9 / 23
9話
しおりを挟む
「リト君! 今日は本当にお疲れ様。君のおかげで、例の『無限に増殖するマンドラゴラ』の処理が定時前に終わったよ!」
魔導師団長のエディが、ホクホク顔で僕の肩を叩いた。
今日は魔導師団の親睦会という名の飲み会だ。
普段なら全力で直帰するところだが、「高級ワイン飲み放題」という言葉に、元社畜の卑しさが勝ってしまった。
「定時退社の後の酒は最高ですからね。……ところで、あそこにいる『置物』はどうにかなりませんか?」
僕が指差した先。
会場の隅で、鎧を脱ぎ捨てた漆黒の礼装に身を包んだゼノが、恐ろしい殺気を放ちながら周囲を威圧していた。
彼の周囲だけ、半径二メートルほど誰も近寄れない真空地帯ができている。
「ゼノ、お前も楽しめよ。リト君が他の奴らに絡まれないように見張ってるのは分かるけど、怖すぎるんだよ」
エディが呆れて声をかけるが、ゼノは鋭い視線を僕から逸らさない。
「リト殿の無防備な姿を、他の男たちに晒すなど……。エディ、今すぐこの会を解散させろ。さもなくば、この会場を氷結封印する」
「仕事増やそうとするなよ!!」
僕はゼノのグラスに、なみなみとワインを注いでやった。
「ゼノさんも、ほら。飲んで落ち着いてください。これ、すごく美味しいですよ」
「リト殿が注いでくださった酒……! 毒が入っていても飲み干しましょう!」
ゼノは一気にグラスを空けた。
……そして、僕もまた、異世界の酒のアルコール度数を完全になめていた。
三十分後。
「……あはは、エディさん、その眼鏡、魔法で浮いてるんですかー?」
「リト君、飲みすぎだ。顔が真っ赤だよ」
視界がふわふわする。
異世界のワインは、ジュースみたいに甘いくせに、魔力がこもっているせいで酔いの回りが爆速だった。
僕は足元がおぼつかなくなり、そのまま近くにいた「一番がっしりした柱」に抱きついた。
……いや、柱じゃない。
「……あ、ゼノさんだ。ゼノさん、これ、本物の筋肉ですかー?」
「リ、リト殿!? 急に抱きつかないでください! 私の心臓が魔力暴走を起こします!!」
僕はゼノの胸板に顔を埋め、すりすりと頬を寄せた。
正装の下の筋肉が、驚くほど熱くて硬い。
前世のデスクワークでは決して手に入らない、本物の騎士の体。
「んふふ……あったかい。ゼノさん、いつもいい匂いしますよね。森の匂いっていうか、高級な柔軟剤っていうか……」
「リ、リト殿……っ、ああ、もう……! 私の理性が、聖騎士としての誓いが……!!」
ゼノが僕の肩を掴み、真っ赤な顔で震えている。
周囲の魔導師たちは「おい、見ろよ、あのゼノ様がリト君に抱きつかれて気絶しそうだぞ」「あれは尊死(たっとし)の一歩手前だな」とヒソヒソ笑っている。
「ゼノさーん。僕、もう歩けませーん。おうちまで、魔法で飛ばしてくださーい」
僕は甘えるように、ゼノの首に腕を回した。
酔っ払ったリトは、普段の「鉄壁スルー」が嘘のように、無自覚な誘惑の塊と化していた。
「……連れて帰ります。……今すぐ。誰にも見られない場所へ」
ゼノの声が、低く、獣のような響きを帯びた。
彼は僕を軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にすると、エディの方を一度も振り返らずに会場を後にした。
「おいゼノ! ちゃんとリト君の家へ送り届けるんだぞ! 間違っても自分の屋敷に拉致するなよ!」
エディの叫び声が聞こえたが、僕の意識はそこでぷっつりと途切れた。
翌朝。
「……う、頭が割れる」
ひどい二日酔いと共に目を覚ますと、そこは見慣れたログハウスの僕のベッドだった。
横を見ると、ココとグレートドッグが心配そうに僕を覗き込んでいる。
「よかった、帰ってこれたんだ……。……ん?」
ふと見ると、ベッドの脇の椅子に、ゼノが座ったまま寝ていた。
その手には、僕の手がしっかりと握られている。
しかも彼の顔には、どこか「やり遂げた男」のような、それでいて「あと一歩で理性が死ぬところだった」という苦悶の跡が入り混じった不思議な笑みが浮かんでいた。
「……ゼノさん? 起きてください、朝ですよ」
「……っ、リト殿! 昨夜のことは、どこまで覚えておいでですか!?」
飛び起きたゼノが、必死な形相で僕に詰め寄る。
「え……? 抱きついたような気がしますけど……それ以外は、さっぱり」
