伝説の聖騎士に求婚されていますが、それどころじゃないので定時で帰ります! ~もふもふと昼寝したいだけなのに愛が重すぎる~

たら昆布

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1話

「……ああ、終わったんだな」


真っ白な空間に放り出された僕は、呆然と自分の手を見つめた。
最後に覚えていたのは、深夜二時のオフィス。
モニターの明かりに照らされながら、意識が遠のいていく感覚。
心臓が嫌な音を立てて、そのまま――。


「お疲れ様。君、死んじゃったよ」


呑気な声に顔を上げると、そこにはいかにも「神様」といった風貌の、白い髭を蓄えたおじいさんが座っていた。


「……やっぱり。死因は、過労死ですか?」


「正解。三日三晩不眠不休は、人間のスペックを超えておるな。あまりに不憫じゃから、君を異世界に転生させてあげようと思ってね。お詫びに、ありとあらゆる魔法を使いこなせる最強の力を授けるよ」


最強の力。
普通なら歓喜するところだろうが、社畜の魂が染み付いた僕は、警戒心剥き出しで神様に詰め寄った。


「待ってください。その世界に『残業』はありますか? 休日出勤は? 魔法が使えるからって、魔王を倒してこいなんていう強制クエストが発生するなら、ここで消滅した方がマシです」


「えぇ……。いや、そんなの君の自由じゃよ。働きたくなければ、働かなくていい。ただ、君がのんびり暮らせるように、住む場所とチート能力はセットしておくからね」


神様のその言葉を信じて、僕は光の中に飛び込んだ。
次に目を開けた時、僕は深い森の中にある小さなログハウスのベッドの上にいた。


「……静かだ。電話の音もしない。キーボードを叩く音もしない」


窓から差し込む光を浴びながら、僕は確信した。
ここには、僕を縛り付ける会社も上司もいない。
頭の中に流れ込んでくる魔術の知識は、確かにとてつもないものだった。
構築は思考と同時に完了し、威力は地形を変えるほど。
だが、そんなものはどうでもいい。


「僕は、二度と働かない。もふもふした動物を愛でて、お日様と共に起きて、好きな時に寝るんだ」


そう決意して、僕はふかふかの枕に顔を埋めた。
転生初日。本来なら世界を救う第一歩を踏み出すべき日。
僕は、全力で「二度寝」を決め込んだ。


……しかし。
平和な時間は、耳を刺すような咆哮と、金属がぶつかり合う爆音によって無惨に引き裂かれた。


「……うるさい。まだ朝の十時なのに(体感)」


僕はフラフラと外に出た。
ログハウスのすぐ裏手。
そこでは、漆黒の毛並みを持つ巨大な狼――『魔狼(フェンリル)』の群れが、一人の男を包囲していた。


その男は、銀色の髪を乱し、返り血を浴びながら剣を振るっていた。
宝石のように澄んだ青い瞳。
返り血すらも装飾品に見えるほどの、国宝級の美貌。
着ている鎧は豪華で、この国の騎士の中でも相当な地位にいることが伺える。


「くっ……ここまでか……!」


銀髪の騎士が膝をつく。
死を覚悟したようなその表情に、本来なら同情の一言でもかけるべきだった。
だが、僕の視線はその足元に釘付けになった。


「……あ、僕のベリーの茂みが」


そこには、僕が昨日見つけて「明日の朝食にしよう」と楽しみにしていた、野生のベリーが実っていたのだ。
それが、魔狼たちの太い足によって、無惨に踏み潰されている。


「僕の……僕の、ささやかな楽しみを……ッ!」


前世でどれだけ理不尽な納期を押し付けられても耐えた僕の堪忍袋が、ベリー一つで崩壊した。
僕は無意識に右手を突き出した。
呪文などいらない。ただ、不快なものを消し飛ばすイメージ。


「そこ、退けよ。邪魔だ」


僕の指先から、目に見えるほどの濃密な魔力が奔流となって放たれた。
それは魔法というより、物理的な質量を持った衝撃。
魔狼たちは悲鳴を上げる暇もなく、まるで掃除機に吸い込まれる埃のように、地平線の彼方までまとめて吹き飛ばされた。


一瞬にして、静寂が戻る。


「…………え?」


銀髪の騎士――ゼノが、呆然とした声を上げた。
死を覚悟した瞬間に現れた、寝癖だらけでパジャマのような格好の青年。
それが一振りで伝説級の魔物を一掃したのだ。


僕は彼に目もくれず、踏み荒らされた茂みに駆け寄った。


「あああ、やっぱり全滅してる……。ジャムにしようと思ってたのに……」


膝をついて絶望する僕の背後で、カシャリ、と鎧の音がした。


「……貴殿は、神の使いか? それとも、伝説の賢者か?」


震える声で問いかけてくるゼノ。
僕は面倒くさくなって、振り返らずに言い放った。


「ただの、朝食を台無しにされた無職です。用が済んだらさっさと帰ってください。二度寝の邪魔です」


「…………っ!」


背後で、ゼノが息を呑む音がした。
だが、眠気の限界だった僕は、そのままログハウスに戻って扉を閉め、鍵をかけた。


この時の僕は、まだ知る由もなかった。
この銀髪の騎士が、この国の英雄であり、そして一度「恩人」と定めた相手には、異常なまでの執着を見せる重度の愛され(重すぎる)体質だということを。


「あんなに美しい魔力……あんなに無欲な瞳……。ああ、見つけた。ついに見つけたぞ……僕の運命の人を……」


ログハウスの外で、ゼノが頬を染め、恍惚とした表情で僕の家の扉を見つめていたことも、僕は夢の中ですやすやと眠りながら、これっぽっちも気づいていなかったのである。
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