【完結】「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝

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第二十話

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涙で滲む視界に、最初に飛び込んできたのは――悲しげな瞳だった。
リュミー湖の色をした、淡い水色。

私はこの一年間、リヒト殿下には一度も口にしなかった言葉を、唇に乗せた。

私とレオの合言葉。
互いを見つけ出すための言葉。

「Et toi ?(あなたは?)」

声が乱れて、発音が崩れる。

「Je suis le tien(君のもの)」

一瞬も間を置かずに返ってきた。

とても美しい発音。
泣きたくなるほど、優しい響き。

その迷いのなさだけで――私はもう、分かった。

「レ、オ……」

呼んだ途端、泣き声になってしまった。

彼は小さく息を吐いて、私の前にしゃがみ込む。
目線を合わせるみたいに、逃げ道を塞がない距離で。

「待たせてごめん」
「会いに来たよ、ティア」

その瞳は透き通るほど美しくて、優しさで満ちていた。

私は震える息を飲み込んで、やっと言葉にする。

「……レオは、レオハルト殿下だったのね」

胸の奥で、ばらばらだった欠片が音を立てて噛み合っていく。

リヒト殿下が“似ていた”のは兄弟だから。
レオが正体を隠していたのは、この国の第一王子だったから。

そして――あの時、レオがいなくなったのは、戦地へ赴くため。

(だから、会えなかった)

数日前、王都に響いた知らせ。
レオハルト殿下の帰還。
“英雄”として帰ってきた、と。

三年。厳しい戦いを終えて。

私は目の前のその人を見上げた。
ニュースの中の名ではない。
私の暗闇を、ただ暗いままにはさせなかった声の持ち主を。

「お帰りなさい……無事で、良かった」

言った途端、止まったはずの涙がまた溢れてきた。
頬を伝う熱が、抑えた時間の長さを暴くみたいだった。

レオはずっと戦場にいたのだ。
私がリヒト殿下をレオだと勘違いして、声に縋りついて、必死に信じようとして――見つめ続けていた間も。
レオは土と血と鉄の匂いの中で、生きていた。

それが急に現実になって、胸が苦しくなる。

「……私は、ひどい」

喉がきしんで、言葉が擦れる。

「待つって言いながら」
「間違えた人を選ぼうとして――」

最後まで言えなかった。
言えば、汚れてしまった私がそのまま形になる気がした。

レオは首を小さく振った。
叱るでも、慰めるでもない。
ただ、そうじゃないと静かに否定する動き。

「違う」

短い声。
でも、その一語がやけに強かった。

「君は、ひとりだった」
「そうなるように、周りが君を追い詰めた」

レオが、そっと私の手に触れた。
掴まない。縛らない。
触れるだけの熱が、ひどく心地良い。

「俺が遅かった」
「それだけだよ」

息を吸っても吸っても足りなかった。
涙が喉を塞いで、うまく呼吸ができない。

「……怖かったの」

震える声で、やっと言えた。

「見えるようになってから、全部が怖くて」
「お母様のことも、お父様のことも」
「私自身すら」
「こわかった」

そして、いちばん言いたくなかった言葉が、こぼれ落ちる。

「レオがいない世界は、色がなかった。目が見えてからも、ずっと」

言った瞬間、恥ずかしさで胸が痛んだ。
でも、もう引っ込められない。

レオは一度だけ目を閉じた。
長い疲れを隠すみたいに。

それから、耳元に落ちる声は、あまりに静かで、あまりに温かかった。

「……生きててくれて、ありがとう」

私は首を振る。
違う。ありがとうは私が言う言葉だ。

「生きてて……くれて……」

涙の中で言葉が崩れる。

「帰ってきてくれて、ありがとう……レオ」

レオは私の髪に、そっと唇を落とした。
誓いみたいに、慰めみたいに。

「ただいま、ティア」

その一言で、胸の奥の暗闇が、少しだけほどけた。
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