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3話
「……リト殿、おはようございます。今朝はジビエの王様、キングボアの極上フィレ肉を焼き上げました」
「……何してんの。マジで何してんの、あんた」
翌朝、僕がログハウスの扉を開けると、そこにはエプロン姿(騎士服の上から)でフライパンを振るうゼノがいた。
当然のように僕の家の庭に、いつの間にか豪華なアウトドアキッチンが設営されている。
「何とは、朝食の用意ですが? 育ち盛りのリト殿には、質の良いタンパク質が必要だと思いまして」
「いや、昨日一個食べたら帰るって言ったじゃん! そもそも僕、二十三歳だから。育ち盛りはもう終わってるから!」
「私の中では、リト殿は永遠に守られるべき愛らしい存在です。さあ、冷めないうちに。あ、ココとかいう魔獣の分はありません。そこらの草でも食べていろ」
「キャンキャンッ!」
ココがゼノの足首に噛みつくが、強固な防護魔法を常に展開しているゼノには全く効いていない。
ゼノはココを冷ややかな目で見下ろすと、僕に向き直った瞬間にキラキラとした「忠犬スマイル」に切り替えた。
「リト殿、あーん」
「……自分でお箸(この世界にはフォークしかないけど)使えるから。あと、そのキラキラしたエフェクトやめて。目がチカチカする」
僕は差し出されたフォークを奪い取り、肉を口に運ぶ。
……悔しい。めちゃくちゃ美味い。
前世で食べていた、ゴムみたいなコンビニ弁当が泣けてくるほどに。
「……美味いけど、明日からは本当に来なくていいですからね。僕、今日は一日中、ココと森の奥へピクニックに行く予定なんです」
「ピクニック! それは素晴らしい。では、護衛として私が同行しましょう」
「い・い・ま・せ・ん」
僕ははっきりと拒絶した。
しかし、ゼノは全く動じない。それどころか、サファイアの瞳を潤ませて僕を見つめてきた。
「……お嫌いですか? 私がそばにいるのは」
「嫌いとかじゃなくて、暑苦しいっていうか、距離感がバグってるっていうか……」
「距離感……。なるほど、近すぎたのですね。失礼しました」
ゼノはそう言うと、スッと数歩下がった。
そして、そのまま森の木々に紛れるようにして、気配を完全に消した。
「……あれ、帰った?」
案外聞き分けがいいじゃないか。
僕はホッとして、ココを連れて森の散策に出かけた。
珍しい薬草を探したり、木漏れ日の下でお昼寝をしたり。
これぞ僕が求めていたスローライフ。最高だ。
「クゥ……」
ココが時折、後ろを振り返って威嚇するような声を上げる。
だが、そこには誰もいない。
「どうしたのココ? 誰もいないよ」
僕はココを抱き上げて歩き続けた。
だが、その時。
僕が崖から滑り落ちそうになった瞬間、どこからともなく『風』が吹いた。
目に見えない何かが僕の背中を支え、安全な場所へと押し戻したのだ。
「……え?」
さらには、僕がお昼寝をしようと木の下に座れば、いつの間にか「虫除けの結界」が張られている。
喉が渇いたと思えば、なぜか目の前の木の枝に、キンキンに冷えた高級水筒がぶら下がっている。
「……ゼノさん。そこにいるんでしょ」
僕が虚空に向かって声をかけると。
ガサリ、と近くの茂みが揺れた。
「……気付かれましたか。さすがリト殿、私の隠密スキルを見破るとは」
現れたのは、迷彩色のマントを羽織ったゼノだった。
いや、隠密スキルとかじゃなくて、水筒は不自然すぎるだろ。
「『距離感』の問題じゃないって言ったよね? 完全にストーカーじゃん!」
「ストーカー……? 存じ上げない言葉ですが、大切な人を影から見守る愛の騎士、という意味であれば肯定しましょう」
「絶対違うから!!」