「…………。……そうですか。そうですか、覚えていないのですか」
ゼノはその場に崩れ落ち、床を激しく叩いた。
「私の理性が! あと一秒、貴殿の家への到着が遅れていたら、私は聖騎士の称号を捨てて貴殿を貪っていたというのに!! それを、本人は忘れているだと!!」
「……よく分かんないけど、送ってくれてありがとうございました」
「もう、いっそ一生酔い続けていてくださいリト殿おぉぉぉ!!」
ゼノの悲痛な叫びが森に響き渡ったが、僕は「酒はもうやめよう」と心に誓い、ココを抱きしめて二度寝の準備を始めるのだった。
魔導師団長のエディが、ホクホク顔で僕の肩を叩いた。
今日は魔導師団の親睦会という名の飲み会だ。
普段なら全力で直帰するところだが、「高級ワイン飲み放題」という言葉に、元社畜の卑しさが勝ってしまった。
「定時退社の後の酒は最高ですからね。……ところで、あそこにいる『置物』はどうにかなりませんか?」
僕が指差した先。
会場の隅で、鎧を脱ぎ捨てた漆黒の礼装に身を包んだゼノが、恐ろしい殺気を放ちながら周囲を威圧していた。
彼の周囲だけ、半径二メートルほど誰も近寄れない真空地帯ができている。
「ゼノ、お前も楽しめよ。リト君が他の奴らに絡まれないように見張ってるのは分かるけど、怖すぎるんだよ」
エディが呆れて声をかけるが、ゼノは鋭い視線を僕から逸らさない。
「リト殿の無防備な姿を、他の男たちに晒すなど……。エディ、今すぐこの会を解散させろ。さもなくば、この会場を氷結封印する」
「仕事増やそうとするなよ!!」
僕はゼノのグラスに、なみなみとワインを注いでやった。
「ゼノさんも、ほら。飲んで落ち着いてください。これ、すごく美味しいですよ」
「リト殿が注いでくださった酒……! 毒が入っていても飲み干しましょう!」
ゼノは一気にグラスを空けた。
……そして、僕もまた、異世界の酒のアルコール度数を完全になめていた。
三十分後。
「……あはは、エディさん、その眼鏡、魔法で浮いてるんですかー?」
「リト君、飲みすぎだ。顔が真っ赤だよ」
視界がふわふわする。
異世界のワインは、ジュースみたいに甘いくせに、魔力がこもっているせいで酔いの回りが爆速だった。
僕は足元がおぼつかなくなり、そのまま近くにいた「一番がっしりした柱」に抱きついた。
……いや、柱じゃない。
「……あ、ゼノさんだ。ゼノさん、これ、本物の筋肉ですかー?」
「リ、リト殿!? 急に抱きつかないでください! 私の心臓が魔力暴走を起こします!!」
僕はゼノの胸板に顔を埋め、すりすりと頬を寄せた。
正装の下の筋肉が、驚くほど熱くて硬い。
前世のデスクワークでは決して手に入らない、本物の騎士の体。
「んふふ……あったかい。ゼノさん、いつもいい匂いしますよね。森の匂いっていうか、高級な柔軟剤っていうか……」
「リ、リト殿……っ、ああ、もう……! 私の理性が、聖騎士としての誓いが……!!」
ゼノが僕の肩を掴み、真っ赤な顔で震えている。
周囲の魔導師たちは「おい、見ろよ、あのゼノ様がリト君に抱きつかれて気絶しそうだぞ」「あれは尊死(たっとし)の一歩手前だな」とヒソヒソ笑っている。
「ゼノさーん。僕、もう歩けませーん。おうちまで、魔法で飛ばしてくださーい」
僕は甘えるように、ゼノの首に腕を回した。
酔っ払ったリトは、普段の「鉄壁スルー」が嘘のように、無自覚な誘惑の塊と化していた。
「……連れて帰ります。……今すぐ。誰にも見られない場所へ」
ゼノの声が、低く、獣のような響きを帯びた。
彼は僕を軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にすると、エディの方を一度も振り返らずに会場を後にした。
「おいゼノ! ちゃんとリト君の家へ送り届けるんだぞ! 間違っても自分の屋敷に拉致するなよ!」
エディの叫び声が聞こえたが、僕の意識はそこでぷっつりと途切れた。
翌朝。
「……う、頭が割れる」
ひどい二日酔いと共に目を覚ますと、そこは見慣れたログハウスの僕のベッドだった。
横を見ると、ココとグレートドッグが心配そうに僕を覗き込んでいる。
「よかった、帰ってこれたんだ……。……ん?」
ふと見ると、ベッドの脇の椅子に、ゼノが座ったまま寝ていた。
その手には、僕の手がしっかりと握られている。
