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20話
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馬車が止まったのは、王都の北側に位置する閑静な住宅街の一角だった。
高い鉄柵の向こうには、過度な装飾を排した、だが堅牢で気品のある石造りの屋敷が構えている。
「ここが俺の家だ。といっても、普段は寝に帰るだけの殺風景な場所だがな」
ガイアスが門を開けると、玄関先には数人の使用人たちが整列していた。
彼らは、主人が連れてきた客人の姿――透き通るような肌と銀髪を持つリィエルの姿を目にした瞬間、まるで作動を停止した機械のように固まった。
「……ガイアスさん。あの人たちの視線、かなり高圧的なスキャンを感じるのですが。俺、何か設定を間違えましたか?」
「いや、気にするな。彼らはただ、俺が自分以外の人間を、しかもこれほど美しい客人をお連れしたことに驚いているだけだ」
ガイアスは苦笑しながら、リィエルを屋敷の中へと促した。
一歩足を踏み入れると、そこには外見の無骨さからは想像もつかないほど、深く沈み込むような毛足の長い絨毯が敷き詰められていた。
「きゅう!」
シロがリィエルの腕から飛び降り、絨毯の上に着地した。
すると、その足に触れる柔らかな感触がよほど気に入ったのか、シロは短い足をバタつかせ、まるで海を泳ぐように絨毯の上を滑り始めた。
「こら、シロ。他人の家で勝手に領土を拡大するな。……すみません、ガイアスさん。こいつ、この感触に感覚をハックされたみたいです」
「はは、構わないさ。その絨毯もようやく本来の役目を見つけたようだ。……皆、紹介しよう。こちらはリィエル。俺の命の恩人であり、大切な友人だ。失礼のないように」
ガイアスの言葉に、ようやく我に返った使用人たちが一斉に深く頭を下げる。
「……お噂は予々。リィエル様、ようこそガイアス様のお屋敷へ。お部屋の準備は整っております」
初老の執事が、震える声を抑えながら恭しく告げた。
どうやら「森に隠れ住む伝説の賢者」という、身に覚えのない誇大広告が屋敷中に広まっているらしい。リィエルは内心で大きなため息をついた。
案内された客室は、リィエルのログハウスよりも広く、壁には落ち着いた色合いのタペストリーが掛けられていた。
窓を開ければ、王都の街並みが一望でき、遠くからは祭りの準備に沸く喧騒が微かに風に乗って運ばれてくる。
「どうだ、リィエル。気に入ってくれたか?」
「ええ。採光の設計が素晴らしいですね。これなら日中の読書でも、魔力灯のリソースを節約できそうです」
リィエルが室内を観察していると、シロが部屋の中央にある大きなベッドに目をつけた。
シロは助走をつけてジャンプすると、ふかふかの羽毛布団の中に頭から突っ込み、お尻だけを外に出して小刻みに震えている。
「シロ、お前は本当に適応能力が高いな。……ガイアスさん、このベッド、反発係数が異常に低いのですが。中身は何が入っているんですか?」
「王都で最も上質な水鳥の羽毛だ。お前の細い体が沈み込みすぎないか心配だが……まあ、シロが合格点を出しているなら大丈夫だろう」
ガイアスは荷物を台の上に置くと、少しだけ名残惜しそうに扉の方へ歩みを向けた。
「俺はこれから、星祭の警備計画の最終確認で一度登城しなければならない。夕食までには戻るつもりだが、それまではこの部屋でゆっくり休んでいてくれ。必要なものがあれば、何でも使用人に申し付けるんだぞ」
「わかりました。……お仕事、お疲れ様です。ログインボーナス……いえ、手土産は期待していませんから、安全第一で」
リィエルの不器用な労いの言葉に、ガイアスは今日一番の明るい笑みを浮かべ、足取りも軽く部屋を後にした。
静かになった部屋で、リィエルは大きなベッドの端に腰を下ろした。
窓の外に見える王都の空は、夕暮れに向かってゆっくりと色を変え始めている。
「……さて。まずは、この環境の魔力密度を測定しておくとしますか」
リィエルが指先で小さな術式を編み始めると、シロが布団の中から顔を出し、主人の隣で満足げに丸くなった。
