伝説の聖騎士に求婚されていますが、それどころじゃないので定時で帰ります! ~もふもふと昼寝したいだけなのに愛が重すぎる~

たら昆布

文字の大きさ
1 / 23

1話

しおりを挟む
「……ああ、終わったんだな」


真っ白な空間に放り出された僕は、呆然と自分の手を見つめた。
最後に覚えていたのは、深夜二時のオフィス。
モニターの明かりに照らされながら、意識が遠のいていく感覚。
心臓が嫌な音を立てて、そのまま――。


「お疲れ様。君、死んじゃったよ」


呑気な声に顔を上げると、そこにはいかにも「神様」といった風貌の、白い髭を蓄えたおじいさんが座っていた。


「……やっぱり。死因は、過労死ですか?」


「正解。三日三晩不眠不休は、人間のスペックを超えておるな。あまりに不憫じゃから、君を異世界に転生させてあげようと思ってね。お詫びに、ありとあらゆる魔法を使いこなせる最強の力を授けるよ」


最強の力。
普通なら歓喜するところだろうが、社畜の魂が染み付いた僕は、警戒心剥き出しで神様に詰め寄った。


「待ってください。その世界に『残業』はありますか? 休日出勤は? 魔法が使えるからって、魔王を倒してこいなんていう強制クエストが発生するなら、ここで消滅した方がマシです」


「えぇ……。いや、そんなの君の自由じゃよ。働きたくなければ、働かなくていい。ただ、君がのんびり暮らせるように、住む場所とチート能力はセットしておくからね」


神様のその言葉を信じて、僕は光の中に飛び込んだ。
次に目を開けた時、僕は深い森の中にある小さなログハウスのベッドの上にいた。


「……静かだ。電話の音もしない。キーボードを叩く音もしない」


窓から差し込む光を浴びながら、僕は確信した。
ここには、僕を縛り付ける会社も上司もいない。
頭の中に流れ込んでくる魔術の知識は、確かにとてつもないものだった。
構築は思考と同時に完了し、威力は地形を変えるほど。
だが、そんなものはどうでもいい。


「僕は、二度と働かない。もふもふした動物を愛でて、お日様と共に起きて、好きな時に寝るんだ」


そう決意して、僕はふかふかの枕に顔を埋めた。
転生初日。本来なら世界を救う第一歩を踏み出すべき日。
僕は、全力で「二度寝」を決め込んだ。


……しかし。
平和な時間は、耳を刺すような咆哮と、金属がぶつかり合う爆音によって無惨に引き裂かれた。


「……うるさい。まだ朝の十時なのに(体感)」


僕はフラフラと外に出た。
ログハウスのすぐ裏手。
そこでは、漆黒の毛並みを持つ巨大な狼――『魔狼(フェンリル)』の群れが、一人の男を包囲していた。


その男は、銀色の髪を乱し、返り血を浴びながら剣を振るっていた。
宝石のように澄んだ青い瞳。
返り血すらも装飾品に見えるほどの、国宝級の美貌。
着ている鎧は豪華で、この国の騎士の中でも相当な地位にいることが伺える。


「くっ……ここまでか……!」


銀髪の騎士が膝をつく。
死を覚悟したようなその表情に、本来なら同情の一言でもかけるべきだった。
だが、僕の視線はその足元に釘付けになった。


「……あ、僕のベリーの茂みが」


そこには、僕が昨日見つけて「明日の朝食にしよう」と楽しみにしていた、野生のベリーが実っていたのだ。
それが、魔狼たちの太い足によって、無惨に踏み潰されている。


「僕の……僕の、ささやかな楽しみを……ッ!」


前世でどれだけ理不尽な納期を押し付けられても耐えた僕の堪忍袋が、ベリー一つで崩壊した。
僕は無意識に右手を突き出した。
呪文などいらない。ただ、不快なものを消し飛ばすイメージ。


「そこ、退けよ。邪魔だ」


僕の指先から、目に見えるほどの濃密な魔力が奔流となって放たれた。
それは魔法というより、物理的な質量を持った衝撃。
魔狼たちは悲鳴を上げる暇もなく、まるで掃除機に吸い込まれる埃のように、地平線の彼方までまとめて吹き飛ばされた。


一瞬にして、静寂が戻る。


「…………え?」


銀髪の騎士――ゼノが、呆然とした声を上げた。
死を覚悟した瞬間に現れた、寝癖だらけでパジャマのような格好の青年。
それが一振りで伝説級の魔物を一掃したのだ。


僕は彼に目もくれず、踏み荒らされた茂みに駆け寄った。


「あああ、やっぱり全滅してる……。ジャムにしようと思ってたのに……」


膝をついて絶望する僕の背後で、カシャリ、と鎧の音がした。


「……貴殿は、神の使いか? それとも、伝説の賢者か?」


震える声で問いかけてくるゼノ。
僕は面倒くさくなって、振り返らずに言い放った。


「ただの、朝食を台無しにされた無職です。用が済んだらさっさと帰ってください。二度寝の邪魔です」


「…………っ!」


背後で、ゼノが息を呑む音がした。
だが、眠気の限界だった僕は、そのままログハウスに戻って扉を閉め、鍵をかけた。


この時の僕は、まだ知る由もなかった。
この銀髪の騎士が、この国の英雄であり、そして一度「恩人」と定めた相手には、異常なまでの執着を見せる重度の愛され(重すぎる)体質だということを。


「あんなに美しい魔力……あんなに無欲な瞳……。ああ、見つけた。ついに見つけたぞ……僕の運命の人を……」


ログハウスの外で、ゼノが頬を染め、恍惚とした表情で僕の家の扉を見つめていたことも、僕は夢の中ですやすやと眠りながら、これっぽっちも気づいていなかったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

契約結婚だけど大好きです!

泉あけの
BL
子爵令息のイヴ・ランヌは伯爵ベルナール・オルレイアンに恋をしている。 そんな中、子爵である父からオルレイアン伯爵から求婚書が届いていると言われた。 片思いをしていたイヴは憧れのベルナール様が求婚をしてくれたと大喜び。 しかしこの結婚は両家の利害が一致した契約結婚だった。 イヴは恋心が暴走してベルナール様に迷惑がかからないようにと距離を取ることに決めた。 ...... 「俺と一緒に散歩に行かないか、綺麗な花が庭園に咲いているんだ」  彼はそう言って僕に手を差し伸べてくれた。 「すみません。僕はこれから用事があるので」  本当はベルナール様の手を取ってしまいたい。でも我慢しなくちゃ。この想いに蓋をしなくては。  この結婚は契約だ。僕がどんなに彼を好きでも僕達が通じ合うことはないのだから。 ※小説家になろうにも掲載しております ※直接的な表現ではありませんが、「初夜」という単語がたびたび登場します

αからΩになった俺が幸せを掴むまで

なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。 10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。 義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。 アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。 義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が… 義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。 そんな海里が本当の幸せを掴むまで…

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

偽りの聖者と泥の国

篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」 自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。 しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。 壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。 二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。 裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。 これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。 ----------------------------------------- 『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。 本編に救いはありません。 セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。 本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!

木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。 この話は小説家になろうにも投稿しています。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい

雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。 延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。

処理中です...