【完結】「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝

文字の大きさ
5 / 44

第四話

しおりを挟む
「あそこに、いつも子どもがいる」

レオハルトが、ふと足を止めた。

視線の先。

庭の端。

大きな木の影に、小さな影があった。

動かない。

ただ、座っている。

風が吹いても、

葉が揺れても、

その子は動かなかった。

まるで、

そこに置かれたまま、

忘れられてしまったもののように。

「誰だ?」

レオハルトは、静かに問うた。

従者は視線を向け、少しだけ眉を寄せる。

「モンテリオール侯爵家の令嬢と聞いております」

レオハルトの目が、わずかに細くなる。

「侯爵令嬢?」

「はい。セレスティア様と」

従者は続けた。

「少し……訳ありと」

レオハルトは、再び少女を見る。

「何をしている」

その問いは、

従者に向けたものでもあり、

自分自身に向けたものでもあった。

もう一度、

少女を見た。

少女は空を見上げていた。

いや、

正確には、

空のある方向を向いていただけだった。

その瞳が、

何も映していないことに、

レオハルトは気づいた。

そして、

理解した。

――見えていないのか。

胸の奥に、

知らない感覚が生まれた。

哀れみではない。

同情でもない。

ただ、

目を離せなかった。

レオハルトは、

歩き出した。

「殿下?」

従者が戸惑った声を上げる。

レオハルトは振り返らない。

「……行かれるのですか」

その問いにも答えず、

ただ、

少女へと向かう。

「殿下」

もう一度呼ばれたとき、

レオハルトは短く言った。

「ついてくるな」

静かな声だった。

だが、

逆らうことを許さない声だった。

従者が息を呑む気配がする。

レオハルトは、

一人で歩く。

砂利が、

足の下で小さく鳴る。

一歩、

また一歩。

その背には、

すでに、

王になる者の片鱗があった。












━━━━━━━━

砂利を踏む音がした。

ばあやのものではない。

ばあやの足音は、もっと静かで、優しい。

これは、

知らない足音だった。

規則正しく、

迷いなく、

まっすぐに、

こちらへ向かってくる。

私は息を止めた。

誰かがいる。

私以外の、

誰かが。

怖い、とは思わなかった。

けれど、

どうしていいか分からなかった。

ここは、

私の世界だったから。

誰にも知られていないはずの、

静かな場所だったから。

足音が、

止まる。

すぐ近くで。

風が揺れた。

その人の気配が、

そこにあった。

私は、

ゆっくりと顔を上げた。

見えないまま、

その人のいる方向へ。

唇が、

小さく動く。

「……誰か、いらっしゃいますか」

少しの間があった。

それから、

返事があった。

「……驚かせたかな、ごめん」

少年の声だった。

まだ、

完全に大人ではない声。

けれど、

落ち着いていて

静かな声。

私は、

息を止めた。

同じくらいの、

年頃の声だったから。

大人じゃない。

ばあやでも、

他の使用人でもない。

「……あなたは?」

思わず、身を乗り出していた。

心臓が、

少しだけ速くなる。

「ここにいる人は、みんな大人なの」

言葉が、

こぼれる。

止められなかった。

「私と同じくらいの子どもの声を聞いたの、初めてで……」

嬉しかった。

それが、

何よりも先に、

胸に広がった。














━━━━━━━━━━

レオハルトは、

言葉を失った。

そんな風に、

言われたことはなかった。

王子として、

殿下として、

見られることはあっても、

ただの「同じ子ども」として、

喜ばれたことなど、

一度もなかった。

胸の奥が、

わずかに揺れる。

「……レオ」

気づけば、

そう名乗っていた。

「僕の名前はレオだよ」

少女が、

小さく息を呑む。

それから、

ゆっくりと、

微笑んだ。

見えていないはずなのに、

確かに、

レオハルトの方を向いて。

「レオ」

その名前を、

大切にするように、

繰り返す。

「……私は、セレスティア」

先ほど聞いた、知っている名前だった。

けれど、

初めて聞く名前のように、

レオハルトの胸に落ちた。

風が吹いた。

セレスティアの赤い髪が、

柔らかく揺れる。

レオハルトは、

その場に立ったまま、

動かなかった。

初めて、

この場所に来てよかったと、

思った。

セレスティアに、

出会えたから。

そして、

また来ようと、

思った。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

幼馴染み同士で婚約した私達は、何があっても結婚すると思っていた。

喜楽直人
恋愛
領地が隣の田舎貴族同士で爵位も釣り合うからと親が決めた婚約者レオン。 学園を卒業したら幼馴染みでもある彼と結婚するのだとローラは素直に受け入れていた。 しかし、ふたりで王都の学園に通うようになったある日、『王都に居られるのは学生の間だけだ。その間だけでも、お互い自由に、世界を広げておくべきだと思う』と距離を置かれてしまう。 挙句、学園内のパーティの席で、彼の隣にはローラではない令嬢が立ち、エスコートをする始末。 パーティの度に次々とエスコートする令嬢を替え、浮名を流すようになっていく婚約者に、ローラはひとり胸を痛める。 そうしてついに恐れていた事態が起きた。 レオンは、いつも同じ令嬢を連れて歩くようになったのだ。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...