しかも彼の顔には、どこか「やり遂げた男」のような、それでいて「あと一歩で理性が死ぬところだった」という苦悶の跡が入り混じった不思議な笑みが浮かんでいた。
「……ゼノさん? 起きてください、朝ですよ」
「……っ、リト殿! 昨夜のことは、どこまで覚えておいでですか!?」
飛び起きたゼノが、必死な形相で僕に詰め寄る。
「え……? 抱きついたような気がしますけど……それ以外は、さっぱり」
「…………。……そうですか。そうですか、覚えていないのですか」
ゼノはその場に崩れ落ち、床を激しく叩いた。
「私の理性が! あと一秒、貴殿の家への到着が遅れていたら、私は聖騎士の称号を捨てて貴殿を貪っていたというのに!! それを、本人は忘れているだと!!」
「……よく分かんないけど、送ってくれてありがとうございました」
「もう、いっそ一生酔い続けていてくださいリト殿おぉぉぉ!!」
ゼノの悲痛な叫びが森に響き渡ったが、僕は「酒はもうやめよう」と心に誓い、ココを抱きしめて二度寝の準備を始めるのだった。
22
あなたにおすすめの小説
契約結婚だけど大好きです!
泉あけの
BL
子爵令息のイヴ・ランヌは伯爵ベルナール・オルレイアンに恋をしている。
そんな中、子爵である父からオルレイアン伯爵から求婚書が届いていると言われた。
片思いをしていたイヴは憧れのベルナール様が求婚をしてくれたと大喜び。
しかしこの結婚は両家の利害が一致した契約結婚だった。
イヴは恋心が暴走してベルナール様に迷惑がかからないようにと距離を取ることに決めた。
......
「俺と一緒に散歩に行かないか、綺麗な花が庭園に咲いているんだ」
彼はそう言って僕に手を差し伸べてくれた。
「すみません。僕はこれから用事があるので」
本当はベルナール様の手を取ってしまいたい。でも我慢しなくちゃ。この想いに蓋をしなくては。
この結婚は契約だ。僕がどんなに彼を好きでも僕達が通じ合うことはないのだから。
※小説家になろうにも掲載しております
※直接的な表現ではありませんが、「初夜」という単語がたびたび登場します
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
偽りの聖者と泥の国
篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」
自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。
しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。
壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。
二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。
裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。
これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。
-----------------------------------------
『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ
この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。
本編に救いはありません。
セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。
本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!
木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。
この話は小説家になろうにも投稿しています。
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい
雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。
延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる