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14話
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ガイアスが客間に下がり、家中が静まり返った深夜のこと。
俺は首元に揺れるペンダントの淡い光を眺めながら、テラスで夜風を浴びていた。
虹光石は、俺の魔力を吸収しては浄化し、一定のリズムで周囲に放散している。その波長が、夜の森の深淵と静かに共鳴していた。
すると、その光に誘われるように、森の奥から無数の金色の粉が舞い込んできた。
「おや、おや。しばらく見ないうちに、この聖域もずいぶんと仕様が変わったようだね」
光の粉が集まり、一人の小さな人影を形作る。それは手のひらに乗るほどのサイズをした、薄羽を持つ森の精霊だった。
俺がこの森に転生して間もない頃、魔法の基本概念を教えてくれたお節介な古株だ。
「……長老。夜分に通知もなしにアクセスしてくるとは、マナー違反ですよ」
「相変わらず硬いことを言う子だ。それよりもその首飾り、良い出来じゃないか。エルフの繊細さと、人間の力強さが混ざり合っている。……中に、随分と体温の高い『異物』が紛れ込んでいるね?」
精霊はクスクスと笑いながら、俺の周りを器用に飛び回る。
「異物なんて失礼な。俺の生活を最適化するために一時的に導入している外部リソースですよ」
「外部リソース、ねぇ。あんなに家の隅々にまで他人の気配を許しておいて、よく言うよ。君の魔力、以前よりもずっと角が取れて、温かくなっているよ。自覚はないのかい?」
精霊の言葉に、俺は思わず言葉を詰まらせた。
自分では、常に論理的に、かつ効率的に振る舞っているつもりだ。
だが、この精霊の言う通り、俺の魔力……つまり俺自身の精神状態が、ガイアスの存在によって変化しているのだとしたら。
「……それは、単に虹光石による出力の安定化の結果です」
「はいはい、そういうことにしておこうか。でも気をつけて。人間の時間は、僕らや君の時間よりもずっと速く過ぎる。その『リソース』を失いたくないと思う前に、しっかり更新作業をしておくことだね」
精霊は思わせぶりな言葉を残すと、再び金色の粉となって森の闇へ消えていった。
「更新作業……。また抽象的な課題を置いていきましたね」
俺は一人、テラスの柵に手をかけ、ガイアスが眠る客間の方を振り返った。
確かに、彼の時間は俺とは違う。
彼はいつか王都に帰り、その生涯を終える。
エルフである俺にとっては、それはほんの短いログの一行に過ぎないのかもしれない。
「きゅう……」
足元で、シロが眠そうに目を擦りながら俺の裾を引いた。
どうやら、夜風で俺が冷えないように心配してくれているらしい。
「ああ、戻るよ。……少し、考えすぎたな」
俺はシロを抱き上げ、リビングへと戻った。
暖炉の火はもう消えかかっていたが、リビングにはまだ、ガイアスが淹れてくれたお茶の香りと、彼が笑っていた余韻が微かに残っていた。
俺は首元のペンダントをそっと握りしめる。
精霊の冷やかしは余計だったが、今のこの満たされた感覚だけは、紛れもない現実(リアルタイム)のデータとして、俺の中に蓄積されていた。
明日の朝になれば、またガイアスが薪を割る音が響く。
その日常が、今は何よりも心地よい。
俺は首元に揺れるペンダントの淡い光を眺めながら、テラスで夜風を浴びていた。
虹光石は、俺の魔力を吸収しては浄化し、一定のリズムで周囲に放散している。その波長が、夜の森の深淵と静かに共鳴していた。
すると、その光に誘われるように、森の奥から無数の金色の粉が舞い込んできた。
「おや、おや。しばらく見ないうちに、この聖域もずいぶんと仕様が変わったようだね」
光の粉が集まり、一人の小さな人影を形作る。それは手のひらに乗るほどのサイズをした、薄羽を持つ森の精霊だった。
俺がこの森に転生して間もない頃、魔法の基本概念を教えてくれたお節介な古株だ。
「……長老。夜分に通知もなしにアクセスしてくるとは、マナー違反ですよ」
「相変わらず硬いことを言う子だ。それよりもその首飾り、良い出来じゃないか。エルフの繊細さと、人間の力強さが混ざり合っている。……中に、随分と体温の高い『異物』が紛れ込んでいるね?」
精霊はクスクスと笑いながら、俺の周りを器用に飛び回る。
「異物なんて失礼な。俺の生活を最適化するために一時的に導入している外部リソースですよ」
「外部リソース、ねぇ。あんなに家の隅々にまで他人の気配を許しておいて、よく言うよ。君の魔力、以前よりもずっと角が取れて、温かくなっているよ。自覚はないのかい?」
精霊の言葉に、俺は思わず言葉を詰まらせた。
自分では、常に論理的に、かつ効率的に振る舞っているつもりだ。
だが、この精霊の言う通り、俺の魔力……つまり俺自身の精神状態が、ガイアスの存在によって変化しているのだとしたら。
「……それは、単に虹光石による出力の安定化の結果です」
「はいはい、そういうことにしておこうか。でも気をつけて。人間の時間は、僕らや君の時間よりもずっと速く過ぎる。その『リソース』を失いたくないと思う前に、しっかり更新作業をしておくことだね」
精霊は思わせぶりな言葉を残すと、再び金色の粉となって森の闇へ消えていった。
「更新作業……。また抽象的な課題を置いていきましたね」
俺は一人、テラスの柵に手をかけ、ガイアスが眠る客間の方を振り返った。
確かに、彼の時間は俺とは違う。
彼はいつか王都に帰り、その生涯を終える。
エルフである俺にとっては、それはほんの短いログの一行に過ぎないのかもしれない。
「きゅう……」
足元で、シロが眠そうに目を擦りながら俺の裾を引いた。
どうやら、夜風で俺が冷えないように心配してくれているらしい。
「ああ、戻るよ。……少し、考えすぎたな」
俺はシロを抱き上げ、リビングへと戻った。
暖炉の火はもう消えかかっていたが、リビングにはまだ、ガイアスが淹れてくれたお茶の香りと、彼が笑っていた余韻が微かに残っていた。
俺は首元のペンダントをそっと握りしめる。
精霊の冷やかしは余計だったが、今のこの満たされた感覚だけは、紛れもない現実(リアルタイム)のデータとして、俺の中に蓄積されていた。
明日の朝になれば、またガイアスが薪を割る音が響く。
その日常が、今は何よりも心地よい。
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