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2話
「……ふあぁ。よく寝た」
翌朝、僕は最高に気分よく目を覚ました。
窓からは小鳥のさえずりが聞こえ、森の清々しい空気が部屋を満たしている。
前世では、アラームの爆音に心臓を叩き起こされ、絶望と共に這い出していたのが嘘のようだ。
「よし、今日は家の周りを片付けて、もふもふした生き物でも探しに行こう」
僕は軽く伸びをして、意気揚々とログハウスの扉を開けた。
「おはようございます、我が主(マスター)。昨夜はよくお休みになれましたか?」
「…………はい?」
目の前に、昨日見た「国宝級の顔面」があった。
銀髪の騎士、ゼノだ。
彼はログハウスの扉のすぐ横で、まるで見張りのように立っていた。
しかも、昨日のボロボロだった鎧は脱ぎ捨てられ、清潔感あふれる騎士団の正装に身を包んでいる。
腰には抜身の剣……ではなく、なぜか豪華な籠を抱えていた。
「……何してるんですか、ここで」
「貴殿をお守りしておりました。この森は魔物も多い。貴殿のような高潔な御方が、眠っている間に不浄なものに汚されるわけにはいきませんから」
ゼノは爽やかな笑顔で、恐ろしいことをさらりと言った。
お守りしていた? 一晩中?
……いや、それ完全に不審者だから。
「帰ってくださいって言いましたよね。僕、一人が好きなんです」
「そうおっしゃると思い、朝食を用意いたしました。昨日は貴殿の大切なベリーを、私の不徳ゆえに台無しにしてしまいましたから。せめてその償いをさせてください」
ゼノが恭しく差し出した籠の中には、キラキラと輝く見たこともないような大粒の果実が山盛りになっていた。
「これは……?」
「隣国の聖域でしか採れない『星降る苺』です。今朝、早馬……いえ、全力で走って取って参りました」
……隣国? 今朝?
ここから隣国までは、馬でも数日はかかるはずだ。
それを数時間で往復してくるなんて、この男の身体能力はどうなっているんだ。
「……一個だけ、もらいます。そしたら帰ってくださいね」
僕は苺を一粒口に放り込んだ。
瞬間、口の中に天国が広がった。甘い。濃い。前世の高級ブランド苺なんて比較にならない。
「……美味い」
「それは良かった。貴殿が満足してくださるなら、私はこの命を賭して毎日でも用意しましょう」
ゼノがその場で片膝をつき、僕の手を取ろうとする。
その瞳には、熱烈という言葉では足りないほどの、ドロリとした重厚な感情が渦巻いていた。
……まずい。この男、昨日の一撃を見てから、僕を「崇拝の対象」にロックオンしやがった。
「あの、ゼノさん。僕はただの無職で、のんびりしたいだけなんです。英雄様に関わられると目立って困るんですよ」
「無職? 冗談を。あれほどの魔力を操る御方が、野に下っているなど国益を損なうどころか世界の損失です。……ああ、そうか。今の地位に不満があるのですね? ならば私が王に直訴し、魔導師団の最高顧問の椅子を用意させましょう。給与は望むままに。公邸も差し上げます。もちろん、私の隣です」
「話を聞けよ!!」
僕は思わず叫んだ。
定時退社どころか、いきなり最高顧問(重役)に推薦されかけている。
そんなところに行ったら、一生こき使われるに決まっている。
「僕は働きません! 働いたら負けだと思ってるんです!」
「……素晴らしい。俗世の欲にまどわされない、まさに聖者のようなお言葉だ。ますます惚れ直しました」
ゼノは恍惚とした表情で僕を見上げている。
ダメだ、こいつ。僕の言葉がすべてポジティブに変換されている。
その時だった。
僕とゼノの間に、小さな白い影が飛び込んできた。
「キャンッ!」
それは、真っ白でふわふわした、ポメラニアンのような生き物だった。
丸い瞳に、短い足。一生懸命にゼノを威嚇しているが、見た目が可愛すぎて全く怖くない。
「あ、もふもふ……」
僕の目が輝いた。
昨日から探し求めていた、理想の癒やし。
「……チッ、魔獣か。リト殿、危ないですから下がっていてください。今すぐ切り刻んで――」
「待て待て待て! 剣を抜くな! 僕が飼う!」
僕は慌ててその白いもふもふを抱き上げた。
柔らかい。温かい。そして、いい匂いがする。
これだよ、これ。僕が異世界に求めていたのは。
「ココ……今日から君の名前はココだ」
「ココ……。……リト殿。その獣を、私よりも優先して抱き上げるのですか?」
ゼノの背後から、どす黒いオーラが立ち上った。
そのサファイアのような瞳が、ココ(犬)を殺さんばかりに睨みつけている。
「……ゼノさん。帰るって言いましたよね? 今すぐ帰らないなら、昨日の魔法をあなたにぶっ放しますよ」
僕が冷たく言い放つと、ゼノは一瞬ショックを受けたような顔をしたが、すぐに怪しく口角を上げた。
「貴殿の魔法を直接受けられる……? それはそれで、至上の悦び……。ですが、嫌われては元も子もありません。今日は一度引き揚げましょう」
彼は僕の手に、最後の一粒の苺を握らせると、恭しく一礼した。
「明日もまた参ります。リト殿、貴殿が私の隣で微笑むその日まで、私は決して諦めませんから」
そう言って、彼は本当に「風」のような速さで森の奥へと消えていった。
「……あいつ、絶対また来るな」
僕は抱き上げたココを撫で回しながら、深いため息をついた。
せっかくの異世界スローライフ。
もふもふ(天使)は手に入れたが、それとセットで、とんでもなく顔の良い「厄介事」まで付いてきてしまったようだ。
「ココ、僕は負けないぞ。絶対に定時(?)を守り抜いて、君と昼寝するんだ」
「クゥン!」
ココが可愛く返事をする。
その様子を、遠くの木陰からゼノが望遠鏡(魔導具)で眺めながら「尊い……」と咽び泣いていることには、僕はまだ気づいていなかった。
翌朝、僕は最高に気分よく目を覚ました。
窓からは小鳥のさえずりが聞こえ、森の清々しい空気が部屋を満たしている。
前世では、アラームの爆音に心臓を叩き起こされ、絶望と共に這い出していたのが嘘のようだ。
「よし、今日は家の周りを片付けて、もふもふした生き物でも探しに行こう」
僕は軽く伸びをして、意気揚々とログハウスの扉を開けた。
「おはようございます、我が主(マスター)。昨夜はよくお休みになれましたか?」
「…………はい?」
目の前に、昨日見た「国宝級の顔面」があった。
銀髪の騎士、ゼノだ。
彼はログハウスの扉のすぐ横で、まるで見張りのように立っていた。
しかも、昨日のボロボロだった鎧は脱ぎ捨てられ、清潔感あふれる騎士団の正装に身を包んでいる。
腰には抜身の剣……ではなく、なぜか豪華な籠を抱えていた。
「……何してるんですか、ここで」
「貴殿をお守りしておりました。この森は魔物も多い。貴殿のような高潔な御方が、眠っている間に不浄なものに汚されるわけにはいきませんから」
ゼノは爽やかな笑顔で、恐ろしいことをさらりと言った。
お守りしていた? 一晩中?
……いや、それ完全に不審者だから。
「帰ってくださいって言いましたよね。僕、一人が好きなんです」
「そうおっしゃると思い、朝食を用意いたしました。昨日は貴殿の大切なベリーを、私の不徳ゆえに台無しにしてしまいましたから。せめてその償いをさせてください」
ゼノが恭しく差し出した籠の中には、キラキラと輝く見たこともないような大粒の果実が山盛りになっていた。
「これは……?」
「隣国の聖域でしか採れない『星降る苺』です。今朝、早馬……いえ、全力で走って取って参りました」
……隣国? 今朝?
