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5話
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「リィエル殿。折り入って、ご相談があるのですが」
午後の穏やかな陽光が差し込むテラス。
先ほどまで庭の草むしりに精を出していた若手の騎士――名前は確かカイルと言ったか――が、緊張した面持ちで俺の前に膝をついた。
俺は、読みかけの魔導書を膝の上で閉じ、薄い青色の瞳を向けた。
嫌な予感がする。
この「神妙な面持ち」は、前世で言えば上司が会議室に呼び出してくるときの、あの「来期のプロジェクトなんだが」という前振りに酷似している。
「……相談、ですか。もし『もっと美味しい肉を食べたい』なら、あちらのガイアスさんに言ってください。彼はもう、燻製の火加減に関しては俺より熱心ですから」
視線を向ければ、庭の隅で温度計代わりの魔法具を凝視している騎士団長の背中が見える。
帝国最強の騎士が、肉の乾燥具合に命を懸けている姿は、もはやこの家の日常風景になりつつあった。
「いえ、そうではなく……。あなたのその、計り知れない魔力と知識についてです」
カイルは、熱を帯びた瞳で俺を見上げた。
「昨日、我々の傷を癒やしたあの術……。そして、この森の過酷な環境を完璧に管理されている叡智。……リィエル殿、もしあなたが王都へお越しいただければ、どれほど多くの民が救われることか。陛下もきっと、あなたを最大級の待遇で迎え入れるはずです」
出た。スカウトだ。
最も懸念していたエラーが発生した。
俺は、カップに残った冷めた茶を飲み干し、ゆっくりと首を振った。
「カイルさん。……お断りします」
「し、しかし! あなたのような御方が、このような人里離れた森で、たった一人で埋もれているのは、国にとって大きな損失なのです!」
「損失、ですか。それはあくまで『国』というシステムの都合でしょう?」
俺は椅子に深く背をもたれ、森の木々を見渡した。
「俺にとっての『最大級の待遇』とは、誰からも干渉されず、好きな時間に起き、好きなだけ研究し、納期に追われることなく眠ることなんです。王都へ行けば、俺の魔力は公共のインフラとして利用され、朝から晩まで『救済』という名のオーバーワークを強いられる。……違いますか?」
「それは……その……。多少の公務はお願いすることになるかもしれませんが……」
「多少、で済むはずがない。一度『できる』と分かれば、要求は雪だるま式に膨れ上がる。それが組織というものの、避けられないバグなんです」
カイルは、俺の冷徹なまでの自己防衛論理に、言葉を失ったように口を噤んだ。
前世で幾多の炎上案件を経験してきた俺にとって、「やりがい」という言葉は、安月給で労働を搾取するための甘い毒薬に過ぎない。
そこへ、薪を抱えたガイアスが歩み寄ってきた。
彼はカイルを軽く睨みつけ、鼻を鳴らした。
「カイル、よせ。リィエルを困らせるなと言ったはずだ」
「し、しかし団長! リィエル殿のような御方がいれば、帝国騎士団の生存率は劇的に上がり、ひいては帝国の平和が……」
「それは俺たちの仕事だ。リィエルに背負わせるものではない」
ガイアスは薪をドサリと置き、俺の隣に腰を下ろした。
彼の体温が、秋の気配を含んだ風に混じって伝わってくる。
「……リィエル。部下が無粋な真似をしてすまない。だが、王都が快適な場所だということだけは、事実なんだ。お前がもし、この生活に飽きたなら……その時は、俺が責任を持って、お前が誰にも邪魔されない最高の寝床を王都に用意させよう」
「ガイアスさん。……寝床くらい、自分で作れますよ。ここみたいに」
「そうだな。お前は、何でも一人で完結させてしまうからな」
ガイアスは、どこか寂しげに笑った。
その顔は、まるで「自分もリィエルのシステムには不要な要素ではないか」と危惧しているかのようで。
俺は、少しだけ居心地が悪くなって、視線を逸らした。
確かに、俺は一人で生きていける。
けれど、彼が来てから、庭の薪はいつも山積みで、重い水瓶を運ぶ手間もなくなり、朝食の準備を自分ですることもなくなった。
(……効率という点では、ガイアスという『外部プラグイン』の導入は、成功と言わざるを得ないんだよな)
「……まあ、カイルさんの提案は却下ですが、皆さんがここにいる間は、適当に便利グッズの使い方くらいは教えてあげますよ。王都に帰った後、自分たちで運用できるように」
俺がそう言うと、カイルはパッと顔を輝かせ、ガイアスもまた、驚いたように目を見開いた。
「それは……俺たちに、お前の『魔導の叡智』を伝授してくれるということか?」
「そんな高尚なものじゃありません。……ただの、効率的な暮らしのライフハックです」
俺は立ち上がり、キッチンの奥から「実験中だった改良型・火起こし石」を取り出した。
午後。
俺の庭では、帝国最強の騎士たちが、俺のレクチャーを受けながら「いかに無駄な魔力を使わずに、最適な火力でお湯を沸かすか」に真剣に取り組んでいた。
その様子を眺めながら、俺はふと思った。
この男たちが王都へ帰る時、俺の静寂は戻ってくる。
