伝説の聖騎士に求婚されていますが、それどころじゃないので定時で帰ります! ~もふもふと昼寝したいだけなのに愛が重すぎる~

たら昆布

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9話

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「リト君! 今日は本当にお疲れ様。君のおかげで、例の『無限に増殖するマンドラゴラ』の処理が定時前に終わったよ!」

魔導師団長のエディが、ホクホク顔で僕の肩を叩いた。
今日は魔導師団の親睦会という名の飲み会だ。
普段なら全力で直帰するところだが、「高級ワイン飲み放題」という言葉に、元社畜の卑しさが勝ってしまった。

「定時退社の後の酒は最高ですからね。……ところで、あそこにいる『置物』はどうにかなりませんか?」

僕が指差した先。
会場の隅で、鎧を脱ぎ捨てた漆黒の礼装に身を包んだゼノが、恐ろしい殺気を放ちながら周囲を威圧していた。
彼の周囲だけ、半径二メートルほど誰も近寄れない真空地帯ができている。

「ゼノ、お前も楽しめよ。リト君が他の奴らに絡まれないように見張ってるのは分かるけど、怖すぎるんだよ」

エディが呆れて声をかけるが、ゼノは鋭い視線を僕から逸らさない。

「リト殿の無防備な姿を、他の男たちに晒すなど……。エディ、今すぐこの会を解散させろ。さもなくば、この会場を氷結封印する」

「仕事増やそうとするなよ!!」

僕はゼノのグラスに、なみなみとワインを注いでやった。

「ゼノさんも、ほら。飲んで落ち着いてください。これ、すごく美味しいですよ」

「リト殿が注いでくださった酒……! 毒が入っていても飲み干しましょう!」

ゼノは一気にグラスを空けた。
……そして、僕もまた、異世界の酒のアルコール度数を完全になめていた。

三十分後。

「……あはは、エディさん、その眼鏡、魔法で浮いてるんですかー?」

「リト君、飲みすぎだ。顔が真っ赤だよ」

視界がふわふわする。
異世界のワインは、ジュースみたいに甘いくせに、魔力がこもっているせいで酔いの回りが爆速だった。
僕は足元がおぼつかなくなり、そのまま近くにいた「一番がっしりした柱」に抱きついた。

……いや、柱じゃない。

「……あ、ゼノさんだ。ゼノさん、これ、本物の筋肉ですかー?」

「リ、リト殿!? 急に抱きつかないでください! 私の心臓が魔力暴走を起こします!!」

僕はゼノの胸板に顔を埋め、すりすりと頬を寄せた。
正装の下の筋肉が、驚くほど熱くて硬い。
前世のデスクワークでは決して手に入らない、本物の騎士の体。

「んふふ……あったかい。ゼノさん、いつもいい匂いしますよね。森の匂いっていうか、高級な柔軟剤っていうか……」

「リ、リト殿……っ、ああ、もう……! 私の理性が、聖騎士としての誓いが……!!」

ゼノが僕の肩を掴み、真っ赤な顔で震えている。
周囲の魔導師たちは「おい、見ろよ、あのゼノ様がリト君に抱きつかれて気絶しそうだぞ」「あれは尊死(たっとし)の一歩手前だな」とヒソヒソ笑っている。

「ゼノさーん。僕、もう歩けませーん。おうちまで、魔法で飛ばしてくださーい」

僕は甘えるように、ゼノの首に腕を回した。
酔っ払ったリトは、普段の「鉄壁スルー」が嘘のように、無自覚な誘惑の塊と化していた。

「……連れて帰ります。……今すぐ。誰にも見られない場所へ」

ゼノの声が、低く、獣のような響きを帯びた。
彼は僕を軽々と横抱き(お姫様抱っこ)にすると、エディの方を一度も振り返らずに会場を後にした。

「おいゼノ! ちゃんとリト君の家へ送り届けるんだぞ! 間違っても自分の屋敷に拉致するなよ!」

エディの叫び声が聞こえたが、僕の意識はそこでぷっつりと途切れた。

翌朝。

「……う、頭が割れる」

ひどい二日酔いと共に目を覚ますと、そこは見慣れたログハウスの僕のベッドだった。
横を見ると、ココとグレートドッグが心配そうに僕を覗き込んでいる。

「よかった、帰ってこれたんだ……。……ん?」

ふと見ると、ベッドの脇の椅子に、ゼノが座ったまま寝ていた。
その手には、僕の手がしっかりと握られている。
しかも彼の顔には、どこか「やり遂げた男」のような、それでいて「あと一歩で理性が死ぬところだった」という苦悶の跡が入り混じった不思議な笑みが浮かんでいた。

「……ゼノさん? 起きてください、朝ですよ」

「……っ、リト殿! 昨夜のことは、どこまで覚えておいでですか!?」

飛び起きたゼノが、必死な形相で僕に詰め寄る。

「え……? 抱きついたような気がしますけど……それ以外は、さっぱり」

「…………。……そうですか。そうですか、覚えていないのですか」

ゼノはその場に崩れ落ち、床を激しく叩いた。

「私の理性が! あと一秒、貴殿の家への到着が遅れていたら、私は聖騎士の称号を捨てて貴殿を貪っていたというのに!! それを、本人は忘れているだと!!」

「……よく分かんないけど、送ってくれてありがとうございました」

「もう、いっそ一生酔い続けていてくださいリト殿おぉぉぉ!!」

ゼノの悲痛な叫びが森に響き渡ったが、僕は「酒はもうやめよう」と心に誓い、ココを抱きしめて二度寝の準備を始めるのだった。
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