ここから隣国までは、馬でも数日はかかるはずだ。
それを数時間で往復してくるなんて、この男の身体能力はどうなっているんだ。
「……一個だけ、もらいます。そしたら帰ってくださいね」
僕は苺を一粒口に放り込んだ。
瞬間、口の中に天国が広がった。甘い。濃い。前世の高級ブランド苺なんて比較にならない。
「……美味い」
「それは良かった。貴殿が満足してくださるなら、私はこの命を賭して毎日でも用意しましょう」
ゼノがその場で片膝をつき、僕の手を取ろうとする。
その瞳には、熱烈という言葉では足りないほどの、ドロリとした重厚な感情が渦巻いていた。
……まずい。この男、昨日の一撃を見てから、僕を「崇拝の対象」にロックオンしやがった。
「あの、ゼノさん。僕はただの無職で、のんびりしたいだけなんです。英雄様に関わられると目立って困るんですよ」
「無職? 冗談を。あれほどの魔力を操る御方が、野に下っているなど国益を損なうどころか世界の損失です。……ああ、そうか。今の地位に不満があるのですね? ならば私が王に直訴し、魔導師団の最高顧問の椅子を用意させましょう。給与は望むままに。公邸も差し上げます。もちろん、私の隣です」
「話を聞けよ!!」
僕は思わず叫んだ。
定時退社どころか、いきなり最高顧問(重役)に推薦されかけている。
そんなところに行ったら、一生こき使われるに決まっている。
「僕は働きません! 働いたら負けだと思ってるんです!」
「……素晴らしい。俗世の欲にまどわされない、まさに聖者のようなお言葉だ。ますます惚れ直しました」
ゼノは恍惚とした表情で僕を見上げている。
ダメだ、こいつ。僕の言葉がすべてポジティブに変換されている。
その時だった。
僕とゼノの間に、小さな白い影が飛び込んできた。
「キャンッ!」
それは、真っ白でふわふわした、ポメラニアンのような生き物だった。
丸い瞳に、短い足。一生懸命にゼノを威嚇しているが、見た目が可愛すぎて全く怖くない。
「あ、もふもふ……」
僕の目が輝いた。
昨日から探し求めていた、理想の癒やし。
「……チッ、魔獣か。リト殿、危ないですから下がっていてください。今すぐ切り刻んで――」
「待て待て待て! 剣を抜くな! 僕が飼う!」
僕は慌ててその白いもふもふを抱き上げた。
柔らかい。温かい。そして、いい匂いがする。
これだよ、これ。僕が異世界に求めていたのは。
「ココ……今日から君の名前はココだ」
「ココ……。……リト殿。その獣を、私よりも優先して抱き上げるのですか?」
ゼノの背後から、どす黒いオーラが立ち上った。
そのサファイアのような瞳が、ココ(犬)を殺さんばかりに睨みつけている。
「……ゼノさん。帰るって言いましたよね? 今すぐ帰らないなら、昨日の魔法をあなたにぶっ放しますよ」
僕が冷たく言い放つと、ゼノは一瞬ショックを受けたような顔をしたが、すぐに怪しく口角を上げた。
「貴殿の魔法を直接受けられる……? それはそれで、至上の悦び……。ですが、嫌われては元も子もありません。今日は一度引き揚げましょう」
彼は僕の手に、最後の一粒の苺を握らせると、恭しく一礼した。
「明日もまた参ります。リト殿、貴殿が私の隣で微笑むその日まで、私は決して諦めませんから」
そう言って、彼は本当に「風」のような速さで森の奥へと消えていった。
「……あいつ、絶対また来るな」
僕は抱き上げたココを撫で回しながら、深いため息をついた。
せっかくの異世界スローライフ。
もふもふ(天使)は手に入れたが、それとセットで、とんでもなく顔の良い「厄介事」まで付いてきてしまったようだ。
「ココ、僕は負けないぞ。絶対に定時(?)を守り抜いて、君と昼寝するんだ」
「クゥン!」
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その様子を、遠くの木陰からゼノが望遠鏡(魔導具)で眺めながら「尊い……」と咽び泣いていることには、僕はまだ気づいていなかった。
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