僕は頭を抱えた。
この男、顔と実力は世界最高峰なのに、中身が残念すぎる。
しかも、僕が怒れば怒るほど「感情を向けてもらえる幸せ」に震えている様子で、全く効果がない。
「いいですか、ゼノさん。僕は静かに暮らしたいんです。誰にも邪魔されず、働かず、もふもふと戯れたい。あなたの存在は、そのすべてに反してるんです」
僕が真剣にそう伝えると、ゼノは一瞬、真面目な顔をして考え込んだ。
「……なるほど。私の存在が、リト殿の『平穏』を阻害していると」
「そう! 分かってくれた?」
「分かりました。ならば、リト殿が働かなくて済むように、そして誰にも邪魔されないように、私がこの森一帯を買い取り、結界で封鎖して、リト殿を監禁……いえ、お守りすれば良いのですね」
「極論に走るな!! 思考が怖いよ!!」
前世のブラック企業の上司より恐ろしい解決策を提示され、僕は戦慄した。
このままでは、本当に物理的に閉じ込められかねない。
「……分かった。条件を出す。ゼノさんが毎日通い詰めるのをやめるなら、たまに王都に顔を出してあげてもいい」
僕が妥協案を出すと、ゼノの目がカッと見開かれた。
「王都に! 私に会いに来てくださると!? それは、デートの約束と受け取ってよろしいので!?」
「違うけど、まあ、そんな感じのやつでいいよ……」
とりあえず、この「森のストーカー化」を防ぐには、適度な距離を作らなければならない。
僕は知らなかった。
この妥協が、僕をさらなる「お仕事フラグ」へと誘う罠になることを。
「約束ですよ、リト殿。……ああ、早く同僚たちに自慢したい。私の運命の人が、ついに王都へ降臨すると!」
ゼノは嬉々として、今度こそ本当に(鼻歌を歌いながら)帰っていった。
「……ふぅ。これでしばらくは静かになるかな」
「キャン(絶対無理だと思う)」
ココの呆れたような鳴き声が、夕暮れの森に虚しく響いた。
「……何してんの。マジで何してんの、あんた」
翌朝、僕がログハウスの扉を開けると、そこにはエプロン姿(騎士服の上から)でフライパンを振るうゼノがいた。
当然のように僕の家の庭に、いつの間にか豪華なアウトドアキッチンが設営されている。
「何とは、朝食の用意ですが? 育ち盛りのリト殿には、質の良いタンパク質が必要だと思いまして」
「いや、昨日一個食べたら帰るって言ったじゃん! そもそも僕、二十三歳だから。育ち盛りはもう終わってるから!」
「私の中では、リト殿は永遠に守られるべき愛らしい存在です。さあ、冷めないうちに。あ、ココとかいう魔獣の分はありません。そこらの草でも食べていろ」
「キャンキャンッ!」
ココがゼノの足首に噛みつくが、強固な防護魔法を常に展開しているゼノには全く効いていない。
ゼノはココを冷ややかな目で見下ろすと、僕に向き直った瞬間にキラキラとした「忠犬スマイル」に切り替えた。
「リト殿、あーん」
「……自分でお箸(この世界にはフォークしかないけど)使えるから。あと、そのキラキラしたエフェクトやめて。目がチカチカする」
僕は差し出されたフォークを奪い取り、肉を口に運ぶ。
……悔しい。めちゃくちゃ美味い。
前世で食べていた、ゴムみたいなコンビニ弁当が泣けてくるほどに。
「……美味いけど、明日からは本当に来なくていいですからね。僕、今日は一日中、ココと森の奥へピクニックに行く予定なんです」
「ピクニック! それは素晴らしい。では、護衛として私が同行しましょう」
「い・い・ま・せ・ん」
僕ははっきりと拒絶した。
しかし、ゼノは全く動じない。それどころか、サファイアの瞳を潤ませて僕を見つめてきた。
「……お嫌いですか? 私がそばにいるのは」
「嫌いとかじゃなくて、暑苦しいっていうか、距離感がバグってるっていうか……」
