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18話
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「……リト殿。……触れても、いいですか?」
湯気に濡れたゼノの声が、僕の鼓膜を甘く震わせる。
お湯の中で、僕の手首を掴む彼の指先が、微かに震えているのがわかった。
最強の聖騎士が、僕ひとりの反応にこれほどまでに緊張している。
「…………」
僕は言葉が出てこなかった。
いつもなら「定時なんで!」と突き放すはずなのに。
月光に照らされた彼の銀髪が、水面に反射してキラキラと輝いている。
そのあまりの美しさに、僕は魔法にかけられたように動けなくなっていた。
ゼノがゆっくりと顔を近づけてくる。
鼻先が触れ合い、互いの熱い吐息が混ざり合う。
僕はたまらず、そっと目を閉じた。
(……ああ、もう、どうにでもなれ……)
そう思った、その瞬間だった。
「ワフッ!!」
「キャンキャンキャンッ!!」
「……ぶふぉっ!?」
顔面に、凄まじい勢いで「濡れた毛塊」が叩きつけられた。
「リ、リト殿!? 大丈夫ですか!?」
慌てて目を開けると、そこには僕とゼノの間に割り込むようにして湯船にダイブした、びしょ濡れのココとグレートドッグの姿があった。
二匹とも、宿の部屋で大人しくしているはずだったのに、どうやって鍵を開けてここまで来たんだ。
「コ、ココ……!? それにグレートドッグまで!?」
「キャンッ! クゥン!」
ココが僕の胸元に飛び込み、濡れた体をブルブルと震わせた。
温泉の雫が、僕とゼノの顔に容赦なく飛び散る。
ロマンチックな雰囲気は、一瞬にして「もふもふの洗濯タイム」へと変貌した。
「……貴様らぁぁぁ!!」
ゼノが、見たこともないような般若の面相で立ち上がった。
その背後から立ち上る魔力のオーラが、温泉の温度を数度上げている気がする。
「あと一歩……あと一ミリで、私の魂とリト殿の魂が物理的に融合するはずだったのだぞ! この毛玉どもめ! 今すぐ脱水機にかけて干してやろうか!!」
「ワンワンッ! グルルル……!」
グレートドッグがゼノの前に立ちはだかり、彼に負けないほどの威圧感を放つ。
どうやら、彼らは僕をゼノから「守りに」来たらしい。
伝説の魔獣たちの野生の勘が、僕の危機(貞操的な意味で)を察知したのだろう。
「ゼ、ゼノさん、落ち着いて! ほら、二人とも温泉が気に入っちゃったみたいですよ。……あはは、なんか冷めちゃいましたね」
僕はぐっしょりと濡れたココを抱き上げ、苦笑いを浮かべた。
正直、心のどこかでホッとしている自分もいた。
あのままキスをしていたら、僕の「定時退社スローライフ(独身貴族版)」は終わっていたかもしれないから。
「……リト殿。貴殿は、今の私を見て笑うのですか」
ゼノが、濡れた前髪をかき上げ、悲しげな……それでいて執念を隠さない瞳で僕を見つめた。
「……今日は、彼らに譲りましょう。ですが、覚えておいてください。……一度開いた扉は、二度と閉まりませんよ。貴殿が私を『男』として意識した、その事実は消えないのですから」
「…………っ」
僕は顔が火照るのを感じて、ココを盾にするように顔を隠した。
結局、その夜は三人と二匹で川の字(真ん中に魔獣の壁)になって寝る羽目になったのだが。
ゼノが寝言で「次は……結界を……五重に張って……」と呟いているのを聞いて、僕は「やっぱりこの人は怖い」と再確認しつつも、握られたままの自分の手の温かさに、少しだけ口角を上げるのだった。
「(……ま、たまにはこういう休暇も、悪くないかな)」
窓の外では、温泉地の夜が静かに更けていく。
