19 / 23
19話
「……何あれ」
休暇明け、魔導師団の回廊を歩いていた僕は、思わず足を止めた。
視線の先には、窓際で一人の美しい令嬢と親しげに(僕にはそう見えた)話しているゼノの姿があった。
令嬢は頬を染め、ゼノに何かを熱心にねだっているようで、ゼノもまた、いつになく穏やかな表情で頷いている。
いつもなら、「うわ、またゼノさんが捕まってる。今のうちに逃げよう」と思うはずなのに。
なぜか、胸の奥が「ちりり」と焼けるように痛んだ。
「キャン……?」
腕の中のココが、僕の顔を覗き込む。
そんな顔をするなよ、ココ。僕だって、自分がどうしてこんなにイライラしているのか分からないんだ。
「……ま、いいや。僕には関係ないし。定時まであと七時間もあるんだ、仕事しよう」
僕は逃げるように執務室へ入り、山積みの資料に没頭した。
だが、集中できない。
『火属性魔法の減衰率』という文字が、いつの間にか『ゼノ・令嬢・仲良し』という文字に見えてくる。
「(……別に、いいじゃないか。ゼノさんはこの国の英雄だし、結婚相手なんて掃いて捨てるほどいるんだ。僕みたいなやる気のない男より、ああいう綺麗な人の方がお似合いに決まってる)」
ペンを握る手に、無意識に力がこもる。
その時、バタン! と勢いよく扉が開いた。
「リト殿! 休暇明けの貴殿の姿を見なければ、私の魔力回路が枯渇して死ぬところでした! おはようございます、私の愛しい人!!」
いつもの、暑苦しいほどの愛。
いつもの、キラキラした笑顔。
だが、今日の僕は、素直にそれを聞き流すことができなかった。
「……ゼノさん、声が大きいです。あと、仕事中なので入ってこないでください」
「えっ……。リ、リト殿? なぜそんなに冷たい目なのですか? 私、何か失礼なことをしましたか!? 温泉でのあの甘い時間は、私の妄想だったのですか!?」
ゼノがショックでよろめき、壁に手をつく。
僕は資料から目を離さず、淡々と答えた。
「別に。さっき、綺麗な方とお話しされてたじゃないですか。お邪魔しちゃ悪いと思っただけです」
「……綺麗な方? ああ、あの令嬢のことですか。彼女は――」
「説明しなくていいですよ。ゼノさんが誰と何を話そうと、僕には関係ないですから。ほら、五時まで忙しいんです、帰ってください」
「…………」
部屋に沈黙が流れる。
言い過ぎたかな、と少しだけ後悔して顔を上げると、そこには――。
なぜか、この世の春を迎えたかのような、恍惚とした表情で震えるゼノがいた。
「……リト殿。今、貴殿は……私に『嫉妬』してくださったのですか?」
「はあ!? 違います! 僕はただ、業務の妨げになるから――」
「いいえ! その冷ややかな声、逸らされた視線、そして微かに震える指先……! 間違いありません、これは愛ゆえの独占欲! ああ……死んでもいい……いや、死にません! 貴殿の愛を確認した今、私は真の神へと昇華できそうです!」
ゼノが僕のデスクに身を乗り出し、僕の両手をがっしりと握りしめた。
「誤解しないでください。あの令嬢は、私の遠い親戚です。彼女は私に『リト殿に贈る結婚指輪』にふさわしい宝飾店を教えてくれていただけなのです!」
「指輪!? まだ付き合ってもないのに!?」
「付き合う? いえ、私は最初から貴殿の『伴侶』になるつもりですが? さあ、リト殿。今すぐその指のサイズを測らせてください。私の魔力で、貴殿の指から二度と抜けないように固定して――」
「重い!! 怖い!! 結局ストーカーに戻ってるじゃないですか!!」
僕は全力でゼノを押し返した。
せっかく芽生えかけた「可愛らしい嫉妬」は、ゼノのあまりにも重すぎる愛によって、秒速で「いつもの恐怖」へと上書きされた。
「……ココ、行こう。やっぱりこの人は一秒でも放置しちゃダメだ」
「キャンッ!(自業自得だね!)」
僕はゼノを執務室に閉じ込め(物理的に鍵をかけた)、定時前だというのに早退を決意した。
胸の痛みは消えたけれど、代わりに「将来の自由」への危機感がマックスに達していた。
スローライフへの道は、どうやら僕自身の心の迷いによって、さらに迷路と化していくようだった。
休暇明け、魔導師団の回廊を歩いていた僕は、思わず足を止めた。
