【完結】「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝

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第五話

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「……レオ」

私は、その名前を繰り返した。

嬉しかった。

同じくらいの年の子と話すのは、久しぶりだったから。

「レオ」

私はそっと隣の地面を叩いた。

「ここに、座って」

少しだけ、戸惑う気配がした。

けれど、やがてレオは私の隣に座った。

近い。

ばあや以外の誰かが、こんなに近くにいるのは久しぶりだった。

「……レオは、何歳なの?」

「……十二歳」

私は自然と笑顔になった。

レオは私より年上だった。

それだけで、少し安心した。

私は少しだけ胸を張って言った。

「私は、十歳よ」

ちゃんと伝えたかった。

子どもではあるけれど、幼くはないのだと。

「だから」

少しだけ笑う。

「レオは、私より少しお兄さんなのね」

………

「……お兄さんなのね」

私はもう一度だけ言った。

「なんだか、安心するわ」

言ってしまってから、少しだけ恥ずかしくなった。

子どもみたいだと思われたかもしれない。

でも、レオは笑わなかった。

すぐ隣にいる気配が、静かに揺れるだけだった。

私はその沈黙が心地よくて、少しだけ息を吐いた。

それから思った。

見えない私は、目で確かめることができない。

けれど、この人のことを――もっと知りたい。

声の形。

呼吸の間。

そして、すぐそばにある温かいもの。

私は恐る恐る言った。

「……ねえ」

レオが小さく応える気配がした。

私はもう一度だけ息を吸って、続ける。

「手を、出して」

レオは何も言わずに、手を差し出した。

私はその手に触れた。

温かい。

生きている人の温もり。

それだけで、少しだけ安心した。

けれど――硬い。

指先で確かめる。

掌。

指。

骨。

皮膚の上に重なる、わずかな隆起。

何度も何度も、何かを握ってきた手。

守るための手。

戦うための手。

私はそっとその手を包んだまま、小さく息を吐いた。

「……やっぱり」

「やっぱりって?」

レオが静かに聞いた。

私は彼の手に触れたまま、微笑んだ。

「レオは武門家系の貴族令息なのね」

少しだけ驚いた気配がした。

「どうして、そう思ったの?」

私は彼の手を離さずに答える。

「歩き方」

静かに言う。

「無駄がないの」

それからもう一度、彼の掌をなぞる。

「それに、この手」

指先に触れる、硬い証。

「騎士の手だわ」

風が木の葉を揺らした。

私は少しだけ胸を張った。

見えなくても、分かることがあるのだと証明できた気がしたから。

沈黙が落ちる。

風が木々を揺らす。

やがて、レオが言った。

「セレスティアは――」

私は小さく首を振った。

「……私も、ティアでいいわ」

その方が嬉しかったから。

レオは少しだけ笑った。

「ティア」

その呼び方を、確かめるように繰り返す。

「ティアは、騎士の手を触ったことがあるの?」

私は首を横に振る。

「いいえ」

それでも私は確信していた。

レオは、騎士の家に生まれた人だと。

ばあやが迎えに来るまで、私とレオはずっと話していた。

どれだけの時間だったのだろう。

分からなかった。

あまりにも楽しかったから。

こんな風に誰かと話したのは、初めてだった。

やがて、レオが立ち上がる気配がした。

「……また来る」

その言葉に、胸が温かくなる。

「うん」

私は頷いた。

砂利を踏む音が、少しずつ遠ざかる。

「あっ……」

思わず声が漏れた。

足音が止まり、レオがこちらへ振り返る気配がした。

「どうしたの?」

私は首を傾ける。

「僕が騎士の家系の子だと思った理由は分かった。でも、どうして“貴族の家系の騎士”だと思ったの?」

レオの言葉には、少しだけ慎重な響きがあった。

私は胸の前で指を組む。

見えていない目を、まっすぐレオへ向けたつもりだった。

姿勢を正して、堂々とした姿を見せたかった。

「貴族なのは……なんとなく分かるわ」

レオが黙る。

私は続けた。

「私も貴族だもの」

言葉は静かだった。

「お父様も」

「お母様も」

「ばあやも」

ひとつずつ、確かめるように言う。

「みんな、貴族」

風が髪を揺らす。

「商人の方や、農民の方の声も、歩き方も、雰囲気も……領地でも王都でも、見たり聞いたりしたことがあるの」

でも、と私は言った。

「貴族は違うの」

「立ち方も」

「話し方も」

「息の仕方も」

「全部、違うわ」

私はレオのいる方向を向く。

見えなくても、そこにいると分かるから。

「だから分かるの」

少しだけ声を柔らかくする。

「私は、多分……他の階級の人よりも、貴族がどんなものか、一番知っているわ」

沈黙が落ちた。

その沈黙は、さっきとは違った。

レオが何かを考えている気配。

やがて、小さく息を吐いた。

そして静かに言った。

「……そうか」

少しだけ間があった。

風が二人の間を通り抜ける。

それから、レオは続けた。

「……それは」

言葉を選ぶように。

「僕も、同じかもしれない」

私は小さく息を呑んだ。

「僕も、貴族だから」

レオが言う。

「貴族がどんなものかを、よく知っている」

その声には、さっきまでの柔らかさとは違う響きがあった。

少しだけ冷たい声。

線を引くような声。

私は一瞬だけ戸惑った。

どうしてだろう。

同じことを言っているだけなのに、さっきまでとは違って聞こえた。

まるで、急に遠くへ行ってしまったみたいに。

風が二人の間を通り抜ける。

私は胸の前で手を握った。

何かを言わなければ、このまま本当に遠くへ行ってしまう気がした。

けれど、言葉が見つからなかった。

そのとき、砂利が鳴った。

レオが一歩、近づいた。

「……でも」

さっきより、少しだけ低い声。

「ティアが言ったことは、すごいと思う」

私は顔を上げた。

見えないまま、彼のいる方向へ。

「見えなくても」

レオが言う。

「ちゃんと、分かるんだね」

その声は、もう冷たくなかった。

私は小さく微笑んだ。

「ええ」

静かに答える。

「分かるわ」

風が赤い髪を揺らした。

その日、私は初めて、自分の世界の中にもう一人、誰かが入ってきたのだと知った。
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