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3章 恋人失格
29.救われる心
しおりを挟む再びコンビニの前まで来て、場所を移した事をメッセージしようとスマホを開いた瞬間、横から声を掛けられた。
「あのー、もしかして谷岡尚輝くん?俺、某デートクラブナンバーワンの伊吹って言うんだけど、良かったらデートしない?」
タイミングや状況で驚いたけど、振り向いてそこにいた人物を見て心から安心した。
いつものお洒落をした伊吹さんが優しい笑顔でそんな事を言うものだから、俺は嬉しくて笑顔になれた。
「はい♪是非俺とデートしてください♪」
「よし!じゃあ早速だけど付いて来て♪」
俺が返事をすると伊吹さんは俺の手を掴んで歩き出した。
まだ昼間で明るくて周りに人も大勢いるのに、伊吹さんは平気なのかな?俺には少し恥ずかしいや。
それにしても伊吹さんが来るのやけに早かったな。近場にいたのかな?こんなに早く会えるとは思ってなかったから嬉しいな。
「伊吹さん、ワガママ言ってごめんなさい。お仕事、支障なかったですか?」
「ないない。今日はいつものお散歩マダムだったからすぐに終わったんだよ。あの人いつも一時間の予約してくれるんだけど、いつも気分で早く帰ったりするんだよね。毎回自慢話してくるけど、良い人だよ」
「そうだったんですね。それなら良かったです……」
伊吹さんがお客さんの話をするのは珍しかった。と言うか初めてかもしれない。
俺は嬉しさ反面、心にモヤっとしたものが芽生えた。
「尚輝くんこそ学校サボるとか大丈夫なの?嫌な事でもあった?」
「ええ、授業は問題ないです。明日からはちゃんと行きます。嫌な事と言うか、俺が相手を嫌な気持ちにさせてしまったんです」
「その相手ってタイガーの事か?」
伊吹さんが歩きながら振り返って聞いてくる。その表情は少し怒ってるようにも見えた。
まだ大我くんの名前を出していないのにどうして分かったんだろう?
「はい。今日の朝、迎えに行った時に大我くんに伊吹さんを会わせたくないって言いました。そしたら……」
「え、尚輝くんがそれ言ったの!?」
「はい。伊吹さんと付き合ってるのは俺なので、大我くんも俺と同じ好きなら会わせたくないと言いました。いけませんでした?」
「いけなくはないけど、良く言ったなぁと思って。で、タイガーは何て?」
「俺の気持ちは良く分かったって言って……もう友達でも何でもないって言われました」
「はぁ!?あいつ本当ガキだな!あー、それで元気無かったのか」
「いえ、大我くんの気持ちも分かるので……俺が悪いんです。こうなる前にちゃんとしていれば……」
「それは一理あるな!」
「…………」
伊吹さんに指摘されて胸が痛くなった。やっぱり俺がいけなかったんだ。俺が自分の思っている事をちゃんと周りに表現しなかったから、伊吹さんにも大我くんにも嫌な思いをさせて迷惑を掛けているんだ。
こんな自分が心底嫌になる。
俺はまた伊吹さんに何も言えずに謝るしか出来ないんだろう。
そして全て無かった事にしようとして、自分の気持ちを偽って生きていくんだ。
これから先もずっとそうやって誤魔化しながら……
「尚輝くんは優し過ぎるんだ。今まではそれで通用したかもしれないけど、俺と付き合ってる以上は厳しくしてもらわないと困る!」
「伊吹さん……」
立ち止まってクルッと振り返る伊吹さんキツく言われて、何も言えなかった。謝る事さえも……
だけど、伊吹さんは次に綺麗な笑顔を見せた。
「もしタイガーに直接言えないなら俺に言ってよ。それぐらいなら出来るだろ?まずは俺には何でも話す事。付き合ってるのに隠し事とか寂しいじゃん?そしたら俺も一緒に考えて悩むからさ。尚輝くんとはそんな風にやっていきたいと思ってるよ」
「……あ、ごめ、なさ……」
「うわ!尚輝くん!?ちょっと待って!」
愛おしい人から嬉しい事を言われて涙が自然と溢れて来た。
これまでの俺を否定するでもなく、それでも甘やかす事はせずに、優しい言葉をくれた。
伊吹さんは本当に心の綺麗な人だ。
俺には勿体無いぐらいの、強くてかっこいい人なんだ。
俺も伊吹さんに釣り合うような男になりたい。
嬉しさと悔しさが混じる俺の涙に、伊吹さんは慌てていた。
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