「距離感……。なるほど、近すぎたのですね。失礼しました」
ゼノはそう言うと、スッと数歩下がった。
そして、そのまま森の木々に紛れるようにして、気配を完全に消した。
「……あれ、帰った?」
案外聞き分けがいいじゃないか。
僕はホッとして、ココを連れて森の散策に出かけた。
珍しい薬草を探したり、木漏れ日の下でお昼寝をしたり。
これぞ僕が求めていたスローライフ。最高だ。
「クゥ……」
ココが時折、後ろを振り返って威嚇するような声を上げる。
だが、そこには誰もいない。
「どうしたのココ? 誰もいないよ」
僕はココを抱き上げて歩き続けた。
だが、その時。
僕が崖から滑り落ちそうになった瞬間、どこからともなく『風』が吹いた。
目に見えない何かが僕の背中を支え、安全な場所へと押し戻したのだ。
「……え?」
さらには、僕がお昼寝をしようと木の下に座れば、いつの間にか「虫除けの結界」が張られている。
喉が渇いたと思えば、なぜか目の前の木の枝に、キンキンに冷えた高級水筒がぶら下がっている。
「……ゼノさん。そこにいるんでしょ」
僕が虚空に向かって声をかけると。
ガサリ、と近くの茂みが揺れた。
「……気付かれましたか。さすがリト殿、私の隠密スキルを見破るとは」
現れたのは、迷彩色のマントを羽織ったゼノだった。
いや、隠密スキルとかじゃなくて、水筒は不自然すぎるだろ。
「『距離感』の問題じゃないって言ったよね? 完全にストーカーじゃん!」
「ストーカー……? 存じ上げない言葉ですが、大切な人を影から見守る愛の騎士、という意味であれば肯定しましょう」
「絶対違うから!!」
僕は頭を抱えた。
この男、顔と実力は世界最高峰なのに、中身が残念すぎる。
しかも、僕が怒れば怒るほど「感情を向けてもらえる幸せ」に震えている様子で、全く効果がない。
「いいですか、ゼノさん。僕は静かに暮らしたいんです。誰にも邪魔されず、働かず、もふもふと戯れたい。あなたの存在は、そのすべてに反してるんです」
僕が真剣にそう伝えると、ゼノは一瞬、真面目な顔をして考え込んだ。
「……なるほど。私の存在が、リト殿の『平穏』を阻害していると」
「そう! 分かってくれた?」
「分かりました。ならば、リト殿が働かなくて済むように、そして誰にも邪魔されないように、私がこの森一帯を買い取り、結界で封鎖して、リト殿を監禁……いえ、お守りすれば良いのですね」
「極論に走るな!! 思考が怖いよ!!」
前世のブラック企業の上司より恐ろしい解決策を提示され、僕は戦慄した。
このままでは、本当に物理的に閉じ込められかねない。
「……分かった。条件を出す。ゼノさんが毎日通い詰めるのをやめるなら、たまに王都に顔を出してあげてもいい」
僕が妥協案を出すと、ゼノの目がカッと見開かれた。
「王都に! 私に会いに来てくださると!? それは、デートの約束と受け取ってよろしいので!?」
「違うけど、まあ、そんな感じのやつでいいよ……」
とりあえず、この「森のストーカー化」を防ぐには、適度な距離を作らなければならない。
僕は知らなかった。
この妥協が、僕をさらなる「お仕事フラグ」へと誘う罠になることを。
「約束ですよ、リト殿。……ああ、早く同僚たちに自慢したい。私の運命の人が、ついに王都へ降臨すると!」
ゼノは嬉々として、今度こそ本当に(鼻歌を歌いながら)帰っていった。
「……ふぅ。これでしばらくは静かになるかな」
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ココの呆れたような鳴き声が、夕暮れの森に虚しく響いた。
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