僕の平穏な日々は、少しずつ、でも確実にゼノの色に染まり始めていた。
湯気に濡れたゼノの声が、僕の鼓膜を甘く震わせる。
お湯の中で、僕の手首を掴む彼の指先が、微かに震えているのがわかった。
最強の聖騎士が、僕ひとりの反応にこれほどまでに緊張している。
「…………」
僕は言葉が出てこなかった。
いつもなら「定時なんで!」と突き放すはずなのに。
月光に照らされた彼の銀髪が、水面に反射してキラキラと輝いている。
そのあまりの美しさに、僕は魔法にかけられたように動けなくなっていた。
ゼノがゆっくりと顔を近づけてくる。
鼻先が触れ合い、互いの熱い吐息が混ざり合う。
僕はたまらず、そっと目を閉じた。
(……ああ、もう、どうにでもなれ……)
そう思った、その瞬間だった。
「ワフッ!!」
「キャンキャンキャンッ!!」
「……ぶふぉっ!?」
顔面に、凄まじい勢いで「濡れた毛塊」が叩きつけられた。
「リ、リト殿!? 大丈夫ですか!?」
慌てて目を開けると、そこには僕とゼノの間に割り込むようにして湯船にダイブした、びしょ濡れのココとグレートドッグの姿があった。
二匹とも、宿の部屋で大人しくしているはずだったのに、どうやって鍵を開けてここまで来たんだ。
「コ、ココ……!? それにグレートドッグまで!?」
「キャンッ! クゥン!」
ココが僕の胸元に飛び込み、濡れた体をブルブルと震わせた。
温泉の雫が、僕とゼノの顔に容赦なく飛び散る。
ロマンチックな雰囲気は、一瞬にして「もふもふの洗濯タイム」へと変貌した。
「……貴様らぁぁぁ!!」
ゼノが、見たこともないような般若の面相で立ち上がった。
その背後から立ち上る魔力のオーラが、温泉の温度を数度上げている気がする。
「あと一歩……あと一ミリで、私の魂とリト殿の魂が物理的に融合するはずだったのだぞ! この毛玉どもめ! 今すぐ脱水機にかけて干してやろうか!!」
「ワンワンッ! グルルル……!」
グレートドッグがゼノの前に立ちはだかり、彼に負けないほどの威圧感を放つ。
どうやら、彼らは僕をゼノから「守りに」来たらしい。
伝説の魔獣たちの野生の勘が、僕の危機(貞操的な意味で)を察知したのだろう。
「ゼ、ゼノさん、落ち着いて! ほら、二人とも温泉が気に入っちゃったみたいですよ。……あはは、なんか冷めちゃいましたね」
僕はぐっしょりと濡れたココを抱き上げ、苦笑いを浮かべた。
正直、心のどこかでホッとしている自分もいた。
あのままキスをしていたら、僕の「定時退社スローライフ(独身貴族版)」は終わっていたかもしれないから。
「……リト殿。貴殿は、今の私を見て笑うのですか」
ゼノが、濡れた前髪をかき上げ、悲しげな……それでいて執念を隠さない瞳で僕を見つめた。
「……今日は、彼らに譲りましょう。ですが、覚えておいてください。……一度開いた扉は、二度と閉まりませんよ。貴殿が私を『男』として意識した、その事実は消えないのですから」
「…………っ」
僕は顔が火照るのを感じて、ココを盾にするように顔を隠した。
結局、その夜は三人と二匹で川の字(真ん中に魔獣の壁)になって寝る羽目になったのだが。
ゼノが寝言で「次は……結界を……五重に張って……」と呟いているのを聞いて、僕は「やっぱりこの人は怖い」と再確認しつつも、握られたままの自分の手の温かさに、少しだけ口角を上げるのだった。
「(……ま、たまにはこういう休暇も、悪くないかな)」
窓の外では、温泉地の夜が静かに更けていく。
僕の平穏な日々は、少しずつ、でも確実にゼノの色に染まり始めていた。
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