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3章 恋人失格
28.嬉し涙
しおりを挟む電車に乗る前に伊吹さんへ電話を掛ける事にした。きっと接客中だから出ないと思う。伊吹さんはそういう所はしっかりしてるから、マナーモードにしてる筈だ。
それでもいい。今俺が伊吹さんに何かしらのメッセージを残したかったんだ。案の定出なかったから、今度はメッセージの画面を開いて文を打つ。送信する前に送るかどうか迷ったけど、ここで辞めたら自分を変える事は出来ないと思って送信した。
送った後に、どっと不安が押し寄せた。
仕事中に電話をして、あんなメッセージまで送って迷惑だと思われないだろうか。今までに俺からそんな事はした事がないから怖くて仕方ない。
いや、大丈夫だ。これは伊吹さんを大切にする為の第一歩だ。
もう自分に嘘はつかない。
すぐに返信は来ないと思ってとりあえず帰ろうと再び駅へ向かう。早く帰って勉強をしよう。今日はずっと部屋に篭って机にいよう。
勉強をして何もかも考えられないようにしてしまえばいい。
あ、また逃げようとしてるな俺。
だからダメなのに……
また自暴自棄になりそうになって、頭を振って改札を通る。駅のホームまでの道のりでスマホが鳴った。
もしかしてと思って画面を見ると、まさかの伊吹さんからの着信で、俺は慌てて取った。
うそ、伊吹さんから折り返しがあった!
「もしもし!」
『尚輝くん?何かあったのか?』
「えっと……メッセージですよね?心配掛けてすみません。気にしないでください」
伊吹さんの真剣な声にホッとしつつも、焦っていた。俺のせいで仕事に支障が出たら大変だ。早く電話を切らないと……
『気にするって。今日授業は?』
「……それが、サボってしまいました」
『尚輝くんがサボり!?ちょ、マジ心配なんだけどっ!今どこにいんの?すぐ行くから場所送っておいて!』
「今からって、お仕事中ですよね?嬉しいですけど、無理しないで下さい……」
言っていて泣きそうになった。
せっかく伊吹さんが俺のメッセージに応えてくれたのに、俺はそれを否定するような事しか言えないなんて。
伊吹さんごめんなさい。嫌いにならないで。
『今日はもうすぐで終わりだから、絶対どこにいるのか送っておけよ!じゃあな!』
「伊吹さんっ」
伊吹さんは慌てた様子で電話を切った。
どうしよう。俺は伊吹さんにとんでもない事をしてしまったと思って血の気が引いた。
自分の今いる場所を教えてもいいのだろうか?そんな事をしたら仕事を放り投げて来てしまうのでは?そんなの伊吹さんを見る周りの目が変わっちゃう。伊吹さんの人気を落とすような事はしたくない。
いや、本当にそうなのか?
本当は電話が来て嬉しかったんじゃないか?
本当は伊吹さんの人気が下がればいいと思ってるんじゃないか?
本当は今すぐにでも伊吹さんに来て欲しいって思ってるんじゃないか?
だってさ、俺が送ったメッセージに対してすぐに返事してくれた事がこんなにも嬉しいなんて。
俺はそっとスマホを操作して再び伊吹さんにメッセージを送る事にした。
俺が今いる駅の名前を打って送信する。
そしてその上には先ほど送った俺のメッセージに既読が付いていて涙がジワッと込み上げた。
『今すぐ会いたいです』
その文を見てすぐに電話を折り返してくれた事が、嬉しくて、幸せ過ぎて、俺は駅を出て思い出の待ち合わせ場所まで歩き出した。
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