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12話
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夕食を終えた後のリビングは、暖炉の薪がはぜる音だけが響く穏やかな空間に包まれていた。
テーブルの上には、先ほどシロが庭で見つけてきた虹光石が置かれ、ランプの灯りを反射して淡い七色の影を木目になぞっている。
「さて。石をただ持っておくのはリソースの無駄ですが……これをどう定着させるかですね」
俺は一枚の羊皮紙を広げ、羽ペンをインクに浸した。
エルフの魔力は精密だ。石の内部構造をスキャンするように観察し、魔力の流路を最適化するための回路図を描き込んでいく。前世の基板設計を思い出す作業だが、今は納期に追われる焦燥感はない。
「リィエル、その描き込み……。複雑すぎて俺には迷宮の地図に見えるが、お前の中では完成形が見えているのか?」
隣に座ったガイアスが、身を乗り出して俺の手元を覗き込んできた。
彼の肩が俺の肩に触れ、上着越しに温かな体温が伝わってくる。
「ええ。この石は高密度の魔力を保持していますが、出力が不安定なのが欠点です。ですから、この幾何学模様……回路を通じて、少しずつ、一定のレートで魔力を放出させる仕組みにします」
「なるほど、お前の考えは常に理にかなっているな。……して、その石を嵌め込むための台座だが。俺に作らせてくれないか?」
ガイアスがそう言って、腰のポーチから小さな革袋を取り出した。中から出てきたのは、何種類かの細かな金属加工用の道具だった。
「あなたが……ですか? 騎士団長は鍛冶の真似事もするんですか」
「騎士は自分の武具を自分で手入れするのが基本だ。特に細かい金具の調整などは、他人に任せるより自分で行う方が、戦場での信頼に繋がるからな」
ガイアスは俺の描いた図面の端に、無骨だが力強い筆致で台座のラフスケッチを描き加えた。
それは、リィエルの指に合わせた細身の指輪のようでもあり、あるいは首から下げるペンダントのようでもあった。
「お前は常に手を使っている。指輪では作業の邪魔になるだろう。……これならどうだ?」
彼が描いたのは、虹光石を銀の細工で包み込み、胸元で固定するシンプルなペンダントの形状だった。
だが、その装飾はどこかエルフの伝統的な紋様を思わせる、洗練された曲線を描いている。
「……意外ですね。もっと無骨なものを作ると思っていました」
「これでも、お前の繊細な美意識に合わせようと努力している最中だ」
ガイアスは悪戯っぽく笑うと、机の端で銀の地金を取り出し、加工を始めた。
彼の大きな手は、戦場で剣を振るうためのものだと思っていたが、小さなタガネを操る動作は驚くほど繊細だった。力を入れるべき場所と、抜くべき場所を完璧に把握している。
カン、カン、という小さな金属音が、規則正しいリズムで刻まれる。
「きゅう……」
足元のクッションでは、シロがそのリズムを子守唄代わりに、深い眠りに落ちていた。
俺はペンを置き、しばらくの間、ガイアスの横顔を眺めていた。
集中するとわずかに寄る眉間、銀の地金を見つめる琥珀色の瞳。
この男は、俺のために、自分の持つ技術を惜しみなく注ぎ込んでいる。
そこには打算も、王都への勧誘という下心も見当たらない。
(……この感覚、以前の俺のロジックには存在しなかったものだ)
誰かと共同で何かを作り上げる。
前世のプロジェクトチームのような利害関係ではなく、ただ「相手が安全であるように」という願いを込めた作業。
「リィエル、どうした? インクが乾いているぞ」
ガイアスが顔を上げ、不思議そうに俺を見た。
「……いえ、何でもありません。回路の最終チェックをしていただけです。ガイアスさんのその台座、この回路を彫り込むスペースをあと一ミリだけ広げられますか?」
「ああ、お前の注文通りに調整しよう。……お前の魔力と、俺の細工が合わさるのだ。きっと最高傑作になるな」
ガイアスは嬉しそうに頷き、再び作業に戻った。
夜が更けていく。
外の風は冷たさを増しているはずなのに、このリビングを満たしているのは、どんな魔導暖房よりも確かな熱量だった。