視線の先には、窓際で一人の美しい令嬢と親しげに(僕にはそう見えた)話しているゼノの姿があった。
令嬢は頬を染め、ゼノに何かを熱心にねだっているようで、ゼノもまた、いつになく穏やかな表情で頷いている。
いつもなら、「うわ、またゼノさんが捕まってる。今のうちに逃げよう」と思うはずなのに。
なぜか、胸の奥が「ちりり」と焼けるように痛んだ。
「キャン……?」
腕の中のココが、僕の顔を覗き込む。
そんな顔をするなよ、ココ。僕だって、自分がどうしてこんなにイライラしているのか分からないんだ。
「……ま、いいや。僕には関係ないし。定時まであと七時間もあるんだ、仕事しよう」
僕は逃げるように執務室へ入り、山積みの資料に没頭した。
だが、集中できない。
『火属性魔法の減衰率』という文字が、いつの間にか『ゼノ・令嬢・仲良し』という文字に見えてくる。
「(……別に、いいじゃないか。ゼノさんはこの国の英雄だし、結婚相手なんて掃いて捨てるほどいるんだ。僕みたいなやる気のない男より、ああいう綺麗な人の方がお似合いに決まってる)」
ペンを握る手に、無意識に力がこもる。
その時、バタン! と勢いよく扉が開いた。
「リト殿! 休暇明けの貴殿の姿を見なければ、私の魔力回路が枯渇して死ぬところでした! おはようございます、私の愛しい人!!」
いつもの、暑苦しいほどの愛。
いつもの、キラキラした笑顔。
だが、今日の僕は、素直にそれを聞き流すことができなかった。
「……ゼノさん、声が大きいです。あと、仕事中なので入ってこないでください」
「えっ……。リ、リト殿? なぜそんなに冷たい目なのですか? 私、何か失礼なことをしましたか!? 温泉でのあの甘い時間は、私の妄想だったのですか!?」
ゼノがショックでよろめき、壁に手をつく。
僕は資料から目を離さず、淡々と答えた。
「別に。さっき、綺麗な方とお話しされてたじゃないですか。お邪魔しちゃ悪いと思っただけです」
「……綺麗な方? ああ、あの令嬢のことですか。彼女は――」
「説明しなくていいですよ。ゼノさんが誰と何を話そうと、僕には関係ないですから。ほら、五時まで忙しいんです、帰ってください」
「…………」
部屋に沈黙が流れる。
言い過ぎたかな、と少しだけ後悔して顔を上げると、そこには――。
なぜか、この世の春を迎えたかのような、恍惚とした表情で震えるゼノがいた。
「……リト殿。今、貴殿は……私に『嫉妬』してくださったのですか?」
「はあ!? 違います! 僕はただ、業務の妨げになるから――」
「いいえ! その冷ややかな声、逸らされた視線、そして微かに震える指先……! 間違いありません、これは愛ゆえの独占欲! ああ……死んでもいい……いや、死にません! 貴殿の愛を確認した今、私は真の神へと昇華できそうです!」
ゼノが僕のデスクに身を乗り出し、僕の両手をがっしりと握りしめた。
「誤解しないでください。あの令嬢は、私の遠い親戚です。彼女は私に『リト殿に贈る結婚指輪』にふさわしい宝飾店を教えてくれていただけなのです!」
「指輪!? まだ付き合ってもないのに!?」
「付き合う? いえ、私は最初から貴殿の『伴侶』になるつもりですが? さあ、リト殿。今すぐその指のサイズを測らせてください。私の魔力で、貴殿の指から二度と抜けないように固定して――」
「重い!! 怖い!! 結局ストーカーに戻ってるじゃないですか!!」
僕は全力でゼノを押し返した。
せっかく芽生えかけた「可愛らしい嫉妬」は、ゼノのあまりにも重すぎる愛によって、秒速で「いつもの恐怖」へと上書きされた。
「……ココ、行こう。やっぱりこの人は一秒でも放置しちゃダメだ」
「キャンッ!(自業自得だね!)」
僕はゼノを執務室に閉じ込め(物理的に鍵をかけた)、定時前だというのに早退を決意した。
胸の痛みは消えたけれど、代わりに「将来の自由」への危機感がマックスに達していた。
スローライフへの道は、どうやら僕自身の心の迷いによって、さらに迷路と化していくようだった。
あなたにおすすめの小説
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。