ」
ガイアスは驚いたように、次々と肉を口に運び始めた。
他の騎士たちにも配ると、彼らは「これまでの人生で食べた中で一番うまい!」「このエルフ様、女神じゃないのか?」と涙を流して喜び始めた。
(……男だっつーの。単に温度センサー代わりの魔法で徹底管理しただけなんだけどな)
どうやらこの世界の食文化は、俺の想像以上に非効率で大雑把らしい。
現代日本の調理理論と、エルフの精密な魔力制御。
この掛け合わせは、この世界の人間にしてみれば神の奇跡に見えるのだということを、俺はこの時まだ甘く見積もっていた。
食後、温まった石畳の上で、騎士たちが満足げに寝息を立て始める。
ガイアスだけが、月明かりの下で俺をじっと見つめていた。
「リィエル。お前は、本当にただのエルフなのか? その知識、その魔法……。お前がその気になれば、国の一つや二つ、簡単に動かせるだろうに」
「あ、スカウトならお断りです。俺、もう働くのは飽きたので。静かに、ゆっくり、誰にも邪魔されずに寝たいだけなんですよ」
俺はガイアスの言葉を遮り、ログハウスの扉を閉めた。
扉の向こう側で、ガイアスが何かを呟いた気がしたが、俺はそれを無視してふかふかのベッドに飛び込んだ。
(明日の朝、彼らが目覚める頃には、俺はまだ寝ている。勝手に出ていってくれれば、それで平和な日常に戻れる……)
しかし、俺の計算は、一つの大きな変数を読み飛ばしていた。
それは、ガイアスという男の、異常なまでの責任感と、一度決めたらターゲットを離さない執拗さという致命的なバグだった。
翌朝。
小鳥のさえずりで目を覚ました俺が、窓の外を見て最初に目にしたのは――。
上半身裸で、俺の家の薪割りを完璧なフォームでこなしている、筋肉隆々の騎士団長の姿だった。
「……何してるんですか?」
「おはよう、リィエル。恩を返さずに去るのは、騎士の道に反する。……お前の生活を支えるリソースとやらを、俺が提供しよう。今日から、この森の整備を手伝わせてもらう」
ガイアスは爽やかな汗を拭い、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせてそう言った。
(……帰れよ。マジで。お前の存在自体が、俺の平穏に対する最大級のバグなんだよ……!)
俺の完全定時退勤への道は、どうやら初手から大きく躓いてしまったらしい。
数分後。
漆黒の鎧を纏った大男――ガイアスが、信じられないものを見るような目で俺を凝視していた。
俺の手のひらの上では、彼らの傷を癒やすための魔力回路が淡い緑色の光を放ち、静かに消えていく。
「何って……バグ取りですが。何か問題でも?」
俺は面倒くささを隠さず、淡々と答える。
俺の目の前には、致命傷に近い深手を負った騎士たちが五人。
この世界の魔法は、通常なら長い詠唱や複雑な魔法陣が必要らしいが、俺にとってはソースコードの書き換えと大差ない。
生体エネルギーの欠損箇所を特定し、周囲の魔素を最適化して流し込むだけだ。
「ヒールの多重並列処理……。しかも無詠唱、かつこの速度……。聖教会の高位司祭でも、ここまでの芸当は不可能だぞ」
「そんな大げさな。ただの最適化ですよ。重複する工程を削って、出力ラインを一本化しただけです。無駄を省けば、誰だってこれくらいできますよ」
俺がそう言って、最後の一人の傷口をパッチすると、数分前まで死に体だった騎士たちが、むくりと起き上がった。
彼らは自分の体をペタペタと触り、「傷が……消えている」「さっきまでの激痛が嘘のようだ」と口々に騒ぎ出す。
(……うるさい。デシベル数が許容範囲を超えている。これだから集団行動は嫌なんだ)
俺は耳を塞ぎたくなり、自分のログハウスへと戻ろうとした。
だが、その背後からガシッと逞しい、岩のような腕が伸びてきて、俺の細い手首を掴んだ。
「待てと言っている。……リィエル、と言ったか。お前をこのままにしてはおけない。その力、あまりにも危険すぎる」
「危険? 人助けした人間に言うセリフですか、それが」
掴まれた場所が、熱い。
ガイアスを見上げると、その琥珀色の瞳には、武人特有の鋭い警戒心と、それ以上に強い、理解不能なものへの畏怖が宿っていた。
「……あの、ガイアスさん。治療費は請求しませんから、さっさと帰ってください。俺はこれから、一日のうちで最も重要な、何もしない時間というメインプロセスに突入するんです」
「帰る? この状態でか。……見てみろ。太陽は沈み、森は魔物の時間だ。重傷者は治ったが、馬も失い、装備もボロボロだ。このまま外に出れば、また全滅する」