それは本来の「仕様」通りなのだが、今の俺の胸の奥には、ほんのわずかな未定義の感情が、キャッシュデータのように残っている気がした。
午後の穏やかな陽光が差し込むテラス。
先ほどまで庭の草むしりに精を出していた若手の騎士――名前は確かカイルと言ったか――が、緊張した面持ちで俺の前に膝をついた。
俺は、読みかけの魔導書を膝の上で閉じ、薄い青色の瞳を向けた。
嫌な予感がする。
この「神妙な面持ち」は、前世で言えば上司が会議室に呼び出してくるときの、あの「来期のプロジェクトなんだが」という前振りに酷似している。
「……相談、ですか。もし『もっと美味しい肉を食べたい』なら、あちらのガイアスさんに言ってください。彼はもう、燻製の火加減に関しては俺より熱心ですから」
視線を向ければ、庭の隅で温度計代わりの魔法具を凝視している騎士団長の背中が見える。
帝国最強の騎士が、肉の乾燥具合に命を懸けている姿は、もはやこの家の日常風景になりつつあった。
「いえ、そうではなく……。あなたのその、計り知れない魔力と知識についてです」
カイルは、熱を帯びた瞳で俺を見上げた。
「昨日、我々の傷を癒やしたあの術……。そして、この森の過酷な環境を完璧に管理されている叡智。……リィエル殿、もしあなたが王都へお越しいただければ、どれほど多くの民が救われることか。陛下もきっと、あなたを最大級の待遇で迎え入れるはずです」
出た。スカウトだ。
最も懸念していたエラーが発生した。
俺は、カップに残った冷めた茶を飲み干し、ゆっくりと首を振った。
「カイルさん。……お断りします」
「し、しかし! あなたのような御方が、このような人里離れた森で、たった一人で埋もれているのは、国にとって大きな損失なのです!」
「損失、ですか。それはあくまで『国』というシステムの都合でしょう?」
俺は椅子に深く背をもたれ、森の木々を見渡した。
「俺にとっての『最大級の待遇』とは、誰からも干渉されず、好きな時間に起き、好きなだけ研究し、納期に追われることなく眠ることなんです。王都へ行けば、俺の魔力は公共のインフラとして利用され、朝から晩まで『救済』という名のオーバーワークを強いられる。……違いますか?」
「それは……その……。多少の公務はお願いすることになるかもしれませんが……」
「多少、で済むはずがない。一度『できる』と分かれば、要求は雪だるま式に膨れ上がる。それが組織というものの、避けられないバグなんです」
カイルは、俺の冷徹なまでの自己防衛論理に、言葉を失ったように口を噤んだ。
前世で幾多の炎上案件を経験してきた俺にとって、「やりがい」という言葉は、安月給で労働を搾取するための甘い毒薬に過ぎない。
そこへ、薪を抱えたガイアスが歩み寄ってきた。
彼はカイルを軽く睨みつけ、鼻を鳴らした。
「カイル、よせ。リィエルを困らせるなと言ったはずだ」
「し、しかし団長! リィエル殿のような御方がいれば、帝国騎士団の生存率は劇的に上がり、ひいては帝国の平和が……」
「それは俺たちの仕事だ。リィエルに背負わせるものではない」
ガイアスは薪をドサリと置き、俺の隣に腰を下ろした。
彼の体温が、秋の気配を含んだ風に混じって伝わってくる。
「……リィエル。部下が無粋な真似をしてすまない。だが、王都が快適な場所だということだけは、事実なんだ。お前がもし、この生活に飽きたなら……その時は、俺が責任を持って、お前が誰にも邪魔されない最高の寝床を王都に用意させよう」
「ガイアスさん。……寝床くらい、自分で作れますよ。ここみたいに」
「そうだな。お前は、何でも一人で完結させてしまうからな」
ガイアスは、どこか寂しげに笑った。
その顔は、まるで「自分もリィエルのシステムには不要な要素ではないか」と危惧しているかのようで。
俺は、少しだけ居心地が悪くなって、視線を逸らした。
確かに、俺は一人で生きていける。
けれど、彼が来てから、庭の薪はいつも山積みで、重い水瓶を運ぶ手間もなくなり、朝食の準備を自分ですることもなくなった。
(……効率という点では、ガイアスという『外部プラグイン』の導入は、成功と言わざるを得ないんだよな)
「……まあ、カイルさんの提案は却下ですが、皆さんがここにいる間は、適当に便利グッズの使い方くらいは教えてあげますよ。王都に帰った後、自分たちで運用できるように」
俺がそう言うと、カイルはパッと顔を輝かせ、ガイアスもまた、驚いたように目を見開いた。
「それは……俺たちに、お前の『魔導の叡智』を伝授してくれるということか?」
「そんな高尚なものじゃありません。……ただの、効率的な暮らしのライフハックです」
俺は立ち上がり、キッチンの奥から「実験中だった改良型・火起こし石」を取り出した。
午後。
俺の庭では、帝国最強の騎士たちが、俺のレクチャーを受けながら「いかに無駄な魔力を使わずに、最適な火力でお湯を沸かすか」に真剣に取り組んでいた。
その様子を眺めながら、俺はふと思った。
この男たちが王都へ帰る時、俺の静寂は戻ってくる。
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