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11話
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書斎の整理が一段落する頃、窓の外は燃えるような茜色に染まっていた。
森の木々が長い影を落とし、昼間の熱気がふわりと夜の冷気に取って代わられていく。
「ふぅ……。壮観ですね。俺一人でやっていたら、あと三日はかかっていた作業量です」
俺は椅子から立ち上がり、大きく伸びをした。
整然と並んだ本棚や、インデックスごとに分類された標本瓶。ガイアスの手によって再構築された書斎は、まるで新築のオフィスのような清涼感に包まれている。
「喜んでもらえたなら何よりだ。お前が使いやすいのが一番だからな」
ガイアスは額の汗を拭い、満足げに部屋を見渡した。
彼の大きな体は、この狭い書斎にはやはり少し不釣り合いだったが、その存在があることで、部屋全体が不思議と温かみを帯びているように感じられた。
「きゅう、きゅう!」
ふいに、足元でシロが騒がしく鳴き声を上げた。
見れば、シロは開いたままのテラスの扉の外を向き、短い尻尾をプロペラのように振り回している。
「どうした、シロ。夕食の時間にはまだ少し早いぞ」
「何か見つけたようだな。……行ってみよう、リィエル」
俺たちはシロに導かれるように、薄暗くなり始めた庭へと出た。
シロは迷いのない足取りで庭の奥、俺が結界の強度を維持するために魔力を溜めている大樹の根元へと走っていく。そして、ふかふかの苔の中に顔を突っ込み、何かを一生懸命に掘り出し始めた。
「こら、そこは魔力の回路が集中している場所だぞ。掘り返すとシステムのバランスが……」
俺が注意しようとした瞬間、シロが誇らしげに顔を上げた。
その口に咥えられていたのは、夕闇の中で淡い七色の光を放つ、親指ほどの大きさの小石だった。
「……それは、虹光石か?」
ガイアスが驚いたように声を漏らす。
「虹光石……? ああ、極稀に高密度の魔力が地中で結晶化したものですね。資料では見たことがありますが、実物は初めて見ました。この森の魔力濃度なら、生成されても不思議ではありませんが」
シロは俺の足元まで駆けてくると、ポトリとその石を俺の靴の上に置いた。
そして、「これはお前にやる」と言わんばかりの得意顔で、胸を張って鳴いた。
「きゅう!」
「……俺に? ありがとう、シロ。これは貴重なマジックアイテムの素材になりますよ。出力の安定化に役立ちそうです」
俺がその石を拾い上げ、指先で魔力を通すと、石はさらに強く輝き、俺の手のひらを心地よい熱で満たした。
その様子を隣で見ていたガイアスが、ふっと柔らかく目を細めた。
「シロもお前に恩を返したかったのかもしれないな。……リィエル、その石、何かに加工するつもりか?」
「ええ、そのまま持っておくよりは、何かしらのデバイス……いえ、道具に組み込んだ方が効率的ですから」
「ならば、一つ提案がある。その石を、お前の杖か、あるいは常に身につけるものに仕立ててはどうだ? お前は自分の身を守ることに無頓着すぎる。俺がいない間、お前を守る小さな盾になるようなものが必要だ」
ガイアスはそう言うと、俺の持つ虹光石をそっと指先でなぞった。
彼の指先から伝わる体温と、石が放つ魔力の拍動が混ざり合い、俺の胸の中に不思議なざわめきを呼び起こす。
「……盾、ですか。俺にはこの結界がありますよ。物理的な防御はそれで十分です」
「結界は場所を守るものだ。俺が言っているのは、お前自身のことだ。……お前が一人でいる時も、災いから遠ざかっていてほしい。それが俺の……薪割りの相棒としての、切実な願いだな」
ガイアスの言葉には、一切の裏がなかった。
ただ純粋に、俺の安寧を願う響き。
前世の俺なら、「無駄なコストだ」と一蹴していただろう。だが今の俺は、その言葉を拒絶する論理を見つけられなかった。
「……わかりました。検討しておきます。……さあ、そろそろ中に入りましょう。冷えてきましたし、夕食の準備をしないと。あなたが持ってきた特別な塩、試してみたいですから」
「ああ、腕によりをかけよう。今日はスープにあの塩を使ってみる」
俺たちは、七色に輝く石を大切に握りしめ、灯りの灯ったログハウスへと戻った。
シロが先陣を切って走り込み、ガイアスがその後に続く。
俺は最後にもう一度、静まり返った夜の森を振り返った。
