「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝

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第三話

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揺れる馬車の中で、

私はずっと、ばあやに抱きしめられていた。

そうでないと、

そうでないと、

私は、

壊れてしまいそうだった。

暗い。

何もない。

どこを見ても、

何もない。

ばあやの服を、

強く握る。

離したら、

このまま、

どこかへ落ちてしまいそうだった。

泣いていた。

声が枯れるほど。

喉が痛くなるほど。

それでも、

泣くことをやめられなかった。

「お嬢様……」

ばあやの声が、

すぐ近くで震えている。

その声だけが、

まだ世界に残っていた。

――どうすればいいのだろう。

ふと、

思った。

泣き叫んでも、

泣き叫んでも、

狂ったように叫んだところで、

光は、

戻ってこないのに。

分かってしまった。

もう、

戻らないのだと。

馬車は揺れ続ける。

どこへ向かっているのかも、

分からないまま。

私はただ、

ばあやの腕の中で、

小さく、

息をしていた。









━━━━━━━━

理解することは、救いにはならなかった。

むしろ、

理解してしまったからこそ、

私は逃げ場を失った。

本当に辛かったのは、

朝だった。

夢の中では、

見えていた。

光があった。

空があって、

風が揺らす木々があって、

ばあやの顔があって、

お母様が微笑んでいた。

世界が、

ちゃんとそこにあった。

――幸せだった。

けれど、

目を覚ますと、

何もない。

暗い。

どこまでも、

まっくら。

その瞬間、

思い出してしまう。

もう、

見えないのだと。

「ばあや!」

叫んだ。

「ばあや! ばあや! ばあや!!」

声が枯れても、

叫ぶことをやめられなかった。

ばあやは、

すぐに来てくれた。

抱きしめてくれた。

けれど、

それでも、

世界は戻らなかった。

何度も、

何度も、

同じ朝を迎えた。

何度も、

何度も、

私は――

絶望した。

ある朝、

ばあやが、耐えかねたように言った。

「……侯爵様も、酷いことをなさる」

その声は、

怒りと、

悲しみと、

どうすることもできない悔しさで震えていた。

私は、

反射的に答えていた。

「お父様は悪くないわ」

ばあやが、

息を呑む気配がした。

私は続けた。

「お父様は、悪くない」

そう、

悪くないのだ。

私の目が見えなくなった代わりに、

お母様の目が見えるようになったと聞いた。

お母様は、

ずっと落ち込んでいた。

光を失って、

笑わなくなってしまっていた。

だから――

良かった。

本当に、

良かった。

お母様が、

また、

世界を見ることができるのなら。

私の目など、

いくらでも、

差し出せる。

「……お嬢様」

ばあやの声が、

震えていた。

私は、

微笑もうとした。

ちゃんと、

大丈夫だと、

伝えなければいけないと思ったから。

「良かったのよ」

声は、

驚くほど、

静かだった。

その日から、

私は、

泣くことをやめた。

暗闇の中で、

ただ、

静かに生きていくことを選んだ。
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