森の外での初めての夜が、静かに、そして穏やかに更けていこうとしていた。
高い鉄柵の向こうには、過度な装飾を排した、だが堅牢で気品のある石造りの屋敷が構えている。
「ここが俺の家だ。といっても、普段は寝に帰るだけの殺風景な場所だがな」
ガイアスが門を開けると、玄関先には数人の使用人たちが整列していた。
彼らは、主人が連れてきた客人の姿――透き通るような肌と銀髪を持つリィエルの姿を目にした瞬間、まるで作動を停止した機械のように固まった。
「……ガイアスさん。あの人たちの視線、かなり高圧的なスキャンを感じるのですが。俺、何か設定を間違えましたか?」
「いや、気にするな。彼らはただ、俺が自分以外の人間を、しかもこれほど美しい客人をお連れしたことに驚いているだけだ」
ガイアスは苦笑しながら、リィエルを屋敷の中へと促した。
一歩足を踏み入れると、そこには外見の無骨さからは想像もつかないほど、深く沈み込むような毛足の長い絨毯が敷き詰められていた。
「きゅう!」
シロがリィエルの腕から飛び降り、絨毯の上に着地した。
すると、その足に触れる柔らかな感触がよほど気に入ったのか、シロは短い足をバタつかせ、まるで海を泳ぐように絨毯の上を滑り始めた。
「こら、シロ。他人の家で勝手に領土を拡大するな。……すみません、ガイアスさん。こいつ、この感触に感覚をハックされたみたいです」
「はは、構わないさ。その絨毯もようやく本来の役目を見つけたようだ。……皆、紹介しよう。こちらはリィエル。俺の命の恩人であり、大切な友人だ。失礼のないように」
ガイアスの言葉に、ようやく我に返った使用人たちが一斉に深く頭を下げる。
「……お噂は予々。リィエル様、ようこそガイアス様のお屋敷へ。お部屋の準備は整っております」
初老の執事が、震える声を抑えながら恭しく告げた。
どうやら「森に隠れ住む伝説の賢者」という、身に覚えのない誇大広告が屋敷中に広まっているらしい。リィエルは内心で大きなため息をついた。
案内された客室は、リィエルのログハウスよりも広く、壁には落ち着いた色合いのタペストリーが掛けられていた。
窓を開ければ、王都の街並みが一望でき、遠くからは祭りの準備に沸く喧騒が微かに風に乗って運ばれてくる。
「どうだ、リィエル。気に入ってくれたか?」
「ええ。採光の設計が素晴らしいですね。これなら日中の読書でも、魔力灯のリソースを節約できそうです」
リィエルが室内を観察していると、シロが部屋の中央にある大きなベッドに目をつけた。
シロは助走をつけてジャンプすると、ふかふかの羽毛布団の中に頭から突っ込み、お尻だけを外に出して小刻みに震えている。
「シロ、お前は本当に適応能力が高いな。……ガイアスさん、このベッド、反発係数が異常に低いのですが。中身は何が入っているんですか?」
「王都で最も上質な水鳥の羽毛だ。お前の細い体が沈み込みすぎないか心配だが……まあ、シロが合格点を出しているなら大丈夫だろう」
ガイアスは荷物を台の上に置くと、少しだけ名残惜しそうに扉の方へ歩みを向けた。
「俺はこれから、星祭の警備計画の最終確認で一度登城しなければならない。夕食までには戻るつもりだが、それまではこの部屋でゆっくり休んでいてくれ。必要なものがあれば、何でも使用人に申し付けるんだぞ」
「わかりました。……お仕事、お疲れ様です。ログインボーナス……いえ、手土産は期待していませんから、安全第一で」
リィエルの不器用な労いの言葉に、ガイアスは今日一番の明るい笑みを浮かべ、足取りも軽く部屋を後にした。
静かになった部屋で、リィエルは大きなベッドの端に腰を下ろした。
窓の外に見える王都の空は、夕暮れに向かってゆっくりと色を変え始めている。
「……さて。まずは、この環境の魔力密度を測定しておくとしますか」
リィエルが指先で小さな術式を編み始めると、シロが布団の中から顔を出し、主人の隣で満足げに丸くなった。
森の外での初めての夜が、静かに、そして穏やかに更けていこうとしていた。
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