ガイアスの指摘は、論理的には正しい。
だが、俺の家は一人用だ。
男六人を泊めるスペースなんて、俺のライフプランには一ミリも入っていない。
「……はぁ。わかりました。ただし、立ち入り禁止区域は守ってください。それから、俺の指示には絶対服従です。ログファイルを汚されたくないんで」
「……ログ? よくわからんが、恩人に無体な真似はしない。約束しよう」
そう言ってガイアスは少しだけ表情を緩めた。
鉄面皮と言われるだけあって、その微笑みはひどく不器用で、ぎこちない。だが、造形が整いすぎているせいで、妙に破壊力がある。
(顔がいい男は、交渉においてバフがかかりすぎてて困る……。いや、惑わされるな俺。こいつはタダの重い外部要因だ)
---
俺は彼らを庭の東屋に案内した。
とはいえ、ただ寝かせるのも忍びない。夜は冷えるし、腹が減っていては明日の退去も遅れる。それはすなわち、俺の自由時間が削られることを意味する。
「効率的に、かつ手短に済ませるか」
俺は指を鳴らし、庭の隅にある魔導回路を起動させた。
地面から温かな熱が立ち上がり、石畳が床暖房のように温まる。
さらに、全自動燻製器から、仕込んでおいた保存食を取り出した。
「おい、その箱は何だ? 勝手に煙が出ているが……魔道具か?」
ガイアスが、大きな猫のように不思議そうに覗き込んでくる。
「ただの自動化された調理器具です。魔力を一定周期でパルス状に送り込めば、温度管理は完璧ですから。はい、これ。試供品です」
俺は、乾燥させた魔獣の肉を特製のスパイスで漬け込み、燻製にしたものを差し出した。
ガイアスは戸惑いながらも、それを口に運ぶ。
「…………っ!!」
「どうしました? 毒は入ってませんよ。デバッグ済みです」
「……うまい。なんだこれは。塩気が絶妙で、肉の旨味が極限まで引き出されている。……帝都の高級レストランや、騎士団の遠征食とは、天と地ほどの差だ」
ガイアスは驚いたように、次々と肉を口に運び始めた。
他の騎士たちにも配ると、彼らは「これまでの人生で食べた中で一番うまい!」「このエルフ様、女神じゃないのか?」と涙を流して喜び始めた。
(……男だっつーの。単に温度センサー代わりの魔法で徹底管理しただけなんだけどな)
どうやらこの世界の食文化は、俺の想像以上に非効率で大雑把らしい。
現代日本の調理理論と、エルフの精密な魔力制御。
この掛け合わせは、この世界の人間にしてみれば神の奇跡に見えるのだということを、俺はこの時まだ甘く見積もっていた。
食後、温まった石畳の上で、騎士たちが満足げに寝息を立て始める。
ガイアスだけが、月明かりの下で俺をじっと見つめていた。
「リィエル。お前は、本当にただのエルフなのか? その知識、その魔法……。お前がその気になれば、国の一つや二つ、簡単に動かせるだろうに」
「あ、スカウトならお断りです。俺、もう働くのは飽きたので。静かに、ゆっくり、誰にも邪魔されずに寝たいだけなんですよ」
俺はガイアスの言葉を遮り、ログハウスの扉を閉めた。
扉の向こう側で、ガイアスが何かを呟いた気がしたが、俺はそれを無視してふかふかのベッドに飛び込んだ。
(明日の朝、彼らが目覚める頃には、俺はまだ寝ている。勝手に出ていってくれれば、それで平和な日常に戻れる……)
しかし、俺の計算は、一つの大きな変数を読み飛ばしていた。
それは、ガイアスという男の、異常なまでの責任感と、一度決めたらターゲットを離さない執拗さという致命的なバグだった。
翌朝。
小鳥のさえずりで目を覚ました俺が、窓の外を見て最初に目にしたのは――。
上半身裸で、俺の家の薪割りを完璧なフォームでこなしている、筋肉隆々の騎士団長の姿だった。
「……何してるんですか?」
「おはよう、リィエル。恩を返さずに去るのは、騎士の道に反する。……お前の生活を支えるリソースとやらを、俺が提供しよう。今日から、この森の整備を手伝わせてもらう」
ガイアスは爽やかな汗を拭い、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせてそう言った。
(……帰れよ。マジで。お前の存在自体が、俺の平穏に対する最大級のバグなんだよ……!)
俺の完全定時退勤への道は、どうやら初手から大きく躓いてしまったらしい。
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