「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝

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第四話

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「あそこに、いつも子どもがいる」

レオハルトが、ふと足を止めた。

視線の先。

庭の端。

大きな木の影に、小さな影があった。

動かない。

ただ、座っている。

風が吹いても、

葉が揺れても、

その子は動かなかった。

まるで、

そこに置かれたまま、

忘れられてしまったもののように。

「誰だ?」

レオハルトは、静かに問うた。

従者は視線を向け、少しだけ眉を寄せる。

「モンテリオール侯爵家の令嬢と聞いております」

レオハルトの目が、わずかに細くなる。

「侯爵令嬢?」

「はい。セレスティア様と」

従者は続けた。

「少し……訳ありと」

レオハルトは、再び少女を見る。

「何をしている」

その問いは、

従者に向けたものでもあり、

自分自身に向けたものでもあった。

もう一度、

少女を見た。

少女は空を見上げていた。

いや、

正確には、

空のある方向を向いていただけだった。

その瞳が、

何も映していないことに、

レオハルトは気づいた。

そして、

理解した。

――見えていないのか。

胸の奥に、

知らない感覚が生まれた。

哀れみではない。

同情でもない。

ただ、

目を離せなかった。

レオハルトは、

歩き出した。

「殿下?」

従者が戸惑った声を上げる。

レオハルトは振り返らない。

「……行かれるのですか」

その問いにも答えず、

ただ、

少女へと向かう。

「殿下」

もう一度呼ばれたとき、

レオハルトは短く言った。

「ついてくるな」

静かな声だった。

だが、

逆らうことを許さない声だった。

従者が息を呑む気配がする。

レオハルトは、

一人で歩く。

砂利が、

足の下で小さく鳴る。

一歩、

また一歩。

その背には、

すでに、

王になる者の片鱗があった。












━━━━━━━━

砂利を踏む音がした。

ばあやのものではない。

ばあやの足音は、もっと静かで、優しい。

これは、

知らない足音だった。

規則正しく、

迷いなく、

まっすぐに、

こちらへ向かってくる。

私は息を止めた。

誰かがいる。

私以外の、

誰かが。

怖い、とは思わなかった。

けれど、

どうしていいか分からなかった。

ここは、

私の世界だったから。

誰にも知られていないはずの、

静かな場所だったから。

足音が、

止まる。

すぐ近くで。

風が揺れた。

その人の気配が、

そこにあった。

私は、

ゆっくりと顔を上げた。

見えないまま、

その人のいる方向へ。

唇が、

小さく動く。

「……誰か、いらっしゃいますか」

少しの間があった。

それから、

返事があった。

「……驚かせたかな、ごめん」

少年の声だった。

まだ、

完全に大人ではない声。

けれど、

落ち着いていて

静かな声。

私は、

息を止めた。

同じくらいの、

年頃の声だったから。

大人じゃない。

ばあやでも、

他の使用人でもない。

「……あなたは?」

思わず、身を乗り出していた。

心臓が、

少しだけ速くなる。

「ここにいる人は、みんな大人なの」

言葉が、

こぼれる。

止められなかった。

「私と同じくらいの子どもの声を聞いたの、初めてで……」

嬉しかった。

それが、

何よりも先に、

胸に広がった。














━━━━━━━━━━

レオハルトは、

言葉を失った。

そんな風に、

言われたことはなかった。

王子として、

殿下として、

見られることはあっても、

ただの「同じ子ども」として、

喜ばれたことなど、

一度もなかった。

胸の奥が、

わずかに揺れる。

「……レオ」

気づけば、

そう名乗っていた。

「僕の名前はレオだよ」

少女が、

小さく息を呑む。

それから、

ゆっくりと、

微笑んだ。

見えていないはずなのに、

確かに、

レオハルトの方を向いて。

「レオ」

その名前を、

大切にするように、

繰り返す。

「……私は、セレスティア」

先ほど聞いた、知っている名前だった。

けれど、

初めて聞く名前のように、

レオハルトの胸に落ちた。

風が吹いた。

セレスティアの赤い髪が、

柔らかく揺れる。

レオハルトは、

その場に立ったまま、

動かなかった。

初めて、

この場所に来てよかったと、

思った。

セレスティアに、

出会えたから。

そして、

また来ようと、

思った。
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