かつての静寂は、もうどこにもない。
けれど、今の俺を包んでいるのは、以前よりもずっと深く、確かな充足感だった。
森の木々が長い影を落とし、昼間の熱気がふわりと夜の冷気に取って代わられていく。
「ふぅ……。壮観ですね。俺一人でやっていたら、あと三日はかかっていた作業量です」
俺は椅子から立ち上がり、大きく伸びをした。
整然と並んだ本棚や、インデックスごとに分類された標本瓶。ガイアスの手によって再構築された書斎は、まるで新築のオフィスのような清涼感に包まれている。
「喜んでもらえたなら何よりだ。お前が使いやすいのが一番だからな」
ガイアスは額の汗を拭い、満足げに部屋を見渡した。
彼の大きな体は、この狭い書斎にはやはり少し不釣り合いだったが、その存在があることで、部屋全体が不思議と温かみを帯びているように感じられた。
「きゅう、きゅう!」
ふいに、足元でシロが騒がしく鳴き声を上げた。
見れば、シロは開いたままのテラスの扉の外を向き、短い尻尾をプロペラのように振り回している。
「どうした、シロ。夕食の時間にはまだ少し早いぞ」
「何か見つけたようだな。……行ってみよう、リィエル」
俺たちはシロに導かれるように、薄暗くなり始めた庭へと出た。
シロは迷いのない足取りで庭の奥、俺が結界の強度を維持するために魔力を溜めている大樹の根元へと走っていく。そして、ふかふかの苔の中に顔を突っ込み、何かを一生懸命に掘り出し始めた。
「こら、そこは魔力の回路が集中している場所だぞ。掘り返すとシステムのバランスが……」
俺が注意しようとした瞬間、シロが誇らしげに顔を上げた。
その口に咥えられていたのは、夕闇の中で淡い七色の光を放つ、親指ほどの大きさの小石だった。
「……それは、虹光石か?」
ガイアスが驚いたように声を漏らす。
「虹光石……? ああ、極稀に高密度の魔力が地中で結晶化したものですね。資料では見たことがありますが、実物は初めて見ました。この森の魔力濃度なら、生成されても不思議ではありませんが」
シロは俺の足元まで駆けてくると、ポトリとその石を俺の靴の上に置いた。
そして、「これはお前にやる」と言わんばかりの得意顔で、胸を張って鳴いた。
「きゅう!」
「……俺に? ありがとう、シロ。これは貴重なマジックアイテムの素材になりますよ。出力の安定化に役立ちそうです」
俺がその石を拾い上げ、指先で魔力を通すと、石はさらに強く輝き、俺の手のひらを心地よい熱で満たした。
その様子を隣で見ていたガイアスが、ふっと柔らかく目を細めた。
「シロもお前に恩を返したかったのかもしれないな。……リィエル、その石、何かに加工するつもりか?」
「ええ、そのまま持っておくよりは、何かしらのデバイス……いえ、道具に組み込んだ方が効率的ですから」
「ならば、一つ提案がある。その石を、お前の杖か、あるいは常に身につけるものに仕立ててはどうだ? お前は自分の身を守ることに無頓着すぎる。俺がいない間、お前を守る小さな盾になるようなものが必要だ」
ガイアスはそう言うと、俺の持つ虹光石をそっと指先でなぞった。
彼の指先から伝わる体温と、石が放つ魔力の拍動が混ざり合い、俺の胸の中に不思議なざわめきを呼び起こす。
「……盾、ですか。俺にはこの結界がありますよ。物理的な防御はそれで十分です」
「結界は場所を守るものだ。俺が言っているのは、お前自身のことだ。……お前が一人でいる時も、災いから遠ざかっていてほしい。それが俺の……薪割りの相棒としての、切実な願いだな」
ガイアスの言葉には、一切の裏がなかった。
ただ純粋に、俺の安寧を願う響き。
前世の俺なら、「無駄なコストだ」と一蹴していただろう。だが今の俺は、その言葉を拒絶する論理を見つけられなかった。
「……わかりました。検討しておきます。……さあ、そろそろ中に入りましょう。冷えてきましたし、夕食の準備をしないと。あなたが持ってきた特別な塩、試してみたいですから」
「ああ、腕によりをかけよう。今日はスープにあの塩を使ってみる」
俺たちは、七色に輝く石を大切に握りしめ、灯りの灯ったログハウスへと戻った。
シロが先陣を切って走り込み、ガイアスがその後に続く。
俺は最後にもう一度、静まり返った夜の森を振り返った。
かつての静寂は、もうどこにもない。
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