俺は、書きかけの図面を少しだけ修正し、彼が作り出す銀の輝きを見守り続けた。
テーブルの上には、先ほどシロが庭で見つけてきた虹光石が置かれ、ランプの灯りを反射して淡い七色の影を木目になぞっている。
「さて。石をただ持っておくのはリソースの無駄ですが……これをどう定着させるかですね」
俺は一枚の羊皮紙を広げ、羽ペンをインクに浸した。
エルフの魔力は精密だ。石の内部構造をスキャンするように観察し、魔力の流路を最適化するための回路図を描き込んでいく。前世の基板設計を思い出す作業だが、今は納期に追われる焦燥感はない。
「リィエル、その描き込み……。複雑すぎて俺には迷宮の地図に見えるが、お前の中では完成形が見えているのか?」
隣に座ったガイアスが、身を乗り出して俺の手元を覗き込んできた。
彼の肩が俺の肩に触れ、上着越しに温かな体温が伝わってくる。
「ええ。この石は高密度の魔力を保持していますが、出力が不安定なのが欠点です。ですから、この幾何学模様……回路を通じて、少しずつ、一定のレートで魔力を放出させる仕組みにします」
「なるほど、お前の考えは常に理にかなっているな。……して、その石を嵌め込むための台座だが。俺に作らせてくれないか?」
ガイアスがそう言って、腰のポーチから小さな革袋を取り出した。中から出てきたのは、何種類かの細かな金属加工用の道具だった。
「あなたが……ですか? 騎士団長は鍛冶の真似事もするんですか」
「騎士は自分の武具を自分で手入れするのが基本だ。特に細かい金具の調整などは、他人に任せるより自分で行う方が、戦場での信頼に繋がるからな」
ガイアスは俺の描いた図面の端に、無骨だが力強い筆致で台座のラフスケッチを描き加えた。
それは、リィエルの指に合わせた細身の指輪のようでもあり、あるいは首から下げるペンダントのようでもあった。
「お前は常に手を使っている。指輪では作業の邪魔になるだろう。……これならどうだ?」
彼が描いたのは、虹光石を銀の細工で包み込み、胸元で固定するシンプルなペンダントの形状だった。
だが、その装飾はどこかエルフの伝統的な紋様を思わせる、洗練された曲線を描いている。
「……意外ですね。もっと無骨なものを作ると思っていました」
「これでも、お前の繊細な美意識に合わせようと努力している最中だ」
ガイアスは悪戯っぽく笑うと、机の端で銀の地金を取り出し、加工を始めた。
彼の大きな手は、戦場で剣を振るうためのものだと思っていたが、小さなタガネを操る動作は驚くほど繊細だった。力を入れるべき場所と、抜くべき場所を完璧に把握している。
カン、カン、という小さな金属音が、規則正しいリズムで刻まれる。
「きゅう……」
足元のクッションでは、シロがそのリズムを子守唄代わりに、深い眠りに落ちていた。
俺はペンを置き、しばらくの間、ガイアスの横顔を眺めていた。
集中するとわずかに寄る眉間、銀の地金を見つめる琥珀色の瞳。
この男は、俺のために、自分の持つ技術を惜しみなく注ぎ込んでいる。
そこには打算も、王都への勧誘という下心も見当たらない。
(……この感覚、以前の俺のロジックには存在しなかったものだ)
誰かと共同で何かを作り上げる。
前世のプロジェクトチームのような利害関係ではなく、ただ「相手が安全であるように」という願いを込めた作業。
「リィエル、どうした? インクが乾いているぞ」
ガイアスが顔を上げ、不思議そうに俺を見た。
「……いえ、何でもありません。回路の最終チェックをしていただけです。ガイアスさんのその台座、この回路を彫り込むスペースをあと一ミリだけ広げられますか?」
「ああ、お前の注文通りに調整しよう。……お前の魔力と、俺の細工が合わさるのだ。きっと最高傑作になるな」
ガイアスは嬉しそうに頷き、再び作業に戻った。
夜が更けていく。
外の風は冷たさを増しているはずなのに、このリビングを満たしているのは、どんな魔導暖房よりも確かな熱量だった。
俺は、書きかけの図面を少しだけ修正し、彼が作り出す銀の輝きを